第13話 同性なのをいいことに

『がんばれー。がんばれー』


 気のない神様の応援を聞きながら、俺はオークから必死で逃げていた。

 状況は好転しないまま、結構な時間走りっぱなしだ。普通なら今頃心が折れ、オークの餌食としてあんなことやこんなことをされていてもおかしくないぐらいだが、神様の恩恵とやらのおかげで、まだまだ走り続ける体力は残ってた。

 ここをまっすぐいけば、神様が言うには人間族の拠点があるという。

 はたして本当かどうか、今の段階では分からない。

 またもや騙された気もしなくないぐらいに、一向になにも見えてこない。あいかわらず地面は草1つ生えないひび割れ死んだ大地だし、オークは追ってくるし、空は変な色をしている。見るものすべてが空の色をしていた。

 魔界と呼ばれるのが頷ける風景が見えるだけで、本当に人間族の拠点なんてあるのかと心配になってくる。


『もっと逃げろ。もっと走れー。あとちょっとだぞー』


 神様はおもしろがりながら俺を応援してくれている。……いや、棒読み気味だから、応援などしていないのだろう。

 俺のピンチを楽しんでいるのがビンビン伝わってくる。


「本当にあるんだろうな!?」


 俺はたまらず適当な声を出している神様に聞く。


『安心しろ。すぐだから』

「といわれてもな! さっきから景色1つ変わってないんだぞ!」

『いい景色じゃないか。墓場にはもってこいだな』

「バカにしてんのか!?」

『そうかっかするな。キレやすい若者は嫌われるぞ』

「誰が怒らせてると思ってるんだよ!」


 なんだかイライラしてきたな。

 後ろにはオークが迫っているし、神様の声は常に頭の中に響いてくるし。

 だいたい、いつまでいるつもりだろうか。このままずっと神様の声が聞こえるとか罰ゲームでしかない。

 早くどこかに行ってくれないかな。もしくは何か癒されるものがないとやってられないぞ。

 俺がそう思いながらひたすらにまっすぐ走っていると、変わる気配のない景色に少しだけ変化がみえてきた。


『ほら見えてきただろ』


 神様の言葉につられ俺が走っている方向の先を見てみると、あるところを境に、緑豊かな大地があった。空も青色だし、なによりもテントのようなものが見える。

 あれが神様の言っていた拠点だろうか。

 俺は何かにすがる思いでこれまでよりも大きな声で叫ぶ。


「おーい!! 助けてくださーい!!!! 魔物に追われているんです!!!!」


 拠点には人影はない。

 もしかして誰もいないんじゃないかと思い焦った俺だったが、すぐにそれは杞憂だと悟った。

 俺の叫びが聞こえたのだろう。

 テントの中から数人の人が出てきた。誰もが鎧と武器をもったいかにも戦闘慣れしている人達だった。

 そんな人たちが俺の状況を見ると、一気に戦闘態勢の様に武器を引き抜く。

 これで助かる。

 そう思った俺が少しだけ足を緩めた時だった。

 焦ったように拠点で先頭に立っているリーダーらしき女性騎士に呼びかけられる。


「安心しちゃダメだ! もっとスピードを上げて! オークに追いつかれるぞ!!」


 俺はその言葉に後ろを振り返る。

 拠点が近づいてきたからだろう。オークは俺を追う速度を上げ、俺との距離を詰めにかかっていた。

 俺はすぐに走る速度を上げる。これでもかというように全速力でオークとの距離を離した。


「そうだその調子! あと少し!」


 女性騎士に励まされ、俺の足もこれまでにない速度を出し始める。

 よく見ると美人なお姉さんだった。

 そんな緊迫した場面にふさわしくないことを思っていると、俺の後ろで衝撃がはしった。地面が揺れこけそうになる体をどうにかして保ち、俺はそのまま拠点まで走っていく。

 ちらっと後ろを見たらオークがなにか攻撃を受けたように立ち止まっていた。

 もう追ってくる気配はない。

 助かった……のか?


『おお。魔法でオークの足を止めたか。さすがだな』


 ここに来て神様の声が聞こえて来る。神様にも俺の見ている状況が見えているようで、感嘆の声をあげていた。


「あれが魔法か」

『ああそうだ。もう安心していいぞ。あのオークたちも簡単にお前を追えなくなった』

「そうみたいだな」

『もう心配はいらないだろう』

 

 神様が言ったようにオークはさっきの場所から動いていない。


「よくがんばりました!」


 すると、拠点の方から俺に向かって声がかけられる。

 その声は女性のものだったが、騎士のお姉さんとは少し違った。

 声のした方を見ると、騎士のお姉さんとはまた違ったタイプ女性が、優しく包み込むような穏やかな顔で、俺に向けて手を広げている。

 そう。手を広げているのだ。

 まるで飛び込んで来いというように。

 俺の足が少しだけ速度を下げる。


 ……いいんだよね? あれはつまり胸に飛び込んで来いという解釈であってるよね? 間違ってないよね? 俺、飛び込んじゃうよ? お姉さんのそのよく育っているお胸に飛び込んじゃうよ?


 しかし、俺の迷いとは裏腹に徐々に優しそうで巨乳なお姉さんと俺の距離は縮まっていく。お姉さんは腕を広げたままその場を動くつもりは無いようだ。抱きしめる体制のまま立っている。

 その時俺の頭になにかが降りてくる。


(……そうだ。俺、今黒髪美少女じゃんか)


 つまり俺とお姉さんは女性同士。同性だ。女性が女性に飛び込むのに何の不思議もない。

 俺はその瞬間、走る速度を上げてお姉さんの胸に勢いよく飛び込んだ。

 まるで、助かったことに安堵を隠せないように。


 もにゅん。


 抱き着いた俺に頬に、お姉さんの柔らかい感触が伝わってくる。

 そのまま俺はお姉さんに抱きしめられ、柔らかく温かいものに包まれた。


「怖かったね。よくがんばったね。もう大丈夫だから。安心していいのよ」


 お姉さんの優しい声が耳に響いてくる。

 あんな神様の声よりも、ずっとこっちのほうがいい。

 俺の心がどんどん癒されていくのが分かる。

 死んだり、オークに追われたり、イライラしたりいろいろあったけど、お姉さんに抱きしめられたら全てがどうでもよくなった。なによりも、今俺はとても幸せだ。ずっとこうしていたい。柔らかな胸に頬を擦りつけていたい。

 生きててよかった……。美少女で本当によかった……!


『ふん。やっぱりお前はくそ野郎だよ』

「……うるさいなぁ。黙ってろよ。俺は今すごく幸せなんだ」

『あっそ。しかし、こうして人間族に合流できたんだ。もう俺はいらないな』

「そうだそうだ。もう消えろよ~」

『ああ、お前が望まなくてもそうさせてもらう。じゃあな栗生拓馬。寿命が尽きるまでのあいだ、十分に第二の人生を謳歌してくれ』

「言われなくても~」


 そうして神様の声が聞こえなくなる。

 俺はお姉さんに頭を撫でられ、幸せな感触を体中に感じたまま、安心したように意識を手放した。

 意識がなくなるのはこっちの方が断然にいい。

 雷に撃たれるなんて比べようもなく幸せだ。

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