第109話 お気楽リュウカ
「しず…く……」
「? リュウカさん? どうかされましたか?」
馬車の中。
揺れる体にかすむ視界。どうやら寝てしまっていたようだ。
目を開けると隣のシャルロットが、真っ白なフードの下から俺の顔を覗き込むように見つめていた。猫耳型のフードに真っ白な地毛と合わさってどこか神秘的とも思える。そんな美少女の顔を真っ正面に受けながら俺は目を擦る。
「あれ……私、寝てた?」
もうすっかり男言葉も出なくなっており、ちょっとしたミスは犯さなくなった。
馬車は未だに進んでいるようだ。
アイリスタを出て数日。だだっ広い草原を馬車は目的地に向けて走り続けている。
乗客は俺とシャルロットの2人だけ。一応シャルロットの体質を考えてアイリスタの宿舎で特別に用意してもらったものだ。街から街への移動になるためそれなりにお金はかかったものの、毎日ストレージに振り込まれるお金があり過ぎるので別に困ることもない。俺が一括で支払った。もちろんシャルロットも出すと言ってきたが、まぁそこは押し切る形で無理やりに納得させた。
シャルロットとパーティーを組むことになっても、俺が転生者だとは言っていない。シャルロットの悪魔憑きを知ってしまった手前、言うべきかとも思ったが、どうもシャルロットもまた転生者を知らないみたいらしく、変に混乱させるのもどうかと思い黙っていることにした。
シャルロットの真ん丸な目に俺が反射する。
「寝てましたよ。なんか寝言も言ってましたね」
「うそ……なんか恥ずかしいね。あははは……」
俺は寝言を聞かれた恥ずかしさで赤面しながら後頭部をかく。
「しずく、しずくってずーっと言ってましたけど」
「あー……そっか。そんなことをね」
俺は後頭部をかきながらも、シャルロットの口から出てきた名前に困った顔を浮かべた。
自分でももう気にしてないと思っていた。それでも夢に見るまではどうやら忘れられなかったようだ。
桐沢雫。俺の幼馴染。
腐れ縁で生まれたときから高校まで一緒だった。忘れたくても忘れさせてくれない。
「あの、誰なんですか? しずくって」
「え? なんで人の名前って分かったの?」
「だってリュウカさん寝言で言ってましたもん。しずく、ごめんって。だから大切な人なのかなって……違いました?」
「ああいや……違わない、かな」
厳密には友達だけど。大切な人ってわけじゃない。
でも、シャルロットに話しても意味のないことだ。もう雫とは会えない。ましてや雫は……。
「おおっと、こりゃあまずいな」
するとそんな時、馬車が急に動きを止めた。
運転手の声が俺たちの耳にも届いてくる。俺は立ち上がると覆っている布を開き、運転手に聞く。
「どうかされましたか?」
「魔物だ……」
「魔物?」
俺は運転手の見ている方向に顔を傾けて、状況を確認する。
確かに。まるで馬車の進行方向を遮るように魔物が数体立ちふさがっている。
「しかも、ゴブリンだなありゃあ。最悪だ」
「ゴブリンってまさか」
俺は運転手の声に目を動かす。
するとそこにはThe・ゴブリンといった感じの、2速歩行の子鬼たちが、こん棒を持って明らかに馬車に迫ってきていた。
俺はすぐさまポケットにあるストレージを取り出すと、そのまま馬車の運転席横から飛び降りた。
「来い。エターナルブレード!」
叫びながら自分よりも大きいく武骨な剣を降臨させる。
地面にドスンという音を立ててエターナルブレードがそり立った。
もう今更この大きさにも驚くこともなくなったが、地面に突き刺さったエターナルブレードを引き抜くときだけは少しだけ面倒だなと今でも思う。
だったら普通に手に持つように出せよと自分でもツッコミを入れるのだが、どうしても自分の前に1回立たせてから取りたいのだ。かっこいいから。なんかこう、勇者物の主人公みたいな。
そんなくだらないことを考えている間にも、目の前にいるゴブリンたちは俺に対して敵意を感じ取ったのか猛烈な勢いでこちらに向かってきていた。
「リュウカさん。私が援護します」
俺よりも少し遅れて馬車から出てきたシャルロットは、手に長杖を持ち俺よりも少しだけ後ろの位置に陣取る。
と、すぐさま杖を掲げた。
「ファイヤーボール」
シャルロットはどこぞのゲームにありそうな呪文を唱えると、その言葉通り火で出来た球をゴブリンへと発射させた。
「ブルゥウウウ……」
ファイヤーボールは一匹のゴブリンに命中し、靄となって消える。
しかし、他のゴブリンたちには止まる気配はない。
俺もエターナルブレードを持つ手に力を込めると、一気に地面を蹴りゴブリンとの距離を詰めた。
「私と会ったのが運の尽きだね。さようなら!!」
俺は適当な言葉を叫んだあと、光ったエターナルブレードを横に一閃させ、ゴブリンの群れを一掃した。
全員が跡形もなく靄となって消えたのを確認すると、エターナルブレードをストレージにしまう。
そのまま余裕の足取りで馬車へと戻った。
「いやぁ、何度見ても圧巻だねぇ。嬢ちゃんの剣さばき」
「そんな。褒めてもなにも出ませんよ」
「でもすごいですよ! ゴブリンを一掃なんて。さすがリュウカさんです!」
「えー? そういうシャルロットもちゃっかり1匹倒してたじゃん。ナイスだったよ」
俺はそう言ってシャルロットの頭を撫でた。
猫耳フードの猫耳部分が嬉しそうに揺れる。
かわいい。
なんでか分からないけれど、シャルロットは小動物を思わせるところがいくつかあってついつい頭を撫でてしまうのだ。俺自身、男の頃なんて女の子に触るのでさえドキドキしてできなかったっていうのに。
これもまた美少女の力なのだろうか。
馬車は前方の危機が去ったことによりまたしても目的地に向けて出発した。
揺れる荷台の中で、シャルロットと隣り合っている俺は不意に聞こえてきた声に耳を傾けた。
「しっかしなんでだろうなぁ」
馬車の運転手の思案声。
俺は何食わぬ顔でその運転手の独り言に返した。
「なにか気になることでもあるんですか?」
「ん?……ああ聞こえてたか。いやな、なーんか今回の移動は敵の襲撃が多いなと思ってよ。今ので5回目だ」
「あー……まぁそれは確かにそうかもしれませんね」
実を言うと、アイリスタを出てから何度かこんな目にあってきた。
だいたい馬車の前を魔物が遮るという形で、足を止めざるを得なくなる。1回や2回はよくあるんだとか運転手も言っていたが、3回、4回と続くとさすがにおかしいと思ってきたのだろう。さらには今ので5回目。そりゃあいくら魔物が行きかう草原を走っていても、多すぎると思うだろう。
俺はシャルロットを見つめる。
やっぱり運転手の呟きに目を伏せていた。
こんなに不運が続く理由はシャルロットのせいなのだろう。悪魔憑き。生まれてからずっと悪魔的な不運が纏わりつく体質。それが周囲の魔物を引きつけてしまっていると考えるのが無難だ。
運転手にはシャルロットの体質のことは伝えていない。悪気がないだけに俺が返答を間違えればシャルロットを傷つけてしまう可能性もある。
ここは慎重に行こうと思った矢先、思案顔だった運転手が突然にニカッと笑った。
「まぁ、別にいいか! 強ぇ嬢ちゃんたちが2人も乗ってるんだからよ! 心配いらねぇな!」
「……はい。ですね!」
俺はホッと胸をなで下ろして、運転席近くからシャルロットの隣に腰を下ろした。
運転手が割と細かいことを気にしないタイプで本当によかった。
そう思って俺はシャルロットを見つめると、シャルロットもまた苦笑いを浮かべたまま、なにも言わなかった。
でもそれでいいと思う。前だったら苦笑いの後にごめんなさいと続いていた。それを言わなくなっただけ、いい傾向に向かっていっているのだろう。ステラさんとの一件はシャルロットを確実に変えていっている。
別に被害にあってないんだから変に気負わないでいいのだ。お気楽に行こう。
そんな能天気な俺を乗せ、馬車は水の都ナイルーンに向かっていく。
まさかそこで、ある人と再開するとも知らずに―――。
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