第145話 告白
「ふざけないで!!!」
大きな声が響き渡る。
今まで見たこともないような雫の形相に、俺はただその顔を見ることしか出来ない。
「あんたの記憶を忘れる? なかったことになる? あんた、本当にそれで全部解決すると思ってるの!?」
なにも言えない。
俺は実際そう思っている。思っていた。
でも現実はそうじゃない。今俺は雫にこうしてぶたれている。
頭が混乱して言葉が出てこない。
その隙に雫がたたみ掛けるように言葉を吐き出した。
「ふざけないでよ。バカじゃないの。忘れる? そんなことできるわけないじゃない!!」
雫の声が頭に響く。
キンキンする耳に俺のか細い声が聞こえてきた。
「なんで……」
「どうしてわかんないのよ! どうして気づいてくれないのよ!! 人のことちゃんと想ってくれてるのに、どうして、どうして肝心の部分はいつもいつも気づいてくれないのよ!」
雫が俺の体を押し倒す。
地面に寝そべる形になり、雫の涙が俺の頬に落ちた。
「あんたはバカでどうしようもなくて。顔もさえなくて。でも、私のことはちゃんと守ってくれてた。昔からずっと。犬にほえられて泣きそうになった時も、自分も怖いくせに私の前に立って。私が怪我した時は一番最初に駆けつけてくれて。ずっとずっとあんたは私を守ってくれてた。男っぽい私をずっと女の子扱いしてくれたのは拓馬だけだった」
「雫……」
「高校生になって拓馬が私を避けるようになって本当に辛かった。もう昔みたいに守ってくれないんじゃないか。そう思って、必死にあんたにしがみついて……でも、気づかなかった。知らなかった。あんたは高校生になってからもちゃんと私を守ってくれてたの」
そう言って雫は涙ながらに笑った。
「あんたの携帯。死んじゃってから私が持ってたんだよ。ごめんね。中身見ちゃった」
「っ……」
「まずびっくりしたのは志保と連絡先交換してたこと。正直驚いたし、なんでって思った。なんで教えてくれなかったのかってちょっとイラついた。でも中身見て全部分かったよ。私が告白される場所と時間、全部志保に聞いてたんだね。遠くから見守れるように」
俺は雫から目をそらした。
せっかく隠してきたのに、死んでからばれるとは思わなかった。
雫が言ったように俺は雫の親友とも呼べる間宮志保から、雫の情報を聞きだしていた。いつどこで誰に告白されるのか。
全ては雫にばれないように雫を見守るためにしたことだ。
なんでそこまでするか。間宮には全てを打ち明けたことがある。メールでもそのことのやり取りがあった。厳密に言葉として残していないので雰囲気だけだが確かにした。
携帯を見たということは雫はその会話も知ったのだろう。間宮になにを話したのか。聞かれるかと思ったが雫の表情はそんな感じではない。
今言いたいのは他のことだろう。
薄々感づいてはいた。
携帯を見た。つまり、間宮以外とのやり取りも見たということになる。雫はそれを言いたかったのだ。
一番知られたくないものが本人にばれてしまった。
俺は諦めたように渇いた笑いを浮かべる。
それに対して雫は表情を歪ませた。
「知らなかった。私に振られた男子があんたにあんなことしてるなんて。人から勝手に拓馬の連絡先聞きだして、嫌がらせみたいなメール送ってたの。それにあんたがずっと私を庇うように、全部自分が悪いんだって返信してたのも。全部見た」
「…………」
「ごめん。ごめんね。拓馬。気づいてあげられなくて。気づかなくてごめんね。私自分のことばっかりで、拓馬のこと何も考えてなかった」
「……いい。別に事実だし。現にお前は何にも悪くなかったんだから」
雫はただ気持ちに素直だっただけ。告白を受けられない。そう言っただけなのだ。
全ては男の逆恨みによるもの。それが回り回って、雫と幼馴染の俺に来る。
簡単な話だ。
自分は振られたのにお前だけ幼馴染だからって隣を歩いていいわけがない。
そう思うのが自然。誰も悪くなんてない。
全部全部冴えない俺の……。
「俺がなにかされる分にはいいんだよ。適当に流して、適当にやってれば。一番嫌なのは雫に危害が行くことだったから」
「知ってる。だからわざわざ志保を通して告白の場所聞きだしてたんだね。私に気づかれないように。気づかれちゃったら私まで共犯だと思われる」
「ああ。それに間宮には一度見られたからな。雫の告白現場をのぞき見してるの」
教室から見える場所で雫が告白される時だった。
窓側の席に座っていたら間宮が教室に入ってきた。そこで聞かれた。
『なんで遠くから見守るの』って。
間宮はまるで全部知っているかのようにこちらを見ていたが、俺はそれに気づかないふりをして適当に答えたんだ。
「志保になんて言ったの?」
雫が唐突に聞いてきた。
俺の考えているのが分かるかと驚いたがそうじゃない。メールのやり取りを見たのならその時何があったのかなど容易に想像できる。
「志保とのやり取りで何回も大丈夫だと思うよって単語が出てきた。なのにあんたは頑なに否定してて。絶対に私に言うなって言ってた。なんなの? なんて言ったの?」
雫が離してくれない。
俺は視線をそらすと逃げるように、小さな声で呟いた。
「釣り合わないだろ。俺と雫じゃ。もう隣同士で歩くわけにはいかない。だから遠くで見つめて、守って。お前が誰とも付き合う気がないのは分かってたから」
誰だってわかる。何度も何度も告白しても頷かないのは、誰とも付き合う気がないんだということぐらい。特にあんな沈んだ表情を見ていれば一目瞭然だ。
告白されて雫は嬉しがっていない。だったら、せめて俺だけはちゃんと分かってやろう。遠くに行ってしまった雫の幼馴染として味方でいよう。釣り合わないなりに裏でちゃんとしようって思って。だから。
「だから、身を引いて雫が本当に笑える告白の時まで見守っていようって思ったんだよ。雫には幸せになってほしいから」
せっかく変わったんだから。誰よりも笑っていてほしい。
なのに、雫は離れようとしてくれない。昔も今も。
それが不思議で分からなくて。
すると、目の前の雫が笑った。優しくどこか寂しそうな笑顔に俺の目は吸いこまれるように離せなくなる。
「ありがとうね。今までずっと気づいてあげられなくてごめんね」
「いいって言ってるだろ。俺が勝手にしたことだし」
「うんそうだね。それと、やっぱりバカ」
「な、なんだと」
「バカだよ。本当に」
雫が俺の上から退く。
立ち上がると俺に手を差し伸べてきた。
「バカだよ。全部話してくれればよかったのに。裏で嫌がらせされてることも、こそこそ告白見てるのも。全部言ってくれればなんとかしたのに」
「なんとかって。お前な」
「するよ。拓馬のためだもん。拓馬が告白断れって言ったら断った。私のこと心配なら直接言ってくれればいいのに」
「言えるわけないだろ」
「釣り合わないから?」
「ああ」
「バカだね」
四回目のバカ発言に俺もさすがに言い返したくなる。
「バカバカってな。俺はお前のこと思って」
「だからそこがバカだって言ってるじゃん」
雫が何を言いたいのか分からない。
いや、本当なんとなく分かっていた。雫は俺を探して異世界まで来た。純粋な想いは神通力よりも勝る。
今ここに雫がいて俺の名前を呼んでいる。そのこと自体が答えみたいなものだ。
「私がどうしてこんな髪型にしたと思う? 短かった髪を伸ばしたと思う?」
「それは」
「拓馬が黒髪ロングが好きだから。おしとやかな女性が好きだから。だから変わった。必死に努力して、全然興味なかった化粧も勉強して変わった。全部全部拓馬のため」
「俺のため……」
「そうだよ。拓馬が告白を断れって言うなら断るし、短い髪が好きだっていったら迷いなく切るよ」
「せっかく伸ばしたのにか?」
「うん。だって全部拓馬のためだもん。拓馬が好きじゃないのに伸ばしてる意味なんてないじゃん」
雫と向き合う。逆光で見ないなんてこと今度はなかった。
しっかりと目を見て表情を見て雫の言葉を聞いた。
「私、拓馬が好き。ずっとずっと好きだった。今でもそれは変わらない。だから忘れなかったよ。あんたの記憶。あんたの存在。拓馬の家族や私の家族、周りの子が拓馬のことを覚えてなくても私は覚えてた。忘れることなんて出来ない。全部全部私にとっては大切な思い出だもん」
雫は自分の胸の前で手を握った。
大事に大事にしているものを守るように。
「拓馬が自分の記憶を消してって願ったって知って正直ムカついたよ。でも、同じぐらい優しいなって思った。変わってないなって思ったよ。昨日助けてくれたときも本当に嬉しかったんだ。本当は抱きしめたくて仕方がなかったの。でもぐっと我慢した。あんたはずっとリュウカとして接してきたから。あぁ、やっぱりなって思った。後ろめたいんだなって分かったから素直に喜べなかった」
「ごめん……」
「いいよ。それに今は素直に言えるから。ありがとう拓馬。助けてくれて。大好きだよ」
雫の表情が輝く。
月明かりに照らされる彼女の表情はまるで天使のようにかわいくて。儚くて。今にも触れたい衝動をごまかすように、俺は視線を外し苦し紛れに言葉を絞り出した。
「……あれは勝手に体が動いただけだ」
「そっか。あんな怒った拓馬見たの初めてだった」
「忘れてくれ。あの時はその」
「忘れないよ。絶対忘れない。拓馬はどう? 私のこと嫌い? 私のこと忘れたいと思う?」
雫が問う。
俺は雫をどう思ってるのか。真剣に向き合う。
答えは出ていた。だがしかし、言葉が喉から出るのをためらわせる。
神様は俺に忠告をした。
しっかりと考えどう答えるのか。最善だと思う方を選べ。逃げるなと。
今の俺は逃げずに雫の想いを受け止めた。答えはすでに出ている。だったらどちらが最善か。選ばなければならない。
俺は転生者で雫は転移者。
その立場の違いが俺の答えをためらわせている。
本当に彼女のことを思うなら俺は……。
「拓馬……?」
雫が心配そうにこちらを見つめてくる。
笑顔にしてやりたい。笑っていてほしい。きっと俺はその答えを持っている。
いまここで答えを言ってやれば雫は喜ぶ。笑顔になる。
でも―――やっぱり無理だ。
もう俺と彼女は生きている世界が違う。
一度死に第二の人生を歩む人間と、まだ寿命が残っている人間はくっついてはいけない。どちらも不幸になるだけだ。
俺は答えを口にしようとした。雫のことを本当に想うならここで俺は本音を隠しておくべきだ。
「俺はお前のことが―――」
そうして俺が答えを口にしようとした時、俺は見てしまった。
遠くの方。雫の後ろから月をバックにしてこちらに飛んでくる妖艶な悪魔に。
悪魔はそのまま崖のギリギリに着地すると、俺を見て歩いてくる。
見間違いようもない。駄目サキュバスはこともあろうにこのタイミングで俺の前に姿を現した。
驚きと恨みのこもった視線を俺が送っていると、雫も気づいたように後ろを振り返る。
「誰?」
雫の呟きに駄目サキュバスは答えなかった。ただまっすぐに俺の方を捉えている。
俺と雫2人の視線が駄目サキュバスに集中する。
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