第176話 マキさんとルクスの出会い

「私たちとルクスが出会ったのは、あの子やエンシェンと別れてルバゴに戻ってからしばらく経ったころだったわ」


 マキさんが昔を思い出すように憂いの表情を浮かべて、火竜の幼生ルクスとの出会いについて語ってくれた。


「ルバゴ近くの洞窟で魔物が暴れているから倒して欲しいって依頼を見つけて、ウィルと2人でその洞窟に潜り込んだの。依頼に出されているぐらいだから何があるかわからない。私とウィル十分注意して進んだわ。でも、奥に奥に行っても魔物なんてほとんどいなくて、むしろ不気味なぐらいに洞窟内は静かだったの」

「静か……」

「魔物がいないなんてこと……場所が間違っていたんですか?」


 俺は率直な感想を述べた。

 マキさんは首を振る。


「ううん。それはないわ。何度も確認したから覚えてるけど、確かに依頼書に記載された場所はそこだった」

「じゃあ、もう誰かが先に倒していたって可能性が高いですね」


 シャルロットの冷静な分析にマキさんも頷く。


「私たちもそう思ってひとまず確認のために洞窟の中を歩いていったの。洞窟は思いの外長くて、どんどん街から離れていくのを感じた。でも、途中で依頼を投げ出すわけにはいかないから、私たちはさらに奥へ奥へと向かっていった。するとね、空気が変わったの」

「変わった?」

「涼しくなったとかですか?」


 雫の問いは俺も同じだった。

 洞窟となればだいたいが地上よりも日の光が来ない分涼しくなるようなイメージが強い。奥へ奥へといったのならより大気の温度は変わるはず。

 しかし、マキさんはその問いに対して首を振る。


「いいえ、逆よ。奥へ行くほど熱くなったの」

「熱く……」


 俺と雫は腕を組んで考える。

 この世界の地理が未だよく分からない俺たちはそんな感じの反応だったが、どうやらそれだけで十分洞窟の位置関係が分かるようで、元々この世界の住人シャルロットはなにやら納得したように呟いた。


「まさか、その洞窟って」

「ええそう。火山の河口にまで繋がっていたの」


 2人の会話で俺と雫も腕を解いた。

 そして、同時に火竜に目がいく。


「確か火竜って……」


 俺の声に隣のシャルロットが間髪入れずに反応する。


「はい。火山地帯に生息しています」


 それでなんとなく話の本筋が見えてきた気がする。

 雫も俺と同じような表情をしていた。

 マキさんが流れるように続きを話してくれる。


「徐々に熱くなる空気の中、私たちはなんとかして一番奥にたどり着いた。そして、そこに広がっていた光景に息をのんだわ」


 マキさん達が何を見たのか、俺も雫もシャルロットも同時に生唾を飲み込む。


「そこには1体の火竜が体中をぼろぼろにして倒れていたわ。胴体は鋭利な刃物で何度も何度も切り裂かれ、鱗は所々剥がれていて、魔法を使われた形跡もあった。もう見るも無残な姿だったのよ」

「そんな……」


 マキさんの言葉でシャルロットはその時の情景を思い描いているのか、口元を覆って悲痛そうな面持ちでいる。


「明らかにやりすぎだったわ。きっと、倒れてからも何度も何度も痛めつけられたのね」

「ひどい……」

「なんでそんなことを……」

「たぶん、火竜を倒した人たちは知らなかったのね。火竜が魔物と違って靄となって消えることがないってことを」


 マキさんの言葉に続いて、別の世界から来た俺たちにも分かりやすいようにエンシェンが捕捉する。


「この世界において死んで靄となって消えるのは魔物だけです。人間も、魔物じゃない普通の生き物も死んだら普通に亡骸が残る。火竜もこちら側なのです」


 エンシェンの説明で初めてこの世界のシステムを知らされた。

 靄となって消えるのは魔物だけ。人や、魔物に部類しない生物は一切消えることなく、その場で亡骸となり残る。

 これが何を意味しているのか。

 マキさんの言っていた『火竜は火竜』という言葉の意味がようやく分かった気がする。


「じゃあもしかして、火竜を倒した人たちは」

「そう。火竜が靄となって消えないからまだ生きていると思って、倒れた火竜に追い打ちをかけたのよ。本当はもう死んでしまっているのに、その亡骸に何度も何度も武器を突き立てたのね」

「ひどい……普通そこまでしなくても分かるような気がするのに」


 雫の沈んだ声に反応してエンシェンが答える。


「雫たちにとってはそう思えるのでしょうが、この世界においてそれは少しばかり難しいのです」

「なんで……?」

「魔物の見た目は往々にして凶悪です。尖った牙、大きな爪、武器でも簡単に切れないほどの強靭な鱗。さまざまな姿形の中でもほとんどが武器となるものを体のどこかしらに持っている。それがこの世界においての魔物なのです。そして、残念なことに火竜はその全てに該当してしまっている」


 確かに、火竜の幼生ルクスも見た目だけで言ってしまえば魔物のそれと同じ。

 これが子供じゃない普通の火竜だったのなら、その見た目で勝手に魔物と決めつけて、エターナルブレードを振ってしまっていたかもしれない。


「この世界の人々にとってそういった凶悪な容姿のものは、一概に魔物と思われギルドメンバーではない人々に恐れられている」

「そう。だから、火竜に対してやり過ぎるというのもよくある話よ。魔物ではなくても、襲われたら自衛のために戦うのは人も火竜も、魔物も変わらない。だから、火竜の討伐はときおりあることなの。珍しいことじゃないわ」

「じゃあ依頼の魔物って言うのは」

「たぶんその火竜だったのよ」

「でも、だけど……」


 なぜだろうか。やるせない気持ちがいっぱいだ。

 やられる前にやるのは分かっている。そのはずなのに、モヤモヤとした気持ちが募る。それはきっとマキさんの声が終始落ち込んでいるからだろう。

 続きがあるはずだ。俺たちはそれを待った。


「火竜の死骸を確認した私たちは洞窟を去ろうとした。そんな時だったわ。その火竜の懐から小さな甲高い声が聞こえてきた。きゅるきゅるってまるで誰かを呼んでいるように」


 マキさんが優しくルクスを撫でる。

 シャルロットが目を細めながら聞く。


「倒された火竜ってまさか、ルクス君のお母さん……?」

「……きっとそうよ。片腕でしっかりと子供を守るように息絶えていたから。お母さんは死にながらもこの子を守っていたの。そんな火竜を見て私たちは、決意した。この子をこのままにはしておけないって。お母さんが命に代えても守り切った命をこのまま散らせてはいけないって」

「そこでマキはこの子に出会ったのですね。だからこんなにも人になついて」


 撫でられたルクスは嬉しそうに目を細めて鳴いている。

 きっとこの子は知らないのだろう。自分の母親にそんなことがあったのを。知らなくてマキさんの話を理解できていない。ルクスにとっては人間のマキさんが育ての親で、母親なんだ。

 それでいいような気がする。今が幸せならそれで。勝手だが、知らなくてもいいことはたくさんある。

 人の手に撫でられ気持ちよさそうなルクスを眺めながら、事情を知ったこの場の全員が憂いに満ちた表情を向ける。


「私たちはそのままこの子を連れ帰って、ギルド会館に事情を説明しに行った。無事火竜の保護も認められて終わったと、私もウィルもそう思ったわ」

「そう思ったって……」

「まだあるのよ」


 そういってマキさんは今度はどこか嫌なものを思い出すかのように硬い声を発した。


「この子を育てながらずっと母親のことが気になってた。確かに火竜が暴れて人に被害を被ることはある。それで討伐依頼が出されることも珍しくないって。でも、この子の母親が倒れていたのは洞窟の奥。街の近くでもないし。ましてや人の手が簡単に届くような場所でもない。おかしいってね」


 そしてマキさんはコップを傾け、喉を潤すと続きを話す。


「それが引っかかりながらいつものように街を歩いている時だった。ある店に立ち寄ったらそこの店主がこの子を見て突然腰を抜かしたのよ。まぁ、子供とはいえ火竜だから見た目のインパクトはある。そう思って大丈夫ですよって言おうとしてしまったのよ。その店主が火竜をそこまで怖がる理由が」


 マキさんは自分の目を指さしながら自嘲気味に笑う。


「視えた光景はあの洞窟だった。そこでは屈強な男たちが石を掘り進めている様子が視えたの」

「石……?」

「それに何の意味が……」


 またしても俺と雫が分からないでいるとシャルロットが口を開く。


「たぶんマジックストーンの採掘かと思います」

『マジックストーン?』


 初めて聞く言葉に俺と雫の声が重なった。


「はい。言葉通りに魔力を含む特別な石です。その性質はすごく、石自体に魔力があるので持っているだけで魔力供給がされ、さらにいえば、石の含まれる魔力が無くなったとしても空気中の魔力を吸い取り、数時間後には元通りといった優れものです」

「すごっ」

「なにそれ」

「あはははは……驚かれるの無理ありません。マジックストーンはそれだけ貴重で数も少なくほとんど市場に出回らないのですから。王族とか貴族とか、お金持ちの人にしか行きわたらない代物です」

「てことは、それがあれば最悪、大儲けも夢じゃない……」

「そっか、そういうことね」


 俺と雫の表情になにかを察したマキさんは首を縦に振った頷くと、視えたものを教えてくれた。


「その商人は金儲けをするためにマジックストーンが欲しかった。そこで目をつけたのが火山活動が活発な活火山だったってわけ。あの洞窟から繋がっているのを偶然見つけたようね」

「マジックストーンは大地のエネルギーを吸収してできる特別な石。活火山というのは言ってしまえばそのエネルギーそのものともいえる。マジックストーンを採掘するのにこれほど適した場所はありません」


 エンシェンが酷く冷静な声で言う。


「商人が見つけたあの場所は人間が比較的簡単に出入りできる場所だった。普段生活していては近づかない場所でも、商売となればあの場所は相当やりやすいでしょうね。そうして見つけたその洞窟の奥に運悪く住み着いていたのが、この子とその母親だったというわけよ」


 マキさんの沈んだ声に誰もが嫌な想像をしてしまう。

 火山の河口付近で殺された火竜。人の手も届かないような場所で人に被害が出るわけがない。自ずと結論が見えてくる。


「つまり、その商人が火竜の被害をでっち上げてギルド会館に依頼を出した……?」

「そうよ。私の目にははっきりとその時の様子が視えたんだから。間違いはないわ」

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