第159話 契約
だからって出てきて早々あの攻撃を止めたのはさすがにやりすぎたかなって思う。初めて持った武器で、いくら女神が具現化してできたものだとしても、私の手がしびれて柄を握るので精一杯だった。
あんな攻撃受け続けるなんて無理。正直、私が来たところでなんになるって思ったところはある。
でも、それでも、拓馬の、リュウカの顔を見た途端、何もかもどうでもよくなって、ただただ自分の気持ちを感情の赴くままに喋っていた。
まったく同じ日に2回もあんなにも声を上げるなんて初めてだ。それぐらい私の中で拓馬に対する想いが深く濃いものになっていたのが分かる。
ずっとずっと探し続けて、やっと見つけて、死んでないって安堵して、姿形が変わってもやっぱり拓馬は拓馬なんだって思って。
私を振ったのも私のためを想ってだった。拓馬は私の告白に嬉しいと言っていた。全部全部聞いていた。だから、だからこそ、戻ってきてよかったと思う。
あのまま拓馬を放っておいて帰らなくてよかったと心から思う。
日本よりも明らかに危険で、死ぬかもしれない脅威が目の前にあるけど、それでもこの、バカでかっこつけでどうしようもないぐらいお人よしの私の幼馴染がいる。
それだけで私がここに戻ってきた意義がある。
今は死の恐怖も感じない。無理かもと思った攻撃はすべて拓馬が、リュウカが引き受けてくれる。
私は目を瞑りながら手に持った刀、エンシェンに語り掛けた。
『見えてるエンシェン。あれが私の守りたい人。大好きな人』
『はい。見えていますよ』
エンシェンの優しい声が私の中へと浸透してくる。
『バカでどうしようもない奴だけど、本当に優しいんだ。今はすっごくかわいい女の子になってるけど、心は拓馬のまま変わってない』
『ええ。感じます。私にも彼の本当の心が。守るという強い意思が戻ってきています。どうやら雫の言葉が効いたみたいですね』
『ふふ。そうかも。でも、私だけじゃないよ』
私は目を開けると自分の斜め後ろを見つめた。
そこには、拓馬がリュウカとして片腕を落としてでも守りたいと思った人がいる。転生者の恩恵を使ってでも守りたいと思った人が。
拓馬がこれだけ無茶なことをしたのはこの子のためだ。シャルロットさんのために拓馬は1人で強大な敵に立ち向かっている。
嫉妬はしない。あぁ、拓馬らしいなって思うだけ。私のことを守ってくれてたみたいに自分を犠牲にして、大切な人を守っている。
拓馬はこれをバカなことだと言った。自己陶酔だと言っていた。自分を責めて、自分のせいにして。
でもそれを私が否定した。私とシャルロットさんが否定した。
弱くてもいい。借り物でもいい。拓馬が私たち2人を守ってくれているのはよく分かってるから。だから今度は私たちの番だと言った。
拓馬を蘇らせたとしたら私だけじゃない。シャルロットさんもそのうちの1人だ。
『分かっていますよ』
エンシェンが私の想いに反応する。
私はそれに少しだけ頬を緩め、後ろに向けていた目を前に戻す。
目の前では異次元な戦いが繰り広げられている。極限にまで速まった戦闘はもう私の目で追うことはできない。
『拓馬はねずっとずっと私を守ってくれてた。人知れず傷ついてきた。昔も、そして今も。でももうそれだけじゃない。今度は私もちゃんと隣に立つ。だから』
『いいでしょう』
刀が光る。今までに見たこともない光に見惚れてしまいそうになる。
『雫、あなたの本当の想いを聞かせてください』
エンシェンが私の心に語り掛けてくる。私はそれをゆっくりと自分の中で噛みしめながら、静かに呟いた。
「私は……私は拓馬を、リュウカを守りたい。もうあいつを1人で傷つかせてなんてやんない。これからは一緒になって傷つく。一緒の景色を見る。そのために私は私の意思でここに来た」
『それだけですか?』
「ううん違う。それだけじゃないよ。それと同じぐらいシャルロットさんも守りたい。私はまだこの子を知らない。でも、関係ない。私に気づかせてくれたのは彼女だから。隣に並びたいと教えてくれた彼女を、拓馬が、リュウカが、私の大好きな人が本気で守ろうとした彼女を私は守りたい。私はこの2人を守りたいの」
そうして刀の柄を自分の方へと近づける。
「だから、何の力もない私に力を貸してエンシェン。あなたの力で2人を守らせて」
エンシェンは静かに私の想いを聞いていた。
神通力をも跳ね返した強い想い。大切な人と一緒にいたい。離れたくない。守りたいという想いが私の心に染み渡る。
『……あなたの純粋な想い。しっかりと聞きました。治癒の女神として契約するのにこれまで適した想いはないでしょう。あなたになら私の本当の力を授けることが出来る』
「ありがとエンシェン」
『礼などいりません。さぁ雫。私の柄に口づけを。それが契約の証となります』
言われるまま、私は刀の柄を自分の唇へと近づけた。
口づけをかわす瞬間エンシェンの声が聞こえる。
『ただし1つだけ訂正を。私の力で守るのではありません。私とあなたの力で2人を守るのです。雫』
「……うん」
唇に柄の感触が来る。
途端、私の中に温かい光が入ってくる。奥の奥まで光が入り、私の心も体も優しく包み込む。
力が沸き起こってくる。
背中が軽い。今なら何でもできそうだ。
「きれい……」
後ろのシャルロットさんが感嘆とした声を上げた。
「ありがと」
私はそれに穏やかな声で答えると、右手に刀を握り一歩踏み出す。
「力の使い方はもう分かりますね」
「うん。なんとなくだけど」
ふわりとした体で空中に体を預けると、そのまま戦っている拓馬の、リュウカ背中を軽く踏んだ。
「え……」
「もういいよ。ありがとうね」
リュウカの驚いた顔が目に入ってくる。
私はそれがなんだか面白くなって笑ってしまった。
**********
女神だ。
まず初めにそう思った。
本当の女神だと。
恩恵の力をフル活用して戦っていた俺は、急に感じた背中への重みで体勢を崩して下へと落ちていく。
そんな中で俺とは逆に上へ上へと上がって行く人物がそこにはいた。
俺の顔を見てなにが面白かったのか笑っている。
そしてそのまま俺とは対照的に空中に躍り出ると、族長と俺との間で止まった。
緑に光る背中の翼をはためかせて―――雫は空中に飛んでいたのだ。
「あらまぁ。今度は何かしら」
族長が急に現れた雫に余裕の声を上げる。
しかし、すぐになにかに気づいたように慌てて雫に拳を突き上げた。
「無駄です」
誰かの声が聞こえた。
落ち着いた女性の声が響いたと思ったら、翼が雫を守るように閉じられ、族長の拳を完全に防いでいた。
その神秘的な光景に俺とシャルロットは言葉を失う。
なにがどうなっているのか。あれは本当に雫なのか。それさえも分からなくなりかけるなか、雫の変わらない声がこの部屋に響いた。
「女神エンシェンよ。ここにあなたの力を解放します」
バサッと緑に光る翼が広げられると、雫は自分の持っている刀を地面に投げつけた。
族長が防ごうと自分の手で落下地点を塞ぐ。
しかし、刀は構うことなく族長の手もろとも地面に突き刺さった。
「あぁああああ!!! 嫌!! なにこれ!!!!」
初めて聞く族長の本当の叫び。見れば刀もまた緑に発光してその存在を強調していた。緑に光る刀がもがく族長を縫い止めている。
刀を投げた雫はゆっくりと降下してくる。
そして地面に刺さった刀の柄の部分にふわりと乗ると研ぎ澄まされた声を発した。
「邪悪なものを退け、全ての傷を、魂を癒す空間をここに」
「やめっ!! それだけは……!」
「エンシェント・フィールド!!!!」
雫の声に共鳴するかのように翼が大きく大きく揺れる。
薄暗い神殿の部屋がどんどんと雫の翼の色と同じ緑色の領域に包まれていく。
そしてこの部屋全てを覆うほどの規模になったとき、俺の頬を優しい温かい風が通り抜けた。
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