第53話 淫夢

 ぐったりとしたリュウカを私とミルフィは黙って見ているしかない。

 空中に行かれてしまってはどう足掻いても私の槍は届かないし、ミルフィの魔法ではリュウカを楯にされてお終いだ。

 私たちはどうすることも出来ない。

 姉御と姫なんて呼ばれているのに情けないことだ。

 サキュバスにリュウカの存在がばれたのはすべて私のせい。私が不用意に、サキュバスの質問に視線を動かしてしまったのが運の尽きだった。上級悪魔であるサキュバスがその動きを見逃すはずもなく、あっけなくリュウカはサキュバスに捕まってしまった。

 サキュバスの目が光っている。

 あれは魅了だ。今、サキュバスはリュウカを魅了しようとしている。アイリスタに向かってきた魔物の群れのように、リュウカもまたサキュバスは自分の下僕にしようとしているのだ。

 きっと今、リュウカは夢を見ていることだろう。

 本人が望むと望まぬと関係なく、サキュバスは意図的に目を見るだけで相手に夢を見させることが出来る。

 性は生物すべてに共通した欲求。

 誰もが持つ三大欲求の1つでもある。その性欲を自在に操れるサキュバスは洗脳や催眠においてこの世界で最強と言われており、それが上級悪魔と呼ばれる所以でもあるのだ。

 サキュバスに会ったら目を合わさずにすぐに逃げること。これがギルドメンバーの中でも常識となっていた。

 しかし、今回の騒動の一端をサキュバスが握っているとなれば話は別だ。

 私たちにとってサキュバスは逃げる敵ではなく、倒さなければならない敵となった。

 自然と槍を握る手に力が入る。

 それはこの状況を作り出してしまった後悔でもあり、責任感でもあった。

 次にリュウカが目を覚ましたとき、そのときリュウカは私たちの敵となっている。

 地面に落ちたエターナルブレードを使って、サキュバスの下僕として襲ってくるだろう。そうなったらどうすることも出来ない。

 あのリュウカの力は常軌を逸している。

 勝てるわけがない。あんなものまともに受けたら街の1つも簡単に吹き飛ばしてしまう。

 すべては私の責任。あのとき視線を動かした私の責任だ。

 もしもの場合は。

 そう思い私は隣に立つミルフィに耳打ちする。


「ミルフィ、お前は皆を連れて」

「嫌よ」


 だが、私の言葉をミルフィは強く遮った。

 その目線の先にはリュウカがいる。


「アーシャちゃんはどうせ先に戻れとでも言うんでしょ。けど、それは無理」

「どうして。お前だって見ただろ。リュウカのあの力を。魔物の群れを一掃させるなんて芸当私たちには出来ない。みんな死ぬぞ」

「それでも、私はアーシャちゃんも、リュウカちゃんも放って逃げるなんて出来ない」


 ミルフィは私の方に顔を向けてくる。


「リュウカちゃんにあんな力があったなんて驚いたわよ。だけど、どっちにしてもサキュバスを倒さない限りアイリスタは滅んでしまうわ。多くの犠牲が出てしまう」

「そうは言っても、サキュバスが魅了を成功させるまでには時間がかかる。それまでに街のみんなを非難させることぐらいミルフィならできるだろ」


 ミルフィほどの実力と人気があれば、少しの時間で街のすべての人を遠くに避難させることぐらい可能だ。

 だが、ミルフィは動こうとはしなかった。


「アーシャちゃん。私とアーシャちゃんは2人で1つ。パートナーなのよ。姉御と姫。姉御も姫もどちらも欠けてはいけない。相棒なんだから当然でしょ」

「ミルフィ……」

「それに、誰も逃げようなんてしてないわよ」


 ミルフィはそう言って辺りに広がっている他のギルドメンバーを見た。

 皆、武器を手に捕らえられているリュウカから視線を外していない。


「……バカだな。私もお前も、こいつらも」

「仕方ないわよ。これがギルドメンバーなんだから」


 私も槍を握る手に力を込める。

 今度は後悔などではない。ギルドメンバーとして街もリュウカもサキュバスの手から救おうという、確かな決意からくるものだ。

 この場にいる誰もが諦めていない。

 まったく情けないものだ。姉御なんて男勝りな呼び名で呼ばれているくせに、この状況で私が1番に諦めてどうする。

 自分が恥ずかしくなってくるな。


「アーシャちゃん。私たちでリュウカちゃんを救いましょ」

「ああ、そうだな。ミルフィ。昨日から今日の朝、そして今。私たちはもしかしたらリュウカを助ける運命にあるのかもしれないな」

「ふふっそうね。そうなるとリュウカちゃんは、魔物に好かれる運命なのかもしれないわね」


 私とミルフィ。お互い軽い冗談をはさみ頷き合うと、リュウカが目を覚ますそのときを静かに待った。


        **********


 ふわふわする。

 全身が柔らかいなにかに覆われているみたいに気持ちがいい。

 ここはどこだ。俺は確か、サキュバスに。

 いけない。脳がふわふわして思考が定まらない。なんだこれ。酔っているのだろうか。目が開いていないというのに、向こうの景色が見える。

 ピンク色の空間が広がる。

 雲のようなものが俺の視界の周りについており、ファンシーなシーンを演出しているようだ。

 天界か……?

 最初そう思った。

 しかし、それにしては体の自由はきかないし、なによりもあの腹立つキツネ耳イケメン神様が存在しない。

 どうにもおかしい。

 ここはいったいどこなんだ。

 サキュバスが最後に言ったセリフを思い出す。


『いい夢見させてあげる』


 あの言ったことが本物ならば、きっとここはサキュバスが俺に見せている夢の世界となる。

 なるほどなるほど。サキュバスが見せる夢ね。サキュバスが見せる夢……。

 サキュバスが見せる夢!?

 ちょっと待ってくださいよ!? サキュバスが見せる夢って、それってつまりはその……すっげー卑猥な夢ですよね! そうですよね!!!

 あんなことやこんなこと。俺が夢にまで見た、そんな体験が出来るということですよね!! なんて言ったって相手は淫魔なんだから。

 やっべー! 興奮してきたぞ!

 こうなってくると不思議と周りの様子もよく見える。

 エロの力は偉大だ。

 ここはどこかの空間で、俺は今大きなベットに横たわっている。自分の体は見えないが、淫魔が見せる夢でベットなんだからつまりアレですよね! 説明しなくても分かる、アレをする前の状態ってことですよね。


「リュウカ……」


 どこからともなく声が聞こえて来る。

 気づけば俺を取り囲むように多くの人がベットの隅に立っていた。

 まだ靄がかかりよく分からないが、服の類を着ているようには思えない。

 ついに、ついに来たか! このときが! 待ちに待ったこのときが!!

 いやぁ、ここまでなんだかんだ言って見て来れなかったからなぁ。変な光とか濃すぎる湯気とかで、せっかくそれなりにいいイベントをこなしてきたというのに、消化不良だったんだよなぁ。自分の体で興奮することもできなくなったし、そろそろいいよね。

 ここは夢の中だ。変な光の心配もない。

 だいたい、存在自体18禁のようなサキュバスが見せている夢ですよ。そこに年齢制限があるなんて意味が分からないじゃないですか。

 そうそう、心配ない。今度こそ今度こそ、正真正銘の裸体が見れるということだ。

 誰かの手が俺の体に触れてくる。

 徐々に晴れていく靄に俺の期待も高まる。

 さぁ、運命の時間だ。

 靄が晴れ、人影がその正体を現す。


「――――がっ」


 あまりのことに俺の口から変な声がもれた。

 靄が晴れたそこには俺の予想通り裸の人間がいた。

 変な光もない。湯気もない。期待通りの裸体を晒した多くの人が。

 寝ころぶ俺の体を取り囲むように見つめている。

 舐め回すように、エロい視線を向けてくる。

 そして俺の頭を持ち上げるようにして、1人の奴が俺に近づいてくる。

 俺の顔の近くでそいつが囁く。


「かわいいよ。俺たちのリュウカ」


 そのまま俺と接吻をかわす。


≪ぷっつん――――!!!≫


 俺の中でなにかが切れるのを確かに感じた。

 その瞬間、俺の意識が夢から現実世界へとものすごい勢いで引き戻されていった。

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