第108話 転生者の裏側~元の世界での影響~

 恥も外聞も関係ない。

 私はとにかく走った。

 胸騒ぎは一向におさまってくれない。

 警察の人のあの態度。犠牲者はいたんだ。昨日の年明け、落雷と共に誰かがこの世から去った。嫌な年明け。そしてそれから落雷現場となったお稲荷さんに行っていた拓馬のメッセージアプリに既読がつかないこと。偶然としては嫌すぎる。


(お願い! 勘違いでいて……!)


 私はそれ一心で足を動かし続けた。

 拓馬の家の前にはまだパトカーの姿。志保はただ事情を聞きに来てるだけって言ってたけど、わざわざそのために警察が家に来るだろうか。

 ああもう! 邪魔! やめて! どうして嫌なことばかり出てくるのよ!

 大丈夫。大丈夫だから! 志保の言った通り、拓馬に当たるなんて可能性は低いんだ。お稲荷さんにはたくさんの人がいた。その中で拓馬にピンポイントで雷が当たるなんて考えられない。大丈夫。

 きっと、気づいてないだけだよ。玄関を開けたらいつものあのアホ面を見るだけ。

 そして呆れられるんだ。なに心配してんだよって。

 私はとにかく自分に必死に言いかけ、拓馬の家の玄関を開ける。

 誰も出てこない。私は慌てて靴を脱ぎ、そのまま勝手知った拓馬の家のリビングの扉を開けた。


「え―――」

 

 そこにいたのは拓馬のお母さんとお父さん。そして中学生の妹の千夜ちよちゃんだけ。拓馬の姿は―――どこにもない。


「雫」


 私を呼ぶ声が聞こえる。

 すると、同じリビングに家で寝ていると思っていた私の両親もいた。

 皆目が赤いのは気のせいだ。気のせいだと思いたい。


「拓馬は。拓馬はどこに」

「雫お姉ちゃん!!!」


 千夜ちゃんが私に抱き着いてきた。

 その顔が涙でぐしょぐしょになり震えている。


「ど、どうしたの千夜ちゃん? なんで泣いてるのかな?」


 私は訳が分からずに千夜ちゃんに聞く。しかし返答は帰って来ずに、ただすすり泣く声だけがリビングに響いているのみだ。


「君は?」


 すると、拓馬の両親と向かい合った椅子に座っていた警察官の制服を身にまとった人が、私に話しかけてきた。


「拓馬の幼馴染の子です。桐沢雫ちゃんですわ」


 呆然としている私の代わりに拓馬のお母さんが警察の人に紹介してくれる。


「そうか……」

「あの、いったいこれは……」

「拓馬君のお母さん。事情を説明しても構いませんか」

「それは」

「教えてください! いったいなにが……どうしてみんないるのに拓馬だけいないんですか!?」


 私はとにかく叫んだ。

 嫌だ信じたくない。嘘だとも思いたい。

 警察の人が私の言葉を聞くと机の上にあったきれいな2つのものを私に手渡してきた。

 見たことある財布とスマホ。拓馬のだった。


「これは……」

「昨日の落雷の現場に落ちていました。栗生拓馬君の持ち物です」

「なんであなたたちがこれを」

「昨日の落雷により我々警察は1人の焼死体を発見いたしました。全身が焦げ顔も性別も分からない酷い状態のものでしたが、近くにこの財布を携帯電話がおかれていたことで、焼死体の身元を断定することができました」

「拓馬がそれだと」

「はい。拓馬君はあの日あの時間にあの神社にいたことは多くの方に見られており、ご家族に確認したところ、昨日から拓馬君が帰っておらず連絡も取れないことでしたので。間違いなく、落雷により亡くなったのはこの家の長男、栗生拓馬君です」


 私は何も言えなくなった。

 頭が追い付かない。これは現実なのか。酷い初夢なのではないかと思える。

 でも私の胸の中で千夜ちゃんが泣いている。拓馬のお父さんもお母さんも目を伏せて、私の親も涙をこらえている様子が目に見える。

 え……嘘だよね……拓馬が死んだ……?


「冗談はやめてくださいよ。拓馬が死んだなんてそんな……」

「残念ですが」

「うそ……嘘よ! そんなこと! だって、拓馬は……拓馬は……!」


 取り乱す私をお母さんが抱きしめる。

 体に伝わるお母さんの温かさ。震えた体。今はその全てを感じたくなかった。

 だって、感覚があるってことは……。

 

「雫。雫。大丈夫よ。あなただけじゃない。信じられないのは」

「どうしてお母さん。離してよ。お願い。お願いだから……じゃないと私、泣いちゃう」

「泣いていいの。泣いて」

「ダメだよ。だって……だってぇ……」


 泣いたら認めちゃう。拓馬が死んだって。2度と会えないって。

 しかし一度決壊してしまった涙は止められず、私はそのまま泣き崩れた。頭が痛い。割れそうに。でもそれ以上にどうしていいのか分からなかった。感情が抑えきれない。分からない。なにがどうなって。

 だって昨日までは普通だったのに。普通に話して連絡とって。なのにどうしてこんなこと。


        **********


 それからしばらくの記憶がない。どれだけ経ったか分からない。

 気づけば私はベットに寝ていた。頬が張る。涙の渇いた跡がある。

 夢じゃない。

 それを確認すると、隣で寝息が聞こえてきた。

 拓馬の妹、千夜ちゃんが疲れたように眠っている。その目は腫れ、顔には私と同じように涙の痕がくっきりと残っていた。


「お兄ちゃん……」


 千夜ちゃんがベットのシーツを力強く握りこむ。

 年頃の千夜ちゃんと、高校生になっても思春期真っ盛りの拓馬の兄妹は喧嘩が絶えない。特に千夜ちゃんのお兄ちゃん嫌いがすごかったが、やっぱりなんだかんだ言ってお兄ちゃんのことが好きだったんだ。そんな姿を見ていると、私も涙が込み上げてきた。

 私は現実から逃げるように眠りについた。

 夢は拓馬の夢だった。

 変な夢。キツネみたいな神様に詰め寄ってる拓馬がいた。

 よく分からない喧嘩をした後、またしても拓馬に雷が落ちた。変な夢なのになぜだが笑みがこみ上げてくる。またバカやって。もうしょうがないんだから。

 私は笑みのまま完全な眠りに落ち、次の日を迎えた。

 正月三が日の最後の日。私たちはお互いの家族と共に、拓馬の家で過ごした。私は千夜ちゃんと遊び、悲しみを紛らわそうと必死だった。千夜ちゃんも同じだ。ずっと笑っていた。ぎこちなくとも笑い、ここに拓馬が、お兄ちゃんがいないことを頭の中から外すように遊んだ。

 テレビはつけなかった。嫌でもニュースを見てしまう。お稲荷さんは全国的にも有名な神社。そこで起きた事件が報道されないわけがない。

 私のスマホは志保からのメッセージを1通だけを受信した。そこには短く一言だけかかれていた。


『落ち着いたらまたお稲荷さんに行こう。花持ってね』

 

 志保なりの気遣いだった。私は『うん』とだけ送り、話を終わらせた。

 どうやら思った通りニュースでは拓馬の死を伝えたらしい。拓馬の家に高校の校長先生と担任の先生が来た。私を見ると、女性の担任の先生は私に抱き着きてきた。私もそれに返す。目にはまたしても涙が浮かぶ。

 拓馬の葬式は4日の日に行われた。棺のない葬式は親近者だけで行われ、私たち家族は特別に参列を許された。

 拓馬の写真に手を合わせる。

 外では雨が降り注いでいた。2日間の晴天が嘘だったかのようにお通夜お葬式の日は雨だった。

 

 まるで世界も泣いているよう。


 そんなこと言ったのは千夜ちゃんだ。

 きっとお兄ちゃんだったらこう言うといい、からかうように笑った。

 つつがなく終わった拓馬のお葬式。斎場を後にしようとし、拓馬の家族と挨拶を交わし外に出たところで、私は我慢できなくて雨に濡れるのもお構いなしに地面に倒れこみ泣いた。とにかく泣いた。千夜ちゃんの前で見せられないと必死に我慢していたのが、今になって溢れ出したようだ。

 止まらない涙にお母さんが支えてくれる。雨はお父さんがそっと傘を差し防いでくれていた。

 しばらく雨の降りしきる中で泣いた後、私は家に帰った。

 お風呂に入ってそのまま部屋に行く。

 隣の家の拓馬の部屋が目に見える。もうあの部屋に光がつくこともないんだと思うと、また悲しくなってくる。

 私はカーテンを閉め切り視界を閉ざした。

 現実を逃避するようにして眠った私はまたしても夢を見た。

 拓馬じゃない。キツネの耳をつけた男の人だ。2つの画面を見ている。そして何かするように手を画面に近づけると、画面が一瞬光輝いた。男の人は不敵な笑みを浮かべている。

 私の見た夢はここまでだ。

 しかし、不思議とその不敵な笑みだけは印象深く記憶していた。

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