第91話 各々の胸中
緊張感で静まり返ったギルド会館をアーシャさんが歩いていく。
受付でなにやら話をした後、そのままギルド会館の2階に続く階段へと向かった。
この先には支部長室があるはずだが、どうやら目的地はそこのようだ。
階段をのぼるアーシャさんの後ろからシャルロットがついていく。
俺たちも行こうと足を踏み出したところで、上からアーシャさんに声をかけられる。
「リュウカやミルフィは別に来なくてもいいぞ。これはシャルロットの問題だからな」
アーシャさんは当たり前のようにそう言った。
シャルロットは振り返りもしない。振り向いて下から顔が見えるを恐れているというよりも、早く視線から逃れたい一心だ。
その証拠に、止まっているアーシャさんの隣をシャルロットは抜け、下から見えなくなるまで上っていってしまった。
俺はなにも言わないでいると、隣のミルフィさんが階段をのぼり始めた。
「アーシャちゃん。それはひどいんじゃない? ここまで関わっておいて置いてくなんて」
「だけどな」
「だいたい、今のアーシャちゃんとシャルロットちゃんを2人きりになんてさせられないわ。アーシャちゃんがなに言うか分かったもんじゃないもの」
ミルフィさんはアーシャさんの顔を笑顔で見ながら、アーシャさんの隣を抜け上へ行ってしまう。
そんなミルフィさんに対して困ったように頭をおさえるアーシャさん。
俺を見ると、もう一度聞いてきた。
「ミルフィはああいったがな、リュウカは来なくても」
「まさか。行きますよ」
俺はアーシャさんの言葉を遮ってそう言う。
1段目に足をかけながら、上のアーシャさんを見上げた。
「ステラさんの依頼を受けたのは私ですし、それにミルフィさんと同じです。このままアーシャさんをシャルロットと一緒にいさせると何が起こるか分かりませんからね」
俺は固まるアーシャさんの肩に手を置いて、その隣を抜けていった。
「まったくお前らは」
アーシャさんの困った声が下から聞こえてきたが無視した。
階段をのぼった俺は先に行っていたシャルロットとミルフィさんと合流し、2度目となるギルド会館の2階へと足を踏み入れた。
遅れてアーシャさんが来る。
「遅いわよアーシャちゃん」
「お前らが先に行くからだろ」
「だって意地悪なんだもん」
ミルフィさんがアーシャさんをからかって場の空気を変えようと努めた。
周りに人がいなくなったことでアーシャさんの雰囲気もいつものものへと変わっている。それはまさに、外ではシャルロットを守っていた証拠でもある態度の変化だが、シャルロットにはそれが見えていない。
フードでアーシャさんの顔が見えないというのもあるだろうが、本質的にシャルロットはアーシャさんに嫌われていると思っているために、見えないのだ。
それは分かっている者からしたら落ち着かない。言いたくなる葛藤にかられるが、俺はなんとかそれを抑えた。
これは姉妹の問題。特にアーシャさんがそれを望んでいるのなら、むしろ言わない方がいい。
いつかシャルロットが気づく日が来ることを祈りながら、俺は支部長室へと歩きだした。
一番前にいたアーシャさんが代表として支部長室のドアをノックする。
3回、コンコンっと叩くと中から声がした。
「どうぞ」
声はヘイバーン支部長のものだった。
思った通り、アーシャさんが開けた扉の先にはこのアイリスタのギルド会館の支部長、ヘイバーンが椅子に座ってこちらを見ている。
相変わらずの立派な髭も健在だ。
笑顔で迎えられた俺たちはそのまま扉の前に立つ。
ミルフィさんが扉を閉めると、アーシャさんが前に出た。
「ヘイバーン支部長。調査の方、終わりました」
「そうですか。ご苦労様です」
ヘイバーン支部長は手でアーシャさんを労う。
見たことのないアーシャさんの態度に、ヘイバーン支部長の地位がよく分かる。
まるでアーシャさんが王につかえるような騎士のようだ。
そんなことを思っていると、ヘイバーン支部長が笑う。
「ふぉふぉふぉ。そんな固くしなくてもいいですよ。アーシャ」
「そういうわけには」
「とりあえず座ったらどうです。そこにいては落ち着かないでしょう」
「しかし」
「じゃあお言葉に甘えて」
堅苦しいアーシャさんに代わって、ミルフィさんが俺たちの背中を押して椅子の方へを向かわせる。
「お、おい」
「もうせっかく支部長が座ってって言ってるのに、断ったらダメじゃないの」
戸惑う声を上げるアーシャさんにミルフィさんがぐうの音も出ない返答をしたところで、俺たちは支部長室の椅子に腰を下ろした。
向き合うようにアーシャさんとミルフィさん、そして俺とシャルロットという感じに分かれる。
そんな俺たちが座り終わるのを待ってヘイバーン支部長が髭に覆われた口を開く。
「とりあえず、アーシャとミルフィには調査の報告を聞きましょうか」
一度俺とシャルロットを見たのは気のせいじゃないだろう。
俺たちがなぜここにいるのかも話さなければならなかったが、それよりもヘイバーン支部長はアーシャさん達の方を優先させた。
アーシャさんが立ち上がる。
「ヘイバーン支部長の思っていた通り、昨日助けた女性、ステラさんの自宅は魔物に襲われていました」
「やっぱりですか」
「はい。現場はひどいもので、家は完全に崩れ、辺りの草原も荒れ放題。あれでは草木が生えるのにも時間がかかるでしょう」
アーシャさんとミルフィさんの言葉にヘイバーン支部長が唸る。
髭を触り何やら考え込んでいるようだ。
「なぜ魔物の被害を……街の外に家を建てたということは宝玉が……」
ヘイバーン支部長の口から洩れた呟きに、俺の隣のシャルロットの体がビクつく。
俺がシャルロットに触れようとしたとき、ガシャリという音が室内に響いた。
見るとアーシャさんが自分のストレージを机の上に置き、中から割れた宝玉を出していた。
「それは?」
「退魔の宝玉です」
ヘイバーン支部長の問いにアーシャさんが迷わず答える。
それにはヘイバーン支部長の顔も驚きに変わった。宝玉が割れたことがどれほど信じられないことなのか見せつけられたような気分だった。
ギルド会館を任されている支部長でも驚くレベルのことのようだ。
「宝玉が割れるとは……考えたくはないですね」
「しかし、これ以外に魔物が来た理由は考えられませんでした。家のどこを探しても宝玉が見当たらなかったので、これが退魔の宝玉であることに間違いはないでしょう」
「念のためアーシャちゃんがこれを回収し終わったあとで、私も探知魔法をかけたのですが、宝玉が引っかかることはありませんでした」
2人の言葉にヘイバーン支部長も頷くしかなかった。
「なるほど。これが退魔の宝玉であることは確かなようですね」
ヘイバーン支部長はそう言いながら真っ二つに割れた宝玉をもう一度見た。
それだけ安易に信じられないのだ。宝玉が割れたという事実に。
「となると、これは事件ではないようですね。不幸な事故ということに」
ヘイバーン支部長の出した結論はアーシャさん達と同じものだった。
しかし、アーシャさんはそれを遮った。
「違います。これは事故なんかじゃありません。この信じられない現象には1人の人物が関わっています」
そう言ってアーシャさんはシャルロットを見つめる。
シャルロットは頷くと、自分から立ち上がりヘイバーン支部長の前まで歩いていった。その足取りは重く、ふらついている。
アーシャさんはシャルロットの隣に行くと体を支えるようにしてそっと背中に手を伸ばした。
触っていないのはわざとだろう。
顔は厳しく、しかし、後ろでは倒れたらいつでも支えられるようにしている。
これがアーシャさんなりのシャルロットに対する態度だった。
ヘイバーン支部長がアーシャさんとシャルロットの両方を見る。
そしてアーシャさんに聞いた。
「この子は?」
「シャルロットです」
「そうですか。シャルロット、ちゃんでいいかな?」
「はい……」
シャルロットは弱弱しくもしっかりとヘイバーン支部長の声に反応した。
「なぜこの子が関係あると」
「実を言うと、このシャルロットとリュウカの2人が、ステラさんの依頼を受けた2人だったんです」
「ほう。なるほど、それで」
ヘイバーン支部長がシャルロットとその後ろの俺を見る。
優しい笑みに対して俺も笑みで返す。
しかし、シャルロットはどうすることも出来ない。
すると代わりにアーシャさんが口を開いた。
「ヘイバーン支部長。見ていただきたいものがあります」
言って、アーシャさんは躊躇なくシャルロットのフードを取った。
綺麗な白い髪が露わになる。
しかしそれよりもヘイバーン支部長が見ていたのは、頭頂部に生える耳だった。今はだらんとしているが、それでも人間にはない耳だ。
ヘイバーン支部長が全てを察したかのように頷く。
「そういうことですか。これだと確かに、宝玉が割れたのも理解できてしまいますね」
ヘイバーン支部長の呟きにアーシャさんが頷き、シャルロットはさらに顔を沈めた。
「悪魔憑きとは、驚きました」
「ごめんなさい……」
今にも泣きだしそうな震えた声でシャルロットが謝る。
それに対しヘイバーン支部長は穏やかな笑顔を見せる。
「私に謝らなくてもいいですよ。それに、このことに対し罪の意識があるのなら本当に謝らなければならない人がいるでしょう」
「はい……」
ヘイバーン支部長はそれだけ言うとアーシャさんに目配せしシャルロットのフードをかぶせさせ、椅子へと戻させた。
戻ってきたシャルロットは震えてしまっている。
無理もないだろう。これではまるで本当にシャルロットが悪いみたいだ。
そりゃあ確かにシャルロットは悪魔憑きだし、割れるはずのない宝玉が割れたのは、悪魔的不運だとしてシャルロットのせいだと思えてしまう。
だけどそれにしてはシャルロット1人に背負わせすぎな気がする。
俺は立ち上がった。
意思のこもった目でヘイバーン支部長を見つめる。
「あの」
「リュウカさん。あなたの気持ちは痛く分かっていますよ。シャルロットが悪いと決めつけるのはおかしいと言いたいのですよね」
「……はい」
俺は頷いた。
アーシャさんがおいというように見つめてきたが関係ない。
俺はシャルロットの仲間として言っているのだ。アーシャさんとはやり方が違うまでもシャルロットが好きなのは同じだ。好きな子が泣きそうなのに立ち上がらないでどうする。男だろうが。これぐらいはする。
俺の真剣な目にヘイバーン支部長は1拍置くと、にこやかな顔を向けてきた。
「私もそうは思います。なにも宝玉が割れたことがシャルロットさんの、悪魔憑きのせいだという証拠はありません。それこそ偶然という可能性だって十分あり得る」
「ですよね。だったら、シャルロットを責めるようなことは」
「しかし、事は1人のおばあさんの命に関わっていたことです。そしてステラさんは襲われたショックで今でも眠ったままです」
ヘイバーン支部長は現実を突きつける。
その言葉は重い。
「リュウカさんの気持ちはよく分かりますが、証拠がないからといって悪魔憑きが関わっていた事実は伝えなくてはなりませんよ。そしてそのとき、ステラさんが取る態度が全てです。シャルロットさんを恨んでも仕方ないでしょう。ステラさんは大事な家まで失ったのですから」
ステラさんの胸中を思ってヘイバーン支部長はあえて厳しい言葉を使い、俺に分からせようとして来る。
それは十分理解できた。
だけど、そんな問題をこんな華奢な女の子1人に背負わせるなんてあまりにも。
そう思って俺が口を開きかけたときだった。
俺の服の袖が掴まれる。
シャルロットだった。なにかを言おうとしている俺に対して、強い力でそれを止めている。
「いいんですリュウカさん」
「だけど」
「ヘイバーン支部長さんの言った通りです。どうだろうと私が悪魔憑きだと言わなければなりません。隠して依頼を受けた、私の責任ですから」
シャルロットが笑う。
笑えてないのは明白だった。しかし、握りしめる力が俺に返答の余地を与えてくれない。
その間にシャルロットが続ける。
「これは私が受けるべきものですから。リュウカさんには関係ないです」
「関係ないってそんなこと……!」
「関係ありません。私はリュウカさんに甘えたんです。リュウカさんのその笑顔に。なんでも正直に生きるリュウカさんに憧れ、私もいいかなと思った私の弱さが原因なんですよ。やっぱり関わっちゃいけなかった。だって、あんな笑顔のリュウカさんがこんなに悲しそうな顔するんですもん」
俺の視界が歪む。
無力な自分が悔しかった。ここで無理にでもシャルロットに反論すればいいのだろうか。だけど、無理だ。だってシャルロットが笑ってるんだもん。
まるで俺の代わりに、目に涙を浮かべながら笑ってる。
そんな子になにを言っていいのかなんて思い浮かばなかった。
「大丈夫です。どんな態度を取られようと私は問題ありません。慣れてますから。そんなこと。だから、へっちゃらです」
それだけを言うと、シャルロットは俺に背を向け、椅子から立ち上がる。
ヘイバーン支部長へと目線を向ける。
「ヘイバーン支部長さん。ステラさんが目を覚ましたら私に伝えてください。私はリーズさんの宿屋で部屋を借りていますから」
「……分かりました」
「ありがとうございます」
シャルロットは頭を下げるとフードを被りなおし、全員に背を向けて扉に手をかけた。
「どこに行くつもりだ」
アーシャさんがその背中に問う。
「大丈夫。どこにもいかないよ。ちょっと疲れちゃったから宿屋に戻るだけ。安心して。もう……どこにもいかない。大人しく部屋でステラさんが目を覚ますのを待ってる。迷惑はかけないよ」
「まだ話は終わってないんだぞ」
「終わったよ。私が悪い。それだけ。だってそれ以外にある? 割れるはずのない宝玉が割れた理由」
「それは……」
「じゃあね」
シャルロットはアーシャさんの言葉を待たずして支部長室のドアを開けて出ていってしまった。
「おい! 待てって! シャルロット!!」
アーシャさんの声はもうシャルロットには聞こえていなかった。
無情にもドアは大きな音を立てて閉まる。
支部長室には何も言えない俺とミルフィさん、ヘイバーン支部長がいる。
そしてアーシャさんはというと、シャルロットが行ってしまったドアの先を見つめてしばらく動けないでいた。
その胸の内は計り知れない悲しさで包まれていたと思う。
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