第15話 なんだかんだで名前が決まりました!

「私はアーシャ」


 騎士のお姉さんが俺の近くに座り、自己紹介してくる。

 座り方もどこか隙のない動きで、すらっと座っている。まるでいつでも立ち上がることが出来るような体制だ。


「私はミルフィよ」


 そして今度は巨乳のお姉さんが騎士のお姉さん、アーシャさんに続いて自己紹介をしてくれる。

 両極端な2人だが、自己紹介の流れなどを見ると、とても仲の良い間柄であると分かる。

 順番で行くならここで俺が名乗る番だろう。

 アーシャさんもミルフィさんも何かを期待するようにこちらを見ている。

 俺はその視線に応える様に口を開いた。


「俺はくりゅうた」


 そこまで言ったところで俺は突然動きを止めた。

 ……あ、危ない。つい癖で普通に栗生拓馬と名乗りそうになった。

 しかし、今の俺は黒髪美少女だ。拓馬なんて男っぽい名前を名乗るわけにはいかない。どうせなら、かわいい名前にしたい。アーシャやミルフィということは、ここはゲーム感覚で名前を決めた方がいいだろう。そっちの方が違和感を感じない。


「おれ……?」


 しかし、俺の思っていたことよりも、2人が気になっていたのは一人称のほうだ。

 ミルフィさんが不思議そうに呟き、アーシャさんも俺のことを見ている。

 そっちも変えないといけないんだった!

 俺はここで初めて、口調を全般的に変えなければいけないということを悟った。


「確かに見たこともない服装だが、男ということはないだろう」

「そうだね。ごめんごめん」


 早く何か言わなければならない。

 じゃないと、違和感をつっつかれそうだ。今だって、2人は俺の体をじっくり見ている。

 別に体を触られたところで完璧に女の体になっているので心配することはない。むしろ、お姉さんに触られるなんて夢のようなもの。

 しかし、男という単語になぜか焦っている俺は咄嗟に2人の会話を遮るようにしゃべりだす。


「な、なにを言っているのですか。私はくりゅ……『リュウカ』! そうリュウカと言います」

「……そうか。リュウカというのか。すまない。ほらミルフィも謝れ」

「ごめんねリュウカさん。なぜだか言いなれているような感じだったから気になっちゃって」

「い、いいんです。気にしないでください」


 なんとかごまかしてこの場を切り抜ける。

 しかし、リュウカって誰だ。くりゅうと言ってしまったからと思って咄嗟に出てきた名前だが、かわいくもない名前だ。アリスとかケイシーみたいなよくある感じでよかったじゃないか。かわいらしい名前にしたかったよ……。リュウカとか科学の授業で出てきそうな名前にするつもりなんてなかったのに……。


「それにしてもリュウカさん」

「は、はい」


 俺がくだらない後悔をしている内に、ミルフィさんが俺に話しかけてくる。


「なんで魔界にいたの? どうも何も武器を持っていなようだし」

「そ、それは……」


 実は、一度死んで第二の人生をこの世界で過ごすために、地球からここに来たんです。性格の悪い神様のせいであんな場所に召喚されちゃいました!

 ……なんて言えるわけない。そこら辺の設定を何も考えずに来てしまったことにこんなにも早く困るとは思わなかった。適当に作ろうにも、この世界のことはカタログでざっと見ただけだ。それも、オークに追われてすっかり忘れてしまった。大陸名がロンダニウスということしか思い出せない。

 どうしようか冷や汗をかいている俺に、しかし、意外なところから助け船が出される。


「リュウカ。お前、バルコンド出身だろ」

「アーシャちゃん? 急にどうしたの」

「ああいやすまない。どうもリュウカの服装が気になってな。ずっと考えていたんだ」

「そうなの? でもなんでバルコンド」

「あそこは山岳地帯の国だろ。常に気温が低い。だからこんなに厚着をしているんだよ」


 アーシャさんが俺の服を指さしてそう言う。

 今まで気にしなかったが、姿形は女に変わっても来ている服は全く変わっていない。お稲荷さんに参拝しに行った時と全く同じで、サイズだけが変わっていた。女の体になったというのに体にフィットしているので気にすることもなかった。

 こっちに来て服装など気にする暇もなかったからな。

 そして、年末ということで冬の装いの俺はジーパンに上半身はもちろん上着を羽織っている。

 それがアーシャさんが厚着と判断したところだろう。


「どうだ? リュウカ。当たっているか?」

 

 アーシャさんは自分の言ったことに結構な自信があるらしく、目を輝かせながら俺の方を見ている。

 クールに見えたアーシャさんもこういった一面があることに驚いたが、驚いてばかりでいるわけにはいかない。

 バルコンドという国は知らないが、ここは流れに乗っていくしかない。


「……え、ええ。そうです」

「ほらな! 当たったぞ!」


 まるで子供かと思うように、ミルフィさんにアーシャさんは詰め寄る。

 ミルフィさんは慣れているように「すごーい」とアーシャさんに対して手を叩いている。


「でもアーシャちゃん。素が出ちゃってるわよ」

「……っ!」


 ミルフィさんの言葉に一気に正気を取り戻したのか、恥ずかしそうに俺の方を向く。


「あははは……」


 愛想笑いを受かべるしかない俺。

 そんな俺の反応にアーシャさんは顔を真っ赤にして一度俺から顔をそむけると、すぐに元通りのクールな表情に戻って俺に向き合う。

 しかし顔はまだ少しだけ赤い。


「す、すまない。取り乱した」

「い、いえ気にしないでください」

 

 俺は気にしていないようにアーシャさんに言った。

 正直めちゃくちゃかわいいと思いました。

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