第56話 飲酒は20歳になってから
「えー皆さん、本日は無事アイリスタの街に平和が……ええっと、その」
「おいおい嬢ちゃん! 主役がそんなんじゃ誰も盛り上がらないぜ」
「ああはい分かりました。ええっと、本日はお日柄もよく……」
「大丈夫よ。落ち着いて。リュウカちゃん」
テンパる俺を心配して俺から見て1番近くの椅子に座っている、ミルフィさんが声をかけてきてくれる。
現在、俺はギルド会館で、この場にいるすべての人から注目されている状態だ。
みんなの手にはグラスが握られており、乾杯の時を今か今かと待ち望んでいる。そんな中でなぜ俺が全員の前に出るというような、学校であったら公開処刑のような目にあっているかというと、一概に俺が今回の宴の主役だからだ。
主役には乾杯の音頭をとってもらうというのが毎回の行事ということで、屈強な男たちに背中を押される形で、こんなところまで来てしまった。
乾杯の音頭とかしたことねぇよ……!!
なんだ、なんて言えばいいんだ。分かんねぇ。どうしよう。
「……リュウカ様」
そんな時、耳打ちするような声が後ろから聞こえてきた。
見るまでもない。声だけで分かる。俺となぜだか縁のあるあの受付のお姉さんだ。名前を知らないので眼鏡という印象から勝手に知的なお姉さんと呼んでいる。もしくは普通に受付のお姉さんだ。
そのお姉さんが、珍しく優しい声でテンパる俺に囁きかけてくれる。
「ここは一言『乾杯!』と言えばいいんですよ」
「え、でも、何か気の利いたことを言わないといけないんじゃ」
「大丈夫です。皆さん飲みたいだけですから、それだけで十分なんです」
本当だろうか。
いやしかし、ここにきてからかうなんてことしないだろうしな。
「わ、わかりました」
俺は知的なお姉さんの言葉に頷きを返したところで、一度唾を飲み込み気持ちをリセットする。
そして大きく息を吸い込むと、
「かんぱーい!!!」
と、これでもかという大声で言いきった。
『かんぱーい!!!!』
俺に続くように男女様々な乾杯の声で無事、宴が開催された。
俺は知的なお姉さんの方を振り返る。
「言った通りでしたでしょ」
「はい」
「皆さんこういったことが大好きですから。きっかけを与えれば勝手に始めるんです」
「そうみたいですね」
今やギルド会館は大盛り上がりを見せている。
みな思い思いにテーブルに置かれた料理を食べ、手に持ったグラスを飲み干していた。
「だったら乾杯の音頭なんていらないんじゃないんですかね」
「そこはやはりギルドメンバーですよ。その時の1番活躍した人を皆で称える。そういった礼儀を重んじているのです」
「へぇ、意外ですね。いつもは依頼の奪い合いしてるっていうのに」
「その両方をとってギルドメンバーと言うのです」
「はぁ……」
よく分からないが、とりあえず適当に返事をしておく。
俺のその態度を見て、お姉さんも俺が理解できていないのを悟ったようだが、なにも言わずに微笑むだけだ。
「リュウカ様」
「はい?」
「乾杯です」
そう言ってお姉さんが俺に自分のグラスを近づけてくる。
「乾杯」
俺もそれに応じる様にグラスを持ち上げた。
チーンというグラスが当たる音が響いたところで、2人してグラスの中のものを飲む。適当に選んだ奴だが、どうやら当たりだったようだ。ブドウジュースの味がする。炭酸で、ちょうどファ○タに近い味がして美味しい。
「おや、リュウカ様はお酒は飲まれないんですね」
「お酒は
「……? それはいったい」
「俺の元の世界のルールですよ」
そう言って俺は歩き出した。
宴の主役がずっとここにいるわけにもいかない。
それに恩恵であり得ない動きをしたからか空腹がひどい。
適当に料理をとって、適当にこの状況を楽しむことにした。
**********
それからしばらく宴を楽しんだ俺は―――完全に酔っぱらっていた。
もちろんお酒は飲んでいない。
雰囲気に酔ったと言うのが正しいだろうか。
足はふわふわするし、なんだか体が熱い。
誰彼構わず絡んでしまいそうなのを必死でおさえるので精一杯だ。おさえられているだけまだマシかもしれない。
しかし、これもまた知り合いだと変わってくる。
そう例えば、今目の前に珍しく1人で、神妙に椅子に座って飲んでいるアーシャさんがいる。
俺の足は迷わずアーシャさんに近づいて、そのままの勢いで隣に滑り込むように座り込んだ。アーシャさんにしなだれかかる。
「アーシャさん! どうしたんれすかぁ~? ひとりで寂しくないんれすかぁ~?」
「お、おいリュウカ。どうしたお前」
「どうしたもなにもないですよぉ。ほらほら、アーシャさんもみんなと一緒に楽しく飲みましょ~」
「やめろ。引っ張るな。もしやお前、酔ってるな!!」
「酔ってなんかいませんよ~。なに言ってるんですかぁ」
「だったらなんだそのテンションは! 完全に絡み酒じゃないか」
「む……失敬な! 私はお酒なんか飲んれましぇん!!」
「最後! ろれつが定まってないぞ!!」
「いやいやそんな」
「ほんとだ!」
うーん、アーシャさんは頑なだなぁ。こんな楽しい時に1人で飲むなんて寂しいだろうに。
でも、動く気配もないし、仕方がない。
諦めるか。
俺はそのまま標的を変える様に立ち上がる。
「はぁ……やっといなくなったか」
「んーー??? なにか言いましたかーアーシャさん」
「い、いや何も言ってないぞ! なにも!」
「そうですかー。ならいいですけどー」
「……よくあれでお酒を飲んでないなんて言えるな。信じられんぞ……」
アーシャさんの最後の呟きは、俺の耳には届かなかった。
なぜなら、もうすでに次の標的を見つけたあとだったから。俺は目を光らせながら前に進む。
ギルド職員の制服を着て、同じ職員と立ちながら飲んでいる受付のお姉さんがいた。
俺は後ろからその体に抱き着く。
「おねーさーん」
「!?」
突然のことでグラスを落としかけるお姉さん。
俺の顔を見て何やらすべてを察したようにため息を吐いた。
「リュウカ様ですか……」
「なんですかー。その面倒な人に絡まれたみたいな態度は」
「ええ。おおむねその通りですよ」
「あにおー。こっちは主役だぞー」
「リュウカ様、もしかしなくても酔ってらっしゃいますね」
「酔ってませーん。だって、これお酒じゃないしー」
「そう言う
「いいじゃないですかー。女性同士なんでぇ」
そう言いながら俺はお姉さんのタイトスカート越しのお尻を撫でる様に触った。
酔っぱらっているため理性というリミッターが外れた結果だ。
変態のようにお尻をさわさわする。
「ちょ!! リュウカ様、悪ノリはよして」
「よいではないかよいではないか」
お代官様のごとくお姉さんのお尻を撫でまくる俺。
もちろん、この後制裁を受ける。
「いい加減にしてください!!」
ごつんと、頭に重い一撃をくらった。
「痛いですよー……」
「あなたが私のお尻をいやらしく触るからです」
頭をおさえて見上げる俺に対して、まるでごみを見るかのような冷徹な目で睨みつけてくるお姉さん。
酔いもさめてしまいそうだ。
「いいじゃないですか。そんなに怒らなくても。今は宴。無礼講ですよ」
「無礼講でも最低の礼儀をわきまえてください。さもなくば、セクハラとして訴えますからね。こっちには特別な資料があること、お忘れなく」
「……はい、すみませんでした」
「分かればいいんですよ。それで、私になにか用ですか」
「いえ、別になにも。しいていえば抱き着きやすいお尻があるなと思いまして」
「懲りない人ですね。では、あなたは誰であろうとそこにお尻があったら抱き着くんですか」
「はいもちろん! お尻に抱き着き、胸には飛び込みます!」
これでもかというほどの真剣な目で俺はそう宣言した。
「本当に最低ですね、あなた」
「嘘ですよ。見知った人にしかしません。さすがにそれでは捕まってしまいますから」
「もうすでに前科二犯はしてますが、どうしてまだ捕まってないんですか?」
「それは私が女性だからですわ。女性が女性の体を触ってもそれはスキンシップ。なにも問題はないでしょ」
「はぁ、一概に言えるのでたちが悪いですね」
ふっふっふ。
そうだろうな。
俺は見た目黒髪美少女。まさか中身が男だろうとは誰も思うまい。
転生者でなおかつ性別転換までしているという、イレギュラーの塊。そう簡単には理解できまいよ。
いくらギルド職員が言おうともだ。
もちろん、お姉さんが言う特別な資料を出されたら終わりなんだけどさ。
向こうもそんな資料簡単には出しては来ないだろうし、しばらくは安心だ。
「ほんとに私に用はないんですね」
「はい」
「セクハラしにきたと」
「まぁ、そうですね。否定はしません」
「できればしていただきたいですね」
「いやいや、それは無理な相談ですね」
自分に正直にがモットーなんで。
今作ったけど。
「まぁ、あなたがそういった人なのはこの2日でよく理解しましたら、今更何も言いませんよ」
「それは助かります」
「ですが、度を越えたことをしているのを目撃したら問答無用で注意させていただきますからね」
「分かってますって」
「ほんとに分かっているんでしょうか。心配です」
「大丈夫でーす!!」
ピースで答える俺。
実際、本当に嫌がっている人にやるつもりはない。そこら辺はわきまえているつもりだ。目の前のお姉さんにはなぜだかやってしまうのだが。
なぜだろう。不思議だ。
「まぁ、リュウカ様に私たちが助けられたことは事実ですからね。アイリスタを救ってくれたお礼に、今日のセクハラには目を瞑ります」
「今日の……?」
ニヤリと笑う俺。
今日のってことはつまり……。
俺の手が自然とお姉さんのお尻に吸い込まれていく。
「間違えました! これまでのセクハラには目を瞑ります。次やったら分かってますね……!」
伸ばされた俺の手を掴み上げて、お姉さんは青筋を立てて睨みつけてくる。
いや、今俺悪くないですよね。トホホ……。
俺は掴まれた手をゆっくり自分の方に戻して、お姉さんの前をそそくさと退散した。これ以上を怒らせるわけにはいかない。本当に訴えられかねない。
仕方なく、とぼとぼと料理が並べられてあるテーブルまで戻って辺りを見渡した。
本当にギルドメンバーというのは宴会が好きらしい。
乾杯から結構時間が経っているのに、まだまだ勢いが衰える気配がない。
その体力はいったいどこから。そう思いながら俺は1人、料理の残ったテーブルにつき、空腹を満たした。
「……そういえば、ミルフィさんと話してないな」
さっきは珍しく1人でいたアーシャさんに絡んだが、ミルフィさんとは話していない。辺りを見渡してもどこにも姿が見えない。
参加してないはずはない。俺やアーシャさんと一緒に来たし、乾杯の音頭の時には目の前にいたのだ。
俺は辺りをもう一度見渡す。
だが、ミルフィさんの姿は見当たらなかった。
さらに気づいたのだが、さっきまで1人で座っていたアーシャさんまで姿が見えなくなっていた。
おっかしいなー。あの2人どこにいったのだろうか。
もしかして帰ったのかな。
そんなことを思いながら、さして気にすることなく俺は自分のペースで飲み食いしていった。
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