第110話 水の都ナイルーン

 ゴブリンを倒してから数時間後、外が騒がしくなったなと思ったら、馬車がその歩みを止めた。


「嬢ちゃんたち。着いたぜ。ここが水の都ナイルーンだ」


 運転手の楽しそうな声で俺とシャルロットは顔を見合わせてから、馬車の荷台からおりた。

 その足取りで馬の功を労うように背中を撫でている運転手の隣まで来る。


「長旅ありがとね。助かったよ馬さん達」

「ありがとうございます。お疲れ様です」


 俺とシャルロットはまず初めに運転手と同じように馬の背中を撫でてからナイルーンの街並みへと目をやった。

 そしてその絶景に目を奪われる。


「嬢ちゃんたち。もしかしてナイルーンは初めてか?」

「はい……」

「私は姉に少しだけ教えてもらいましたけど……」

「つっても実際見るのとじゃ違うだろ。ナイルーンはアイリスタとはまったくの別物だぜ」

「別物っていうか……国が違いますよ」


 俺は思ったままの感想をそのまま言った。

 アイリスタはレンガ造りの街並みでなんとなく中世のヨーロッパ然とした感じだったのだが、ナイルーンはまた別物だ。どちらかというと地中海近郊の街並みに似ている。

 地面に敷き詰められたのはレンガではなくきれいな石をあえてちりばめたおしゃれな石畳で、そしてなによりも少し高い位置にある街の入り口から見える街並みはきれいな白と街全体が統一されている。

 一番下にはビーチと海があり、それに沿うように街自体がなだらかな丘のようになっていた。まるで崖を整備して家々を建てているといった感じだ。

 水の都と言われているだけはあるなと正直に納得した。


「アイリスタが戦士の街だとするなら、ここは水産の街だな。海が近く魚が豊富でよ、さらにはこの景観だ。わざわざ違う街から訪れる奴も多い」

「こんな景色見たらそれも分かる気がします」

「はい。きれい……」


 俺とシャルロットがその景色に見惚れていると、馬車の運転手は慣れたように馬を移動させ、入り口近くにある宿舎に向かっていった。

 俺たち2人はしばらく景色を見てから、来てよかったとお互いに微笑み合う。


「おーい。嬢ちゃんたち」


 すると、宿舎に消えていったはずの運転手がこちらに手を振りながら向かってくる。

 手には何やら紙が握られていた。


「なにかありましたかー?」

「いやな、初めてだったらこれが必要なんじゃないかと思ってよ。持ってきた」

「これは?」

「この街の地図だ。必要だろ?」

「ああ、はい。ありがとうございます」

「まぁいいってことよ。これも俺の仕事の1つみてぇなもんだからな」

「なにからなにまですみません」

「気にすんなって。こっちは道中何回も助けられたんだ。これぐらいさせてくれ」

「ありがとうございます」


 俺が運転手にお辞儀すると、隣のシャルロットも頭を下げた。

 運転手は大げさな俺たちの態度に照れ笑いを浮かべながら宿舎の方へと帰っていった。


「本当にありがとうございました」


 誰にも聞こえないような声でシャルロットはまたしてもお礼を口にする。

 その言葉の意味は追求しなくても分かるだろう。

 俺はシャルロットに笑みだけを向けると、手に持った街の地図に目を落とした。


「うわ。これ、結構すごいな」


 そんな声がもれてしまう。

 書かれている地図はナイルーンの全体像を映し出したものだが、それを見て分かったことといえば、今俺たちがいる場所、そして見ている風景がまだまだナイルーンの一部分でしかないということだ。

 見えない平原に街がこれでもかと続いていることが地図を見ても明らかだった。

 全体としては扇型で、海の形に添うような感じだが、規模は大きい。どれだけの縮小度合いなのかはパッと見では分からないが、今見ている風景だけで言うなら地図上で親指と人差し指を開いたぐらいしかない。それ以上に平原の街並みが大きいために、今見ている景色がすごく小さい物だと分かる。

 シャルロットも頭をあげてから、俺と一緒に地図を覗き込んで息を飲んでいた。


「アイリスタが小さい街だとはお姉ちゃんも言ってたけど、本当に小さかったんですね」

「うん。これは大変だぞ」

「ですね。街をまわるだけでも1日で回れるか分かりません」

「アイリスタだったら半日で終わったのに……どうしよっか」


 俺はシャルロットに目線をやる。

 アイリスタに来たときはいろいろと流れるようにギルドメンバーになり、宿屋まで見つけた。

 でもそれはアーシャさんとミルフィさんがいたからであり、今回は誰もいない。俺は当たり前だが、シャルロットもまたナイルーンには初めて来たのだから。なにからなにまで1からの出発だ。


「うーん……」

「とりあえずギルド会館に行きませんか? 地図で見てもあまり遠くないですし」

「ギルド会館か」


 俺はシャルロットに言われたように地図でギルド会館を探す。 

 確かに、ギルド会館の場所は今いる場所からほど近い場所にあった。

 まぁ地図上ではだから本当の距離は分からないけど……。


「そうだね。シャルロットの言う通り会館に行こうか」

「はい」

「会館だったら街のことも分かると思うし。宿屋のことも……」


 そこまで言ってから俺はあることに気づいた。


「あー……どうしよう……」

「ん? なにかありましたか?」

「いや……」


 リーズさんが行っていたが、確か宿屋の店主は客が信用できるか、泊めても問題ない人か判断するためにその客の素性を教えてもらうことになっている。

 つまりはシャルロットだったらそのフードを取り悪魔憑きだと知らせなければならない。そして俺は―――自分が転生者であることを伝えなければならないのだ。

 シャルロットに自分の素性を隠している手前、どうするかだな。別に隠さなければいけないというわけじゃないし、実際にミルフィさんには看破されている。シャルロットはどうやらアーシャさんと同じようで俺の力を見ても、ただ単純に強いだけの人だと思っておりそれが=転生者とはなっていない。

 俺が転生者だと知ったらシャルロットはどんな反応をするのか。楽しみでもあり怖いところでもある。できれば知られずに行きたいと思うのだが……上手くいかないだろうなぁ。パーティーだからって同じ部屋に泊まる必要もないが、受付を別々にするのはおかしい。というか怪しいだろう。


「リュウカさん?」


 シャルロットが止まった俺を見て訝しそうに顔を覗き込んでくる。

 真ん丸な目が俺の姿を反射させる。


「……ああごめん。ちょっと考え事を」

「しずくさん……のことですか? うわごとで言ってた」

「へ? 雫……? ああ違う違う。そうじゃないよ。大丈夫だから」


 俺はシャルロットの頭をなでると、地図を見ながら歩きだした。

 まさか雫の名前が出てくるとは驚きだ。ゴブリンの戦闘で忘れていたが、どうもシャルロットの中ではずっと雫という単語が残っていたようで、気にしたような視線がまだ背中にくる。

 俺はそれを無視するようにギルド会館がある方向に歩いていく。

 シャルロットもすぐに俺への視線をやめて隣に並んだ。

 さてと、雫のことはさておくとして、問題はまったく解決してないけど大丈夫だろうか。

 不安だ。最悪宿なしになるぞ……。

 

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