第157話 雫の望み
「どこに行こうというんだ」
私の背中にキツネ耳の白髪神様が問いかけてくる。
場所は天界。玉座のような椅子に座る通称お稲荷さんと言われる神様と私の間にはモニターのようなもので映像が流れていた。
そこには片腕をなくし血を流しながらも敵の攻撃を見えないなにかで防いでいるリュウカの姿があった。
そのリュウカが仲間のシャルロットさんに言った懺悔にも似た言葉が、現在天界には響き渡っていた。
私はそれを聞きながら背中を向けたまま神様の言葉に答える。
少しだけ声音が低いのは自覚していた。
「どこって戻るのよ。あの場所に」
「戻ってなんになる」
「あのバカの勘違いを正しに行く」
私はそのまま神様の言葉を流して歩いていこうとした。
目の前には光り輝く扉が存在する。直感でそれがあちらの世界に続いているのが分かった。
一歩一歩踏み出す私の体が不意に止まる。
無理やりに体の向きを変えさせられて神様と向き合う形になった。神様は玉座に座りながらこちらに手を掲げていた。
「それは許されない」
「どうして」
「どうしてもなにもお前の時間は終わった。元の世界に帰る必要があるんだよ」
体が動かない。なにかで縛り付けられている感覚がある。
神様の言葉はドスが効いていた。離してくれる感じではない。
私はそれでも抵抗を続ける。
「帰らない。あの状態の拓馬を放って帰るなんて出来ない」
「心配はいらないよ。前にも言ったが転生者は死なない。現に今、オレの授けた恩恵の力によって守られている」
確かに、独白をしている拓馬の体は無防備なのに、敵の攻撃はまったくといっていいほど拓馬の体に届いていない。
しかし、それでも腕が無くなっている。
あの悲鳴を聞いている私にはどうしても安心はできなかった。
「なにを不安がっている。腕がちぎれたのも説明したはずだぞ。死なない恩恵は致命傷を防ぐというもの。腕の1本や2本なくなったところで致命傷にはならん。じきに血も止まる」
「それでも……!」
それでも私はいかなくちゃいけなかった。
拓馬は立ってしまう。誰かのために無理をして。気を使わせないためにすべて自分のせいにして、立ち上がって、守って、そして笑うんだ。何事もなかったかのように笑うんだ。
きっと今回もそう。どんな方法を使ってでもシャルロットさんを守ってしまう。
そしてそれが辛くもなんともないというように笑う。
本当は辛い癖に。痛い癖に。かっこつけて心配かけないようにして全てを背負うんだ。
今のあいつを正せるのは私しかいない。シャルロットさんじゃ言葉が弱すぎる。まだ出会って間もないあの2人では無理だ。なによりも拓馬がシャルロットさんの言葉に耳をかさない。
でも、私なら。何年も一緒にて、あいつの性格を分かっている私なら、言うことが出来る。違うと言ってあげることが出来る。
だからそのために行かないといけないんだ。
抵抗する私に神様は顔を歪めると、私に使っている力を強めた。
「いいか。よく聞け桐沢雫。お前は振られたんだ。たとえどれだけ純粋な想いを持っていても、お前は栗生拓馬に振られた事実は変わらない。行ったところで何も変わらないんだぞ」
「そんなの分かってるわよ! でも、放っておくなんて出来ない! このまま戻っても後悔だけが残る! 嫌なのよ! またあんな悲しい思いをするのは」
せっかくたどり着いたのに。せっかく見つけたのにこのまま戻ることなんて、見過ごすことなんて出来ない。
しかし、神様は私の叫びに冷や水をかけるように冷静な声で言う。
「戻ってもお前が悲しむことはない」
「……え?」
「簡単な話だ。今度は直接お前の脳から栗生拓馬の記憶をだけを取り除く」
「うそ、でしょ」
「嘘じゃない。オレは神だ。それぐらいのことはできる」
ゆっくり、ゆっくりと神様は私に近づいてくる。
徐々に手が私の頭へと伸ばされる。
私は暴れた。
嫌だ。嫌。拓馬の記憶がなくなるなんて、そんなの絶対に嫌だ。
手足をばたつかせなんとか逃れようともがく。
しかし必死の抵抗も虚しく神様の手が私の頭に触れた。
拒否反応を示すように体温が下がる。
「いいか。これは栗生拓馬が望んだことだ。自分以外が悲しまないようにあいつが最後に望んだこと。オレはただその望みを叶えようとしているだけに過ぎない」
抵抗がなくなったからか私の体を拘束していた力が緩まると、今度は神様の声が優しいものに変わる。
「お前はまだ高校生だ。若い。だから今の恋愛が全てのように感じる。だがな。この先、高校を卒業し、大学に行き、就職する。いろんな人と出会う機会があるんだ。その中できっと栗生拓馬以上に愛おしいと思う人が必ず出てくる」
「…………」
「これまで多くの恋愛祈願を聞いてきたオレが言うんだ。保障する。栗生拓馬を忘れてもお前には幸せな人生が待っている」
徐々に徐々に神様の手が私の深いところに入ってくるのが分かる。
神様は私を落ち着かせるためかさらに言葉を続けた。
「地球にはお前を待つ家族がいる。友人がいる。そいつらと共にお前はお前の人生を生きるだ。栗生拓馬を忘れ、新しい栗生拓馬のいない世界を生きるんだ」
「拓馬のいない世界……」
「そうだ。そしてそれ自体が栗生拓馬本人の望みでもある。シリアスが嫌いと言ったあいつの望みでもある。それは幼馴染のお前がよく知っていることだろ」
知ってる。分かる。拓馬の性格ならきっと私が戻ってくることを望んでいない。
私が新しい世界で、拓馬のいない世界で生きると言ったら、きっと拓馬は笑って送り出してくれる。俺のことなんて気にするなって、笑って手を振ってくれる。
本当は悲しい癖に。泣きたいくせに。笑みを見せこっちに気を使わせないために、全部1人で背負い込む。
神様の手が私の記憶をつかんだ。拓馬の、栗生拓馬の思い出が消えて、無くなっていく。
記憶はすり替えられ元から栗生拓馬なんていない錯覚にとらわれる。
このままいけばすべて忘れてしまう。全てなかったことになってしまう。栗生拓馬はいない。私はただの幼馴染のいない桐沢雫へとなっていく。
この体験もきっと夢だったことになる。告白もしてない、別の世界なんていない、神様なんているわけがないと思ってしまう。
あいつに守られた記憶も、楽しかった思い出もなくなり、違うものへとすり替わる。
これが拓馬の望み。私の大好きな人の望み。
でも。
私は咄嗟に神様の手を掴んだ。
そして一気に自分から引き離す。
「なにをする」
「……忘れることなんて出来ない。忘れることなんて出来るわけがない!! 私は拓馬が好き! 心から愛してる!! 拓馬のいない世界なんて私が望まない!!!!」
拓馬の望みだろうとなんだろうと、知ったことじゃない。
そんなの関係ない。私は私の人生を生きる。
そしてなによりそこには。
「拓馬がいなくちゃ意味ないのよ!!!」
私の声が天界に轟く。
なににも阻まれない私の心からの言葉。
神様が消そうとした記憶が力を宿して自分の中に戻ってくる。
忘れるなんてしない。してやらない。私、桐沢雫は栗生拓馬が好き。
その想いだけでここまで来た。拓馬だろうと神様だろうと、私の記憶を好きにはさせないんだから。
記憶を消すかどうかは私が決める。
「―――待っていましたよ。その言葉を」
誰かの声がする。
私のものでも神様のものでもない。
落ち着いた女性の声が天界に響き渡る。
声の主は神様の後ろにいた。
一本の刀が緑に光り宙に浮いている。
「はぁ……」
神様の口からため息がこぼれた。私から離れると何事もなかったかのように玉座に座り頬杖をつく。
体をしばりつけていた力はなくなっていた。
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