第55話 一件落着

 ふぅ。

 どうにかあの駄目サキュバスは魔界に帰っていった。

 捕まったり、気持ち悪い裸の男に囲まれた淫夢見せられたりといろいろあったが、一応はアイリスタを狙う敵のボスが尻尾巻いて逃げていったのだから、これにて一件落着だろう。

 ほんと、夢だからってあんな気持ち悪いもん俺の近くに配置しやがって。しかも、俺の予想通り夢だから俺の目にはばっちり映っていた。あの、見慣れた男特有のモノが……。

 きっと映像化されたらうまい具合に男の下半身をフレームアウトさせて見せるんだろうが、体験者にはばっちり見えてしまっているんだ。

 そこら辺もっとこう、うまいことやってほしい。

 温泉イベントで浴室から脱衣所まで、あそこまでの湯気で覆っていたんだ。試着室では光も差した。だったらここだって謎の光で隠してくれてもいいのに、まるで俺が悶絶する姿を楽しむかのようなあくどい設計をされている気がしてならない。

 この作品、いったい年齢制限どうなってるんだよ。

 なんとなく犯人の予想はつく。どうせ、あのイケメン神様の仕業なんだろうが、今俺に神様との連絡手段はない。

 文句を言おうにも言えない状況では神様のことを考えたって意味もないし、気分がさらに悪くなるだけだ。

 だったら、癒してもらおう。

 ということで、俺は駄目サキュバスから感じたキスの感触を思い出しながら、草原に立ちつくすアーシャさんとミルフィさんに話しかけた。


「いやぁ、どうにかサキュバスも去ってくれましたね。これでアイリスタも当分無事でしょうね」


 比較的明るい印象を意識して、俺は2人に話しかける。

 コロッと変わった俺の態度に2人は微妙な表情を浮かべる。

 まぁ、分かりますよ。さっきまで怒っていた人とは思えないほど、あっけらかんとした態度だと自分でも思います。

 でも、そこはうまく流していただけると俺としても助かります。

 正直感情に任せて捲し立てたので、明らかに口調が変わっていたし、『俺』なんて言ってしまっている。絶対怪しまれているのは明白。

 だがここはアイリスタが助かったこと、上級悪魔のサキュバスが泣いて去ったことを喜びましょ。

 バルコンド出身のお嬢様が自分のことを私じゃなく俺と言ったこととか、エターナルブレードを持って大立ち回りをしただとかは、この際いいじゃないですか。

 ひとまずは隅に置いておいて、今は喜びましょうよ。ね。

 そんな圧を目に込めて俺は黙ったままの2人を見つめた。


「…………」

「…………」


 なにも言わない2人。俺の目を、そして握られているエターナルブレードをじっと見つめている。

 ああ……さすがに流してくれませんかね……。

 美少女パワーで目に追及しないでって圧を込めているのに、同じ美少女には通用しないようだ。

 仕方ない。ここは正直に話すしかないか。

 そう思いながら、俺がひとりでに冷や汗をかいていると、その背中を誰かに思いっきり叩かれた。


「痛ッ……!」


 俺は予想だにしない衝撃に体をよろけさせながら、後ろを見る。

 するとそこには、いつの間にやら集まってきていたギルドメンバーたちの姿があった。それもこの戦闘に参加していた全員が俺を見ている……正確には俺を含めたアーシャさんミルフィさんの3人だが。

 明らかに俺に対する視線の数が多い。

 これはまさか、集団尋問の展開だろうか。

 またもや訪れたピンチに冷や汗の量を増やした俺だったが、その心配はすぐに杞憂に終わる。


「ガッハッハ!! どこのどいつかしらねぇが、あのサキュバスに勝っちまうなんてな!! しかもほとんど武器も使わずにときたもんだ! 大したもんだよあんた!」


 屈強な腕を組んで、俺を叩いてきた男がこの場を代表してそんなことを言ってくる。

 男の言葉に後ろに控えているギルドメンバーもみな頷いていた。


「見てたぜ。あんたが空から現れて、かと思ったら自分よりもでけぇ武器一薙ぎで、魔物どもを半壊させやがったのをな! いや、惚れた! ギルドメンバーにまだこんな奴がいたとはな!」


 豪快な男はすべてにおいて豪快だった。

 態度も口調も包み隠すことのない純粋なもの。だからこそ、俺の心配事が意味をなしてないと分かって、すぐに冷や汗が引いていく。

 その代わり、純粋な賛辞に嬉しさがこみ上げてくる。

 男の視線が俺の後ろに動く。


「にしても、すげぇ奴と知り合いだな。アーシャ。ミルフィ」

「あ、ああ」

「え、ええそうね。リュウカちゃん強かったわね」


 男の言葉にアーシャさんとミルフィさんが戸惑いの声をあげる。

 生返事になってしまっているのも仕方がないことだ。姉御と姫といえども転生者バリの実力は有していない。

 まさか、昨日魔界側から現れた俺が、ここまでの力を持っていたなど思いもしなかったはずだ。

 だが、豪快な男は2人の気のない返事にも気づいていないのか、仲間たちの方に振り返ると大声で叫び始めた。


「さぁ!! 今日は宴だ!! ギルド会館で盛大にお祝いといこうじゃねぇか!! なぁ、野郎ども!!」

『おうよ!!!!』


 男たちはそう言って、アイリスタまで戻っていくつもりか、いっせいに歩き始めた。遠ざかっていくギルドメンバーに対してどうしていいのか分からず立ちつくしていると、隣に復活したミルフィさんが来る。


「うふふ。みんな盛り上がっているわね」

「ミルフィさん、宴って言ってましたけど……」

「ええそうよ。街を守った時はこうして毎回宴を開くの。アイリスタが無事だったことと、戦闘によって死者が出てしまった場合の気持ちの切り替えのためにね」


 ミルフィさんが何気なく言った最後の言葉に俺は息をのんだ。

 忘れたらいけない。俺以外の人たちはみんな死ぬ可能性を知りながらも、戦場に赴いている。

 あんなに豪快に笑っていたが、サキュバスが現れた時のピリッとした空気でほとんどのギルドメンバーが死を覚悟していたのだろう。

 俺には分からないが、俺が捕まってしまったときはそれこそ、逃げようとした人もいたかもしれない。

 でも、アーシャさんもミルフィさんも、そしてさっきの人たちもみんな戦場に残っていた。

 ギルドメンバーとして自分の死よりも街を優先したのだろうことは想像できた。頭が上がらない人たちだな。立派だ。

 それに引き換え俺と来たら、サキュバスに呆気なく捕まってしまうとは。情けない。ほんと、あいつが駄目サキュバスで助かった。


「なんか、すいません」


 1人で勝手に申し訳ない気持ちになって俺はミルフィさんに謝った。


「ん? どうかしたの?」


 そんな俺にミルフィさんがきょとんとした声をかけてくる。


「いや、私サキュバスに捕まっちゃったんで」

「ああそのこと。別にいいのよ。こうして誰も死なずにすんだんだし。リュウカちゃんも無事だったんだから」


 微笑むミルフィさん。

 ああまぶしい……。天使の微笑みがこんなにも心にしみるとは。俺の駄目サキュバスによって荒んだ心が、浄化されていく。


「今日はなんにも気にせず楽しめるわね」


 ミルフィさんはほんとに楽しそうにアイリスタの街の方を見つめる。


「さぁさぁ! 主役のリュウカちゃんが遅れたらダメよ。行きましょ!」

「はい!」


 俺がそのまま歩きだす。

 ミルフィさんは俺にはついて来ずに自分の後ろへと声をかけた。


「アーシャちゃん」

「…………」


 しかし、アーシャさんから声が返ってこない。

 ついつい気になって俺も動かしていた足を止めて、後ろを振り返る。

 そして、こちらをじっとみていたアーシャさんとばっちり目が合った。

 ハッとしたような顔をするアーシャさん。

 その瞬間俺から視線をそらし、近くに来たミルフィさんとアイコンタクトをかわす。


「アーシャちゃん」

「ミルフィ」


 お互いがお互いの名前だけを呼び合う。そんな短い会話だというのに、まるで言葉じゃない2人にしか分からないような場所で会話を交わしているような、不思議な間が生じた。


「……分かってる。行こうか」

「うん。行こ」


 そしてどちらかともなくそう言うと、2人して歩き出し俺の隣に並ぶ。


「すまないリュウカ。待たせたな」

「いえ、気にしないでください」

「それじゃあ今度こそギルド会館に行きましょうか」

「はい」


 アーシャさんも復活したところで3人してアイリスタのギルド会館に向けて歩いていく。

 3人並んでアイリスタに向かうなど本日2度目だ。しかし、違うのは俺も戦いを終わらせた側であること。もう足手まといとはいかないぞ。


「リュウカ」

「はい。なんですかアーシャさん」

「いやな、いつまでエターナルブレードを持っているつもりだ」

「へ?」

「リュウカちゃん、重たくないの?」


 そう言われると重たい。

 初めて持ったときほどの重さはないが、それでも意識してしまうとずっしりとしたエターナルブレードの重さを、主に手が感じ始める。


「確かに重いですね」

「しまえばいいだろ」

「それもそうですね。忘れてました」

「まったく。相変わらず抜けてる。戦ってる時とは別人だな」

「あはははは……」


 苦笑いが出てしまう俺。

 まぁ、いくら恩恵によって強くなっても元の性格までは変わらない。そこは諦めていただきたいところだ。


「別人と言えば。リュウカちゃん、あのサキュバスに怒ってた時、口調からなにからなにまで変わってて別人みたいだったわね。ちょっとびっくりしちゃった」

「ええ!? そうですかねー……! 気のせいじゃないですかねー! あはははは…………!」

「気のせいじゃないわよー。ねぇ、アーシャちゃん」

「ああ。私も聞いたぞ。俺とかって―――」

「―――きっと! サキュバスに見せられた幻覚なんですよ。いやはや、困りますねー。身に覚えのないところで私のイメージを崩すなんて許せませんね。ほんと! さすが上級悪魔! 油断なりません!!」


 いやほんとサイテーな悪魔ですわ。私が俺? そんなこと言ったことないのになー。ほんと印象操作とか卑劣な奴め!

 おれ…いや私は、れっきとした女性だというのに。まったく。


「サキュバスにそんな魔法あったか……?」


 納得してないようなアーシャさんの呟きが聞こえてきたが、そんなのお構いなく俺が適当なことを言ってごまかした。 

 次第にアイリスタに近づき、戦闘を見学していた人たちに盛大に迎え入れられたことにより、この話題もうやむやになった。

 うん。俺って運がいい。

 そのまま流れる様にギルド会館に向かう。

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