第107話 胸騒ぎ

 眠りから覚めた私はいつものように朝の支度をして、1人での朝食を食べていた。

 お母さんもお父さんもまだ寝ているみたいだ。

 元日ぐらいぐっすりを眠っていたいのだろう。毎年のことだ。

 私はポケットのスマホに手を伸ばすと時間を確認した。


「9時半。あとちょっとかな」


 友達との約束は10時だ。

 支度もしたしなにもすることがない。

 別に初詣だからって振袖を着るなんて面倒なことしたくない。それだったらいつもの私服で行くことを私は選ぶ。元々堅苦しいのは嫌いだし、どちらかというと着込むのは苦手だ。見た目は変わっても性格までは変わらない。結局清楚な美少女だとか言われても、中身は中学の頃と変わらず女の子らしくはないと自覚してる。なのにちょっと笑顔を振りまくだけで、告白とかされて正直よく分からなくなった。結局見た目なのかな。まだ、男の子に混ざって遊んでいた方がよかった。

 最近はそう思うようになってきた。


「だいたいさ、一番気づいてほしい相手はまったくその様子がないのが一番悪いんだよ」


 私は長くなった髪の先を触りながらそう愚痴った。

 スマホのメッセージアプリを起動させると、栗生拓馬のところをタップする。


「読んでないし。なんなのよ」


 変な怒りが沸き起こってくる。

 昨日の夜に感じていた不安はどこへやら。怒りで既読が着いていないことを確認するとそのままスマホを閉じた。


「告白……本当はずっと待ってるんだから。拓馬。私は拓馬のこと―――」

『ピンコンッ』


 スマホが震える。

 見るとメッセージアプリからの通知が来ていた。

 友達からだ。もうすぐ着くと書いている。

 私は朝食の食器をシンクの中に入れると、そのままコートを来て外に出た。

 友達はすぐに見つけられた。道沿いをまっすぐ向かってきている。

 茶色のコートを着込み、友達の方も私服だ。

 私は手を振って友達と合流を果たす。


「あけおめ雫~」

「あけおめ志保しほ


 現れた子は間宮まみや志保。高校で出来た私の友達だ。お互いに家が近いことから、拓馬と帰ってなかった時期によく一緒に帰っていた子だ。人懐っこくどこか憎めない性格をしている。高校に上がるときにこっちに引っ越してきたらしく、中学は違う。

 正直に言って志保はかわいい。拓馬なんて私と志保が一緒にいると、私よりも志保の方に目がいく。

 まぁ、気持ちも分からなくもない。私に比べて志保は身体つきも女の子のそれだ。出ているところが出ている。

 肩掛けの鞄が胸のふくらみを強調している。

 私の方は……見ないことにした。


「晴れてよかったね」

「うん。昨日の雨は何だったんだろ」


 今日は晴天。冬のこの時期でも太陽の光が温かい。

 私は志保と並び初詣のために地元でも有名な神社、通称お稲荷さんを目指して歩き出す。


「栗生君は誘わなくてもよかったの?」


 志保がニヤニヤして聞いてくる。拓馬のことを私が密かに気になっているのを、はっきりとは言っていないが志保は分かっていた。志保曰く私の態度は分かりやすくすぐに察したという。

 2人になるといつも私は拓馬の話ばかりだったらしい。無意識というのは怖い。

 よって志保は何かと私たちのことを気にかけてくれている。


「拓馬は別にいい。どうせ昨日行ってるから」

「おやおや。それはまた、雫にはちょっと穏やかじゃないんじゃない?」

「別に今更よ。あいつは毎年なんだから」

「あははは。栗生君も男の子だね」

「そうね。まぁ、毎年結局できないけどね。拓馬、ブサイクだから」

「とか言って顔は嬉しそうだね雫~隠せてないよ~」

「なっ! べ、別にそんなんじゃ」


 志保の追求から逃れるように私は横を向いた。

 すると、拓馬の家の前に日本人だったらよく知る車が止まっているのが目に見えた。白と黒のボディに赤いランプ。パトカーだ。

 私がそれに目を奪われていると、隣の志保も覗き込むように拓馬の家に目をやった。


「あやや。パトカーだ」

「拓馬の家……どうしてパトカーなんて」

「まぁでも昨日お稲荷さんに行ってなら仕方ないかもね」


 志保が納得するような声を上げたのに、私は勢いよく振り返った。


「仕方ないってどういうこと?」

「あれ? 雫、朝のニュース見てないの?」

「ニュース?」

「うん。結構大々的に報じられてたけど……」


 昨日はあのまま寝ちゃったし、朝もテレビはつけていない。


「見てない……なにがあったの?」

「お稲荷さんに雷が落ちたんだよ。ほら、年明けと同時にドンッてすごい音したじゃない? あれ、お稲荷さんに落ちた雷だったんだって」

「知らなかった」


 確かにどこかに落ちたのかもしれないと話していたけど、まさかお稲荷さんだったとは。拓馬が私の返信に気づかないのも、その混乱に巻き込まれてかもしれない。


「すぐに警察が動いてなんとかなったらしいけど」

「被害は?」

「うーん詳しくはやってなかったよ。でも、いた人の言葉では誰かに当たったって」

「うそ……」


 私はその場所で動けなくなった。

 誰かに当たった。それってもしかしたら……。


「本当かどうか分かんないけどね。一瞬のことで誰かに当たったように見えたのかも。でもあんまり気にしない方がいいんじゃない? たぶん栗生君は家が近かったから警察も事情を聞きに来てるだけかも。心配し過ぎだって」

「う、うん」


 私は頷いたが、胸騒ぎはおさまってなかった。

 嫌な予感が蘇る。嘘だよね。まさか。

 私はスマホをもう一度確認する。

 やはり読まれてない。胸騒ぎはどんどんと加速していく。

 私はそんな気持ちを抱えたまま志保と一緒にお稲荷さんの境内の前に来ていた。

 そして、境内に入る階段の前で足を止めた。


「入れないね」

「だね」


 そこにはKEEPOUTの文字と共に黄色い規制線が張られていた。

 警察の人たちが立ち入りを禁止していたのだ。


「ごめんね。こんな時期に。でも中に入れるわけにはいかないんだ」


 見張りのように立っていた警察官の人に私たちはそう言われる。

 私は少しだけ前に出て中の様子を確認する。

 確かに境内の離れた場所が、黒く激しく焦げていた。


「ああちょっと。ダメだって。見ちゃ」

「あの、いったいなにが」

「雷が落ちたんだ。嫌だよね。年明けとともに神社に雷なんて」

「犠牲者は、出たんですか」

「ああっとそれは言えないよ」

「言えないって……出てないとは言わないんですね」

「さぁね」


 警察官に笑顔で追及をかわされ、私は踏み込んでいた足を引っ込めると、志保の隣に戻った。


「だから気にし過ぎだってば雫。確かに心配なのはわかるけど、まさか栗生君に当たったなんて可能性は低いよ」

「分かってる。分かってるんだけど」


 どうしても胸騒ぎは消えてくれない。


「ごめん志保。やっぱり私」

「いいよ。行ってきなさいな」

「本当にごめんね」

「大丈夫。どうせお稲荷さんに行けなかったら意味ないし。恋愛祈願。安心してからでも遅くないから」

「ありがと。行ってくるね!」

「安心したらまた来ようね! 雫の恋愛祈願! いつでも連絡してきなよ!」

「うん!」


 私は志保と今度の約束をすると、そのまま駆けだした。

 この約束が果たされることはないとも知らずに―――。

 

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