第111話 宿無し
はてさて、俺の不安はどうなったかというと……。
「困りましたね……」
「うん……」
広いナイルーンの街中を歩きながら、俺とシャルロットは項垂れていた。
水の都と言うだけにアイリスタよりもナイルーンの日差しは強いのだが、海が近いからか比較的熱いと感じることはない。
そんな道中を俺たちは困った顔をして歩きまわっている。
なぜか。それはまたしても前に出てきた看板が物語っていた。
「一応、前に宿屋の看板はありますけど……」
「望み薄かな。やっぱり」
「でも見るだけはしてみましょう。もしかしたらという可能性はありますから」
「うん」
シャルロットに励まされながらも、俺は気乗りしない足を看板へと向けていった。
数歩前にでると、俺は足を止める。
「あぁ……ここもだぁあああ……」
「あはははは……本当。満室ですね」
近づいた看板には虚しくも『満室』の文字。
俺は地図を目にしながら、宿屋の場所にバツ印をうっていく。
「増えちゃいましたね」
「これで6軒目……ある意味不安的中だな」
そう。俺たちは絶賛宿無し状態なのだ。
あれからシャルロットの提案通りに、近くにあるギルド会館を目指した俺たちは、難なく会館につくことができた。そこまではいい感じに順調といえる。
そのままそこの職員にストレージに表示される文字を見せ、アイリスタから来たギルドメンバーだということを承知してもらったし、一応ナイルーンにしばらくいるつもりだと伝えると、職員は優しい笑みで地図にある宿屋の場所を教えてくれた。
だが問題はここからだ。
はたして悪魔憑きと転生者。こんな異例な2人組を快く迎えてくれる宿屋などあるのだろうか。
そう思って歩みを進めていたのだが、1軒目の宿屋に行ったときに、看板にある文字を見つけて違う不安が浮上した。
それが今目にしている『満室』という文字。
アイリスタにはなかったことだが、ナイルーンの宿屋はなぜだがどこに行こうとも、ほぼすべての看板にこの文字が書かれた紙が貼られている。
6軒目となる今も、その文字は変わらず看板にしっかりと刻まれていた。
「どうしよっか……」
「教えてもらった宿屋はあと1軒……その1軒もたぶん」
「満室……なのかなぁ」
俺は天を仰ぎ見た。
まさか、説明する前に宿屋に入れないとは思いもしなかった。
疲れがどっと来て立ち止まってしまう。
すると、目の前の宿屋の扉が開かれた。
なにやら袋を持った女性が出てくる。
エプロンをつけていることから従業員だろうかと見ていたら、ちょうど目が合った。
「おや? お店のまえで項垂れてどうかされましたか?」
丁寧な口調で女性は俺たちに声をかけてきた。
目はくりくりとしており、どこか活発な印象を受ける。
「いや。それが……」
「私たち今日ナイルーンに来たんですけど」
「ああなるほどなるほど。それはそれは」
女性はくりくりの目を俺たちに向けながらうんうんと頷いている。
「これで6軒目なんですけど……もしかしなくてもこの宿屋の従業員ですよね」
「はい。お察しのとおり。今は食事の買い出しに行こうとしていたところです」
宿屋は食事処も兼任している。それはアイリスタだろうとナイルーンだろうと変わらない。大陸ロンダニウスの常識だ。
だから、別に買い出しに驚くことはないのだが……。
俺は藁にも縋る想いで、その女性従業員を見つめた。
「部屋、空いてたりは……」
「ごめんなさい。看板のとおり、うちも満室なんですよ」
「ですよねぇ……」
俺は宿屋の壁に手をつきがっくりとする。
シャルロットも苦笑いを浮かべていた。フードの猫耳が力なく凹んでいるのも無理ないだろう。
俺は手に持った地図をもう一度見て、バツ印のない最後の場所を指さす。
「あと1軒、これにかけるしか」
「1軒? ちょっと地図見せてもらってもいいです?」
「ああ。はい。どうぞ」
地図を見ながら呟いた俺に対して、女性従業員は一言ことわってから俺の手から地図を貰っていった。
そしてその顔が苦笑いの様に歪む。
まさか……。
「あー……これはまた……」
「あの、まずいことでも」
「いや、まずいっていうか……運がないっていうか」
「な、なんですか?」
シャルロットの不安そうな声に女性従業員はバツ悪そうにしながらも、口を開いた。
「ここ。この最後の宿屋ってね、海が近くて窓からの眺めも最高。ナイルーンでも一番人気の宿屋なんですよ。だからたぶん」
「満室……と」
「はい」
「……終わった。シャルロット。私たちは今日宿なしだよ」
「あ、あはははは……はぁ……どうしましょうか」
「い、いやほら! もしかしたら空いてるかもしれないし! 一応ね! 一応見に行くだけいいんじゃないかな!? 行ってみろ、よ! 当たって砕けろ!……的な?」
「砕けちゃダメじゃないですか……」
「あはははは……かもね。それじゃあ私は買い出しがあるから! 頑張ってね~!!」
「ああ……行っちゃったよあの人」
行ったというか逃げた感じだな。これ以上関わらないようにしようといった雰囲気が、ビシビシ伝わってきた。
まぁ、自分のせいで唯一の希望を消したんだか居づらいとは思うけどさ。
分かるよ。でも逃げることは……はぁ、そんなこと言っても仕方ないか。教えてくれただけ親切と思っておこう。
足に力が入らなくなり、地面に膝をついていた俺は地図を見ながらいろいろと考えていた。野宿ってどうすればいいんだ? 経験なんてないぞ……マジで。
現代高校生をなめるなよ! いや、関係ないか。
「リュウカさん。とりあえず行きましょうか」
「行くってどこに……」
「最後の宿屋ですよ」
「でも、もう満室って」
「あの方も言ってたじゃないですか。一応行ってみてもいいんじゃないかって。当たって砕けろじゃないですけど、もしかしたらって可能性もありますよ」
「確かにそうだけど」
「まぁ私、悪魔憑きですけどね」
シャルロットは最後に一番不安になる言葉を残して、歩き出してしまった。
強いのやらなにやら。自分の運命を受け止めたために出る言葉なのだろうが、今は言わないでほしかったよ、シャルロットさんや。
でも項垂れているだけじゃ変わらないのも確かだ。
俺もシャルロットに続くように歩き出した。
もうこうなったらやけだ。当たって砕けよう。
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