第113話 宿無しから一転して……

「はぁ……」


 ため息が出てしまう。

 異世界に来て詐欺にあってからというものの、俺は歩く気力もなにも失い、別荘のような家の玄関横のバルコニーに座り込んでいた。

 もう立つことも出来そうにないぞ。

 ここに着いたときにはまだ沈みかけで、空をオレンジに染めていた太陽も今は完全に沈み、街灯もない俺たちのいる場所は真っ暗闇になってしまった。

 座り頬杖をつく俺。

 すると、そんな俺の隣にシャルロットが並んだ。

 座り込むことはせずに欄干に手をかけ少しだけ離れた場所の夜景に目をやっている。


「リュウカさん。ため息ばかりですよ」

「そりゃあため息もつきたくなるよ。だって、10万もだまし取られたんだからさ」

「分かりますよ。お気持ちは。でもため息ばかりしていてはダメですよ」

「でも~……」

「リュウカさん。ため息してたら幸せが逃げちゃう。違いますか?」


 ニコッと微笑むシャルロットの顔に俺は驚きを隠せない。

 目を見開き、シャルロットの微笑んだ顔を見る。


「ふふ。びっくりしてますね」

「だってそれ……」

「そうです。リュウカさんがステラさんに対して後悔している私に言ってくれた言葉ですよ」

「なんで」

「今でも覚えてますよ。あの時は悪魔憑きに幸せなんてって思いましたけど……今のリュウカさんあまりにため息ばかりだったのでつい。ごめんなさい」


 シャルロットはそう言ってフード下でベロを出して茶目っ気を現してくる。

 その慣れていない表情に俺の頬も自然と緩む。


「ぷっ。あはははは! シャルロットにそれ言われたらおしまいだね」

「あー! なんですかその言い方。私だってずっと根暗ってわけじゃないんですよ」

「いやいや、分かってるけどさ! なんか面白くって! ごめんごめん!」

「謝罪に誠意が感じられません!」

「ほんとごめんって! シャルロットの言った通りだよ。ため息ばかりじゃダメだね!」


 俺は笑って力が戻った体を立ち上がらせると、シャルロットと同じように欄干に手をかけた。

 海が近いからか夜風が涼しい。

 場所的には悪くない。それに。


「屋根が―――」

「―――屋根がある場所は確保できましたから」


 俺の言おうとしたことと全く同じことを言ったのは隣のシャルロットだった。

 バルコニーの上にある家の屋根に目をやり、続ける。


「野宿よりは全然マシです。今日はここを貸していただきましょう。中に入れなくても屋根があるだけ安心して眠れます。結構嫌ですよ。起きてびしょびしょって」


 ニコッと笑うシャルロットの顔には言っていることの過酷さを忘れさせてくれるところがある。

 シャルロットはシャルロットで苦労している。それをおくびにも出さないのはさすがと言うべきか。

 見習わないといけないところだ。

 俺は普通に弱音吐くし、すぐにうろたえちゃうからね。


「まぁとはいっても、中に入れたら一番いいんですけどね……」


 あははははっと渇いた笑いを浮かべるシャルロット。

 俺も同じように笑おうとした時、あることを思い浮かべた。

 

「……そうか、そっか、その手があったか」

「ん? どうかしたんです? リュウカさん」


 シャルロットが急に変なことを呟きだした俺の顔を覗き込んでくる。

 俺はそれを流すと、そのまま不思議そうにしているシャルロットの前を通り抜け、玄関の前で止まった。

 そして紙を指さす。


「ここ空き家なんだからさ。私たちが買い取っちゃえばいいんじゃない?」


 俺の突拍子もない提案にシャルロットは一瞬固まる。

 しかしすぐに言葉を理解したのか、耳をぴくぴくさせながら勢いよく反応を返してきた。

 

「いやいやいや! 待ってくださいリュウカさん! この家を買い取るんですか!?」

「うん。だってそうすれば私たち宿無しじゃなくなるでしょ?」

「そうですけど! 家なんてそんな……」

「もしかして、ギルドメンバーって家持っちゃいけないの?」

「別にそんな決まりはありません。ですけど、家を持つなんて……考えられません」

「考えられないって、何か心配事でも?」

「じゃあ逆に聞きますけど、リュウカさんはなにも思わないんですか!?」

「うーん、別になんにも……」


 むしろちょうどいいと思っているぐらいだ。

 どっちにしろ、転生者と悪魔憑きの2人組なんて、もし宿屋が無事に見つかったとしても泊まれたかどうかは怪しい。

 それになによりも、転生者を泊める恩恵を考えると、俺が断られることはないだろうが、シャルロットは断られる可能性は明らかに高い。しかも、汚い言葉をかけられるかもしれないのだ。そんなことをされたら黙っている自信は無い。

 結局、この家を買い取ってしまえば一石二鳥。俺もシャルロットも幸せだ。

 いいことずくめじゃないか。


「シャルロットが何を心配してるのかさっぱりなんだけど……」

「じゃあ言わせていただきますけど……お金はどうするんですか!? 家を買うなんて相当、それこそ想像もつかない金額がかかるかもしれないんですよ!! いったいどこにそんなお金が……! 自慢じゃないですけど、私ほとんど一日生きるのが精一杯のお金しかないんですからね!!」


 おう……それは確かに自慢できない。

 普段大人しいはずのシャルロットのキャラもぶれるというものだ。

 しかしお金か。忘れていた。確かに普通だったら家を買うにあたってまず最初にぶつかる壁が金銭問題。これは異世界に行こうと変わりない。そしてだいたいの人がこの壁を乗り越えられずに断念する。

 現にこうして状態のいい別荘が残っているのがその証拠だろう。

 皆、高くて手が出せないのか。それとも単に目につかないのか。

 まぁ、そこら辺の理由は今は関係ない。


「聞きますけど、今リュウカさんは10万ルペだまし取られた後ですよね! そんなお金あるんですか!?」

「やめて……思い出させないで……もう女の人が信じられなくなる」

「安心してください。今度はしっかり私がお教えしますから。怪しい輩の餌食にリュウカさんをさせません。守ります」

「これは頼もしい」

「ええまぁ。私もいろんな修羅場を……って今はそんなの関係ありませんよ! お金。あるんですか?」

「うーん。まぁ多分足りると思うけど……」


 俺は自信なさげに頬をかく。

 家の相場がどれだけか分からない以上断言は出来ない。

 するとシャルロットが手を差し出してきた。


「見せてください」

「え……なにを?」

「ストレージです」

「私の?」

「はい。リュウカさんのを」

「マジで?」

「マジです。私、これでも金銭の管理はしっかりしているんですよ。いつ何時全財産が無くなるか分からないので」


 管理できるようになった理由は悲しいが、そういうシャルロットの目は真剣だ。本気と書いてマジの顔だ。

 どうしようか。俺はストレージを取り出す。

 表に表示されている文字を見て、所持金の欄を見つめる。

 このあり得ない数字を見てシャルロットはどう思うだろうか。パッと見ても桁がやばいことになっている。

 たぶんだけど、軽く億は超えてるんじゃないかな……。

 俺はしばらくストレージとシャルロットの顔を交互に見比べた後―――ストレージをシャルロットの掌に置いた。

 まぁ、一緒に旅をすると約束した時点で、いずれはこういう時が来ることは分かっていた。常に一緒にいて、同じことをしているのに、俺だけ羽振りがいいのはおかしいからな。どれだけうまく隠してもいつかは変だと思うことだろう。

 そのタイミングがちょっと……いや、だいぶ早かっただけだ。

 シャルロットは俺から受け取ったストレージの表示に目を通した。

 その間に俺はそっと自分の耳を押さえる。

 だいたい反応は予想つく。こうでもしないときっと鼓膜にずんっとくるだろう。

 思った通り、それからすぐにシャルロットの、聞いたこともない程の声量の叫び声が聞こえてきた。

 耳押さえてて本当によかった。

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