第79話 かわいいは正義

 私の目の前でリュウカさんが1人でキングウォーターに挑んでいった。

 死なないという言葉を残していった意味が私には理解できない。

 でも、なんでか不思議と、リュウカさんは本当に死なないような気がする。

 

「とりゃあぁあああ!!」


 高い声が草原に響き渡る。

 ウォーターの特性、斬撃が効かないと分かっているからか、リュウカさんは持っているエターナルブレードは振らず、蹴ったりして対抗している。

 エターナルブレードを使うのは攻撃を切るときだけ。

 しかし、元々体が水で構成されているウォーターには打撃も通らない。

 いくら死なないとは言っても魔法を使わないリュウカさんに勝ち目なんてなかった。

 でも、それでもあきらめず突撃しているリュウカさんから目を離せない。

 逃げてって言われているのに、その場に立ちつくしてしまった。


「これが姉御と姫と肩を並べる人の実力……」


 目の前で繰り広げられる激闘に、私はそんなことを呟いていた。

 リュウカさんを初めて見たのはリーズさんの夕食を食べていたとき。そのときに、このリュウカさんが宿屋を訪れた。

 なんてきれいな人なんだろうと驚いた。きっとどこかのお嬢様なんだろうなって。

 そのあと、リーズさんとなにかしらやり取りしたのち、泊まることにしたのか、部屋に案内されていた。

 私は2人がなかなか部屋から出てこなかったので、いつもの様にリーズさんに夕食のお礼をする代わりに、部屋のドアの下からお礼を書いた紙を入れてそのまま寝た。

 次に会ったのは宿屋の前。

 驚いたことにアイリスタで有名な姉御と姫と一緒だった。

 つい、ぼーっと見てしまってぶつかってしまいフードか取れかけそうになってしまったが、そのときに思ったのだ。

 この人はギルドメンバーなんじゃないかと。

 あんなに仲良くなれるぐらいだから、きっと実力もあるんだろうなと。

 実際、アイリスタ襲撃事件が終わり、宴が開かれると聞いたとき、まだリュウカさんは宿屋に帰ってきてはいなかった。

 帰ってきたのは真夜中。

 ベロベロに酔っていたからきっと宴に参加したのだろうということは容易に想像がついた。

 これは私の推測でしかないが、魔物が一掃されたというのはリュウカさんが原因なんじゃないかと思っている。

 リュウカさんのエターナルブレードの使い方は一掃という言葉がしっくり来るような使い方だし、実際助けられたときも、私を取り囲んでいた魔物を一掃している。

 リュウカさんは強い。ただ姉御と姫と仲がいいだけじゃなく、肩を並べるほどの実力者だ。

 キングウォーターと戦う姿もその私の憶測を加速させる。


「それに比べて……」


 魔法、魔物の知識はあれど、ちょっとの魔法しか使えない私のなんと情けないことか。ここでこうして立っていることしか出来ないだなんて。

 キングウォーターが出現したのは明らかに私のせい。

 いつものトラブルと同じような光景だ。あり得ないことがいくらでも起こる。

 結局私はまた逃げることしか出来ない。リュウカさんを巻き込んで、ステラさんまで巻き込んで。

 情けない。情けない。

 悔しい。

 いったいなんのために家を飛び出してここまで来たのか。

 やっぱり、私は大人しくしてたほうがよかった。誰ともかかわらずにいた方が幸せだった。誰もが幸せ。

 私は生きていてはいけない存在。

 いらない子なんだ。

 フードの中の耳が動く。

 激しく頷くようにピコピコピコピコ。

 分かってるよ。あなたのせいじゃない。こんな運命に生まれてきてしまった私のせい。

 自分の運命を忘れて、リュウカさんなら大丈夫だと思った私が巻き起こしたこの状況。責任はしっかりとるつもり。

 逃げるなんてしないよ。だいたい、逃げたところで私には助けは呼べないと思うから。

 私は杖を構えると、キングウォーターに狙いを定めて水魔法を放った。

 気を引くように、意味のない初級水魔法を。


        **********


 キングウォーターの体に新たな水が外部から加わった。

 俺はそれに驚いて水が飛んできた方向を見ると、そこには杖を構えたシャルロットが立っていた。

 逃げることもせずに、その場に留まっている。

 同じ水を受けたからか、キングウォーターの意識が俺じゃなくシャルロットに向かう。

 なにか策があるのかと思ったが、シャルロットの顔を見る限りそんな気がしない。

 まるでなにもかも諦めているような顔でその場から動こうともしていない。

 嫌な予感がした。

 俺は直感を信じ地面を蹴ると、シャルロットに向かって飛び出した。

 同じタイミングで、キングウォーターも水鉄砲をシャルロットに放つ。

 速い。でもまっすぐだからよけられる。

 しかし、シャルロットは飛んでくる水鉄砲をよけようとはしなかった。

 ただただ黙って見ている。

 その目は涙で潤んでいるかのように、月明かりを反射させていた。


「くっそたれー!!!」


 俺は大声をあげてシャルロットに向かう足を速めた。

 手を伸ばす。と同時に水鉄砲が地面を抉る。

 土煙の上がる中、俺の手の中には確かな感触があった。


「はぁはぁはぁ……!」

「な、なんで」


 握った手の先、フードが取れたシャルロットが俺を驚き見上げている。


「なんでもなにも、シャルロット死のうとしてたでしょ」

「それは……」

「なんでそんなこと」

「私が死ねばたぶんキングウォーターは消える。じゃなくても、満足してリュウカさんだけは助かるかと思って」


 確かにそうかもしれない。

 シャルロットの言う通りキングウォーターは仲間のかたき討ちに駆られている。

 1人を仕留めたらそれで満足するかもしれない。

 だけど、それは俺の意義に反する。


「シャルロット」

「はい……」

「そんなの私は望まない」

「リュウカさん……」


 首を振ってシャルロットの言葉を否定した俺に、シャルロットはなにも言えなくなる。

 その代わりと言っては何だが俺は美少女の顔を微笑みに変えて、固まっているシャルロットに呼びかける。


「シャルロット。私になにか隠してるでしょ」

「それは……」

「いい。言わなくても。無理に聞こうとはしない。それになんとなく分かるし」

「へ……?」

「その耳を隠す理由と関係あるんでしょ。お姉ちゃんとも。こういうのはファンタジーだとお約束だから」


 シャルロットはきっと理解できない。

 ファンタジーとかそこら辺がまったくと言っていいほど分からないだろう。 

 でも今はそれでいい。

 だいたい、俺がシャルロットを守る理由なんて1つしかないんだし。

 

「どんなものを背負ってるのか知らないし、無理に聞こうともしない。でもね、こんなかわいいケモミミ白髪美少女、目の前で死なせるわけにはいないのよ」

「美少女って。それだけで」

「いけない? かわいいは正義。かわいい子は助ける。たとえそれが、自分になにかを隠している子だったとしても」


 俺は高らかと宣言した。

 秘密? お姉ちゃん? 私のせい?

 そんなもん、かわいいの前にはどーでもいいものだ。

 かわいい子は助ける。そこにかわいい以外の理由は必要ない。


「それよりもさ、どうにかなんないかなあの体。どんだけ攻撃しても意味ないんだけど……」


 俺は声を軽くしてシャルロットに向き合った。

 シャルロットは責めるでもなく、ただ単に相談してきた俺の態度に驚いたものの、すぐに切り替えると、しっかりとフードを被ってから立ち上がり杖を構えた。


「一応あります」

「ほんと!? 聞かせて」

「ウォーターのときと同じですよ。キングウォーターの特性を利用するんです」

「どうやって? 斬撃も打撃も無理だけど……」

「はい。ですので、私の魔法を使います」


 シャルロットは俺に杖を見せてくる。


「でもさっき勝てないって言ってたよね?」

「はい。私の魔法ではキングウォーターに勝ち目はありません」

「じゃあダメじゃん」

「いえ、キングウォーターに勝ち目がないだけであり、ウォーターには効きます」

「というと?」

「キングウォーターは言った通りウォーターの集合体。中心の核ともいえるもので互いの体をくっつけ、1つの生命体となっています」

「ふむふむ。なるほど。つまりはその核を潰してしまえば、キングウォーターはただのウォーターに早変わりと」

「その通りです。しかし、核は常に周りを水で守り、普通であれば見つけることが出来ません。さらには自由自在に動き回るので、正確な位置もさっぱり。周りの水を全て飛ばしてしまうほどの魔法を使わないかぎりは不可能に近いものです」

「だから、言わなかったのね。そのことを」

「はい。ちょっとの期待は逆に隙を生む。ギルドメンバーのお姉ちゃんが教えてくれましたから」


 ここにきて初めてシャルロットのお姉ちゃんがギルドメンバーだと知れた。

 だが今は残念ながらそれを喜んでいる場合ではない。

 水を飛ばすほどの魔法。言ってしまえば竜巻みたいなものだ。高速で回るものに巻き込まれればいくら水といえ散りじりになってしまう。

 水さえどうにかなればあとは簡単。むき出しになった核を叩くだけ。

 それだけで、手ごわい魔物は害のない小動物へと変身をとげるというわけだ。

 うん。できるな。

 俺は頷くと、エターナルブレードを両手に持ち、キングウォーターに視線を向けた。


「よーし! じゃあその不可能を私が可能にしようじゃないの!」

「はい???」

「これでも私、剣で竜巻起こせるのよね」


 言いながら俺は剣をゆっくりと振り、駒のように回転する。

 風が起こる中、後ろに控えるシャルロットに言った。


「シャルロットは魔法だけに集中してて。とどめは任せたよ」


 ぐるぐる回りながら俺はキングウォーターに近づいていく。

 ありがとうキングウォーター。黙って待っててくれて。話し込んでいる俺たちを攻撃すれば倒すのも簡単なのに。

 お前マナーあるよ。さすが。でも、それが負ける理由になっちゃうけど。

 ごめんね!

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