第54話 TS主人公ってサキュバスには初見殺しですよね
俺は夢から目覚めた。
目を開けると、サキュバスの顔が近くにある。
「…………」
「ふふっ。魅了成功ってところかしらね」
なにも言わない俺に、サキュバスは満足したように唇を舐めまわすと、地上に降りていく。
その間も俺はずっと黙っていた。
サキュバスが俺と一緒に地上に降りる。
地上には得も言われる緊張感が漂っていた。
「さぁリュウカ! あなたの力を私のために存分に発揮してもらうわよ! アイリスタとこいつらにっくき人間族どもを皆殺しにしてちょうだい!!」
サキュバスが地上に立ち上がり俺に命令してくる。
「あなたの武器も近くにあるわ! 私の下僕を消したようにこいつらも消してちょうだいな!!」
再度俺に命令をしてくるサキュバス。
だが、俺は立ち上がらない。
地上に降り立ってから、草原に座り込んだままだ。
「リュウカ……?」
「リュウカちゃん……?」
聞きなれたアーシャさんとミルフィさんの声が聞こえて来る。
一向に動こうとしない俺に対して、ついには敵であろう2人まで心配そうに俺を見てくる。
「ちょ、ちょっとどうしたのよリュウカ! あなたは今は私の下僕でしょ! 早く立ち上がって! 立ち上がりなさい!」
サキュバスが今度はきつめの口調で命令してくる。
あーはいはい分かりました。立ち上がればいいんですね。立ち上がれば。
分かりましたよ。分かりました。そうギャーギャー言わないでくださいよ。
俺はサキュバスの命令通りに立ち上がった。
ふらついた足で地面に突き刺さったエターナルブレードに向かっていく。
そんな俺に辺りにいるギルドメンバーには緊張が走る。
アーシャさんもミルフィさんも持っている武器を掲げいつでも攻撃できるようにしている。
俺はそのままエターナルブレードのところまでいき、そして―――エターナルブレードを掴むことなく通り過ぎた。
それには誰もが驚いた顔をする。
「ちょっとなにしてるのよ!!武器も持たないで勝てるわけ」
俺はそう叫ぶサキュバスに近づき、無言で服らしい布を掴み上げるとそのままやり返しかのように、サキュバスと顔を近づけた。
そして無言のままその綺麗な額に頭突きをかましてやった。
ゴンッ
鈍い音を鳴らしてサキュバスが地面に転がり落ちる。
『え……』
その場にいた全員、サキュバスも含めた全員が俺を呆気にとられたように見つめる。
俺はそんな視線お構いなしに、若干涙目のサキュバスを見下しながら、ニコニコ笑顔を作って指の関節を鳴らす。
「おいこら」
ドスのきいた声に、サキュバスがびくりと体を動かす。
「な、なによあんた! 私の魅了で下僕になったんじゃ、え? どういうこと。なんで命令もしてないような」
「黙れよ」
「ひっ」
わめこうとするサキュバスを一言で黙らせる俺。
「お前、自分が最後に言った言葉覚えているよな。忘れたとは言わせないぞ」
「あ、あんたなに怒って」
「いい夢見させてあげるって言ったよな」
俺はそのまま地面に座り込んでいるサキュバスに近づく。
「え、ええ言ったわよ! とってもいい夢だったでしょ!! 私が見せてあげたんだから。人間の女にとってとても幸せな」
「ふざけんな!!!」
俺は思いっきり、今度は手加減もない頭突きをサキュバスにくわえた。
「あんな気持ち悪いもんいっぱい見せておいてなにが幸せだボケ!! ふざけんなよこら!」
「はぁ!? 意味わかんないんですけど! どうして私が怒られなきゃいけないのよ! 頭突きまでされて!」
「意味わかんないならお前が俺に見せた夢を思い出せよ!」
「夢って、あんた。そりゃあたくさんのイケメンが出てくる夢よ。そりゃあもう幸せだったでしょ。ハーレムよハーレム。多くの男に愛されるなんて女性の夢の何物でもない」
「それがふざけんなって言ってんだよ!!!」
俺はもう一度サキュバスに頭突きをお見舞いしてやった。
「痛ッ……! ちょっとあんたね! 3回も頭突きする必要ないじゃないのよ!」
「あるんだよ! こちとら精神的ダメージが相当あるんだぞ! あんな汚らわしいもん周りに配置しやがってくそが! ちょっとは考えろよな!!」
さらにもう一発頭突きをくだす。
おさまらない俺の怒りはさらに頭突きの回数を増やしていく。
「いた、痛い! 痛いってば!! これじゃあ自慢の角も折れちゃうよ!」
「そんなもん折れちまえ! 駄目サキュバスにそんな立派な角なんざいらねぇんだよ!」
「駄目サキュバスですって! あいた! また頭突きした! あんたよくも上級悪魔の私に向かってそんなこと……」
「だったらちゃんといい夢見せろよ!!」
最後に思いっきりサキュバスに頭突きを加え、サキュバスはまたもや地面に転がり落ちる。
額は真っ赤になり、目は涙目だ。
「だいたいな! こっちは淫魔だからって期待したんだよ! あんなことやこんなこと出来るんじゃないかって!」
「だからしてやったじゃないの! 裸体のイケメンを多くして」
「それがいかんって言ってるんだ!! いい加減分かれや!」
「分かんないわよ!! あんた女なんじゃないの!?」
「女だってな、いろんな奴がいるんだよ!! それぐらいサキュバスなら分かれよ! だからてめぇは駄目サキュバスなんだ!」
「あー!! また言った! 駄目サキュバスって! 頭突きまでしてもう怒った!」
そういって浮かび上がろうとするサキュバス。
「ほう。なにしようって言うんだ。ああ!?」
だが、俺がそんなこと許すわけなかった。
咄嗟に地面に突き刺さったエターナルブレードを引き抜くと、サキュバスの横すれすれをねらって、刀身を振り込む。
光が軌道に沿って飛んでいき、サキュバスの後ろ数メートルの地面を抉った。
それにはさすがのサキュバスも空中で固まっている。
顔は驚きで変な形になっており、恐る恐る俺を見てくる。
「え……うそでしょ……」
「忘れたのかー? お前の下僕消したの俺だって」
「…………そうだった」
「よーし分かったのなら地面に降りろ」
「誰があんたの命令なんて」
「あぁん?」
俺はこれでもかとエターナルブレードの刀身をサキュバスに向ける。
「わ、分かったわよ!! 降りればいいんでしょ、降りれば」
「正座」
「は?」
「地面に正座しろ」
エターナルブレードでサキュバスにそう指示する。
「いやさすがにそこまでは」
「あー、なんだかもう1回エターナルブレード振りたくなってきたなー。今度は当ててしまいそうだなー……」
俺はそう言ってニヤッと笑う。
サキュバスが身震いした。
「は、はい。分かりました正座ですねハイ」
そのままサキュバスは俺の言う通り草原に正座する。
現れたときの強キャラ感はもうどこにもない。今はただ俺に怒られている不憫なお姉さんだ。
俺とサキュバス意外、いや、サキュバスをも置いてけぼりの状況が続く。
「いいか。人間には多くの性格がある。100人いたら100人分の性格が存在するのは分かるな」
「…………」
「返事!」
「はい!! 分かります!」
敬礼をして答えるサキュバス。
なんだろうか。だんだん楽しくなってきたな。
俺はそのまま怒りが収まるまで続けることにした。
「淫魔だったら全員にあった夢を見させる義務ってもんがあるだろ。上級悪魔ってうたってるぐらいだ。それぐらいしろよ」
「は、はい」
「で、だ。その中には特殊な性癖を持った奴だって存在する。そう言った奴を操るにはどうするつもりなんだ」
「えっと、それにはマニュアルがあってですね。人間は単純だから、男なら女のハーレムを、女なら男のハーレムの夢を見せればいいって言われてまして……」
「けっ。マニュアルねぇ」
どこかの頭の固い会社みたいなものだな。
まぁ、俺に労働経験なんてないけど。
「そんなんだからお前は駄目サキュバスなんだ」
「うう……」
「それぞれにあった淫夢を見せる。それがサキュバスの義務であって、淫魔が淫魔である所以だろう」
完全に泣きかけているサキュバスを見てると心が痛んでくる。
だが俺はやめるつもりはない。
こっちは夢とはいえファーストキスを野郎に奪われたんだ。
この恨みは重いぞ。
「で、でも! 魔物にはうまくいった! あんたたち人間だって苦戦してたじゃない!! だから少なくとも駄目サキュバスじゃ」
「うるさい!」
「ああ……」
「それに俺は苦戦してないしな」
サキュバスの反論をズバッと切り捨てる。
事実なので仕方がない。
「駄目サキュバスは駄目サキュバスだ。それを撤回するつもりはない」
「そんな不名誉な呼び名いやよ!」
「そんなもん知ったことか! お前がミスったのがいけないんだろ!!」
マニュアル通りにしかしないからミスをするんだ。もっと相手を見て見せる夢にも工夫をだな。
それが分からない限りこいつの呼び名は駄目サキュバスで固定だ。
だいたい中身男の俺に男のハーレムを見せること自体がもう致命的なミスでしかない。自分が上級悪魔だと思って油断していたのが運のつきだ。
「なんなのよあんた……」
サキュバスから弱弱しい声がもれる。
「なんで喜ばないのよ……女のくせに」
悪態にも勢いがない。
しおらしい姿を見てるとついつい同情したくなってしまうのが俺の悪いところだ。でもまぁ、まさか中身が男の女がいるなんてパッと見じゃ分からないよな。
そう思うとサキュバスを攻めすぎるのもよくないかもしれない。
ただただこいつに運がなかったというだけな気もするが……。
非情になり切れない俺は仕方なくサキュバスの肩に手を置いた。
「まぁなんだ。夢のことはもういいとしてだ……なんでお前みたいな駄目サキュバスがアイリスタを襲った」
「それは……」
「言って見ろ。仕方ないから聞いてやるよ。どうせもうお前に襲う気力も残ってないだろうからな」
俺に怒られて意気消沈のサキュバスにはもう戦う力は残っていない。
だからといって、悪魔だからとこのまま殺してしまうのもさすがにやり過ぎな気がする。甘い判断かもしれないが、まぁ、ここはこいつのしおらしい態度に面して許してやろう。
微妙な空気のままこいつも帰りづらいだろうし、話ぐらい聞いてやろうと思ったわけだ。
サキュバスはそんな俺の態度に戸惑いながらも、口を開く。
「私はサキュバスの中でもまだ幼いのよ。魔王様にも期待されてない。お姉さまたちからは毎日笑われるし、もう辛かったのよ」
「だから、魔物を魅了で自分の虜にしてアイリスタを襲ったと」
「そうよ。街の1つでも壊せば認めてくれると思ったから。せっかく上手くいってたのに、あんたのせいで台無しよ」
「そうか。それは災難だったな。だが! 俺は謝らないぞ」
「なんでよ!? 少しぐらいは同情してくれても」
「だって、お前が淫夢をかけるのを失敗するような駄目サキュバスじゃなければ、今頃アイリスタの街は消滅していた。望み通り、魔王様から一目置かれる存在になれたんだ」
チート持ちの転生者を操れれば、街の1つや2つ簡単に壊せる。
実際、魅了を使うまでは上手くいっていた。
この感じを見るに、あの最初の強キャラ感も演技だったろうが、それでもアーシャさんやミルフィさんを圧倒している姿は、確かに皆から恐れられる悪魔そのものだった。なのに、残念なことだ。
サキュバスはすでに泣いてしまっている。
俺はそんなサキュバスに対して、怒りも治まり嘆息する。
「はぁ~……仕方ないな」
俺はサキュバスに手を差し伸べる。
それに驚いたように見上げてくるサキュバス。
なにがムカつくって、サキュバスだから見た目すっげーかわいいってところだよな。妖艶なお姉さんの印象は大して変わらないのだが、泣き顔を見ていると幼いと言っているのもなんとなく分かるような顔立ちになっている。
「駄目サキュバス。お前にチャンスを与えてやる」
「え……?」
「今回は説教だけで逃がしてやるって言ってるんだよ。別にこっち側に被害も出てないしな……そうですよね。アーシャさん」
俺はそのまま後ろにいるアーシャさんに問いかける。
「あ、ああそうだ! 誰も死んでいないぞ」
俺の問いに、まさか自分にふられるだろうとは思ってもなかったアーシャさんがあわてて答えてくれる。
「だそうだ。だから、逃げてくれて構わない」
「うそ、でしょ」
「嘘じゃない」
「や、やった」
「ただし!」
喜び溢れそうになっているサキュバスに対して俺は人差し指を伸ばして、約束を持ちかけた。
サキュバスの顔が歪む。
「ただし、なに?」
「サキュバスとしてもっと勉強しろ。淫魔は淫魔らしく、どんな変な奴が現れたとしても、魅了を使って操れるまでに成長しろ。いいな」
「ふ、ふん! いいじゃない! やってやるわよ!」
「よし! そのいきだ! 自分が成長したと思ったら俺のもとに来い。俺にいい夢を見させてくれ」
「分かったわよ。約束してあげる。もし魅了に成功したら大人しく下僕になってもらうから待ってなさい!」
意気込む駄目サキュバスを見て、俺も内心でニヤニヤの笑いを浮かべる。
……計画大成功だ。
最初こそ怒りの任せて怒っていたが、途中からわざと話の方向性を変えた。
特にアイリスタを襲った理由を聞いたあたりぐらいから。
本当ならそんな理由なんてどうでもよかったのだが、駄目サキュバスだったらもしかしてと思って聞いてみた。そしたら予想通りじゃないか。
このサキュバスは周りをあっと言わせるために、衝動的にアイリスタを襲撃に来ていた。計画なんて立ててない。
正真正銘の駄目サキュバスだった。
俺に怒られただけでしおらしい態度になったのを見るに、簡単に話しの誘導は可能だと判断した。そしこの駄目サキュバスは俺に誘導されていることも知らずにまんまと俺にもう一度淫夢を見せるという約束をした。
これで、また淫夢が見られる! チャンスはまだあるぞ!
俺はガッツポーズが出そうになるのをグッと押さえて、駄目サキュバスに正座を解かせた。
ぷかぷかと浮いて行く駄目サキュバス。だが、不意にこちらに振り返った。
「ああそうそう。最後に見逃してくれるお礼と、あといつでもリュウカの居場所が分かるために私にしか分からない印をつけさせてもらうから」
「おお。頼む」
そして駄目サキュバスが空中から俺に近づいてくると、そのまま、
『チュ♡』
俺の唇にキスをしてくる。
「これでいつでもリュウカの場所が分かるわ。ではまた会いましょうリュウカ。バイバイ」
惚けている俺を置いて、駄目サキュバスは手を振りながら魔界の方へと帰っていった。
俺は無意識に手を振り返し、キスされた唇にそっと片手で触れた。
「……まぁ、ファーストキスにしては悪くないかな。そこだけは許してやろう」
気持ちよかった。さすがはサキュバス。最後に気の利いた置き土産をしてくれる。
柔らかい唇をしているじゃないか。まったく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます