第31話 おやすみなさい。

 さて、困った。

 現在、俺とリーズさんは無言のままベットに隣り合って座っているという状況に陥っているわけだ。

 リーズさんの話はすぐに終わった。

 思ったよりも早い終わりにどうしていいのか分からなくなる俺である。

 こういったとき今まで何も経験してこなかったことを物凄く後悔する。気の利いたことの1つでも言えればいいのだろうが、思ったよりも近いリーズさんの体に思考が停止してしまう。

 まぁ、座ってくださいと言ったのは俺だし自業自得なのだろうが、はたしてどうしよう……。

 リーズさんも俺という客の手前自分から立ち上がることもできずに、互い困った表情のまま固まっている。

 俺がどうにかしなければならない。

 分かっているんだが思っているよりも近い距離と、漂ってくる女性独特の匂いのせいで、思ったように頭が働かない。

 同性だということをフルに使った結果、もれなく俺の経験不足が露呈することになってしまったのだ。

 ほんと情けない……。

 本当にリーズさんには申し訳なくしていたところ、


『トンットンッ』


 備え付けの木製の扉から鈍い音が聞こえてきた。


「は、はい!?」


 突然鳴った音に驚いた俺がベットから飛び上がる。

 おかげで、部屋に充満していた気まずい空気がなくなった。

 ……のはよかったが一体誰だ。

 驚いている俺を置いて、ベットから立ち上がったリーズさんがドアのところまで歩いて行くと、何かに気づいたようにドアの前でしゃがみこむ。


「あらあら。まぁ」


 感嘆の声を出して俺に1枚の紙を見せてくる。


『リーズさん

 食事美味しかったです。この部屋に入っていくのが見えたのでご報告をと思いまして。食器は机の上に置いておけばいいと言って下さったのでお言葉に甘えてそうしました。

 では、おやすみなさい。

 追伸 このお部屋の方も今後ともよろしくお願いします。          』


 綺麗な文字で、どこから持ってきたのかも分からない紙にそう書いてある。

 すぐに、この手紙の差出人には見当がついた。

 黙ったまま食事をしていたあの性別不明の人物だ。

 思っていたよりも良い人かもしれない。字だって綺麗だし、言葉遣いが丁寧だ。


「こんな手紙を下さるなんて、いい人ね~」

「あの、それってさっき1階で食事していた人ですよね」

「ええそうよ。いつも食べ終えたら一言お礼を言ってくれる優しい人なのよ」

「そうなんですか」


 やっぱり悪い人ではなさそうだ。

 つい、見た目が怪しくて不審人物かと思ってしまった。心の中で謝っておこう。

 ごめんなさい。


「そうだったわ。片付けしなくちゃいけなかった。リュウカさん」

「はい。いろいろと教えてくれてありがとうございます」

「いえ、これが仕事ですから気にしないでくださいね。それと、申し訳ありません。今日の夕食の時間はすでに過ぎてしまいましてその……」

「ああ分かりました。大丈夫ですよ。お腹空いていませんから」

「そうですか。ならよかったです。では、小さいお部屋ですが今日のところはゆっくりとお休みくださいね」


 そう言ってリーズさんは部屋を出ていこうと鍵を開ける。

 内側からは手動で開けられるのだ。もちろん、鍵の形は手でひねるあれである。


「あの」


 俺はふと思い立ってリーズさんの後ろ姿に声をかけた。


「はい? なにかありましたか?」

「いえその、それを書いた人っていったいどういった人物かなと思いまして」


 俺はリーズさんの手に握られているお礼の紙を指さす。

 屋内でも顔を隠しているような人だ。正直気になる。


「知りたいですか?」

「え、ええまぁ」

「ふふっ……ごめんなさいね。お客さんの情報は話せないんです。たとえ、転生者さんでも」


 リーズさんは俺に微笑みを返して、部屋から出ていく。


「まぁ、そうですよねー……」


 部屋に残された俺は1人苦笑いを浮かべるしかない。

 そりゃあそうだ。異世界にだって守秘義務はある。じゃなかったら、俺が転生者だということは知られてしまっているはずだろう。

 俺は冷静になった頭で体を動かし、ドアを手動でロックすると、部屋の電気を消し、身を投げ出すようにしてベットに寝転がった。

 ベットの弾力は残念ながら日本のものとは比べ物にならないぐらいなかったが、それでもちょうどいい硬さをしていたために、寝るのに支障はない。

 俺は寝ころびながらここまで来るのにいろいろあったなと感慨にふける。


「思えば、まだ1日目の夜なんだよね……な」


 ここまでずっと(正確にはヘイバーン支部長の前以外だが)女性口調を意識していたから、ついつい1人になっても語尾がぶれる。

 それを意識しながら頭にここまであったことを思い出していく。

 24時間前、まぁ本当はどれだけの時間が経っているのか俺には分からないが、俺の体感的に1日前までは普通に地球の日本で男子高校生をしていた。ただの男子高校生『栗生拓馬』だったのだ。

 しかし、神様に雷を落とされ死んでから、あれよあれよのうちに女に変えられ、異世界にまで来てしまった。オークに追いかけられるというハプニングに見舞われたが、どうにか18禁のような展開にならずに、アーシャさんやミルフィさんに出会い、流れでバルコンド出身のお嬢様『リュウカ』となった。そして2人にこのアイリスタの街まで連れてきてもらい、ギルド会館で転生者だとばれたりして、でもこうして無事に寝床にたどり着けた。

 ゲームだとセーブをして電源を切れば物語の時間は止まるのだが、これは現実であり、どうしようとも進んでいく。

 食事もしないといけないし、しっかり寝なければいけない。死なないと約束されているが、この先の人生が順風満帆に行くとは約束されていない。


「これからどうしようかな……」


 俺の口から知らず知らずのうちに声がもれ出る。

 1人で暗い部屋にいると不安が募ってくる。

 ……いかんいかん! なんだかネガティブになってきたぞ! 昔からシリアスは苦手なんだよ! 

 だいたい、なに言ってるんだ俺は。夢が叶ったんだぞ。まぁ、神様のせいでひねくれた叶え方をされたが、そのおかげでいろんな良い思いをできた。美少女だから出来たことが数多くあった。胸に飛び込んだり、肩と肩が触れ合ったり。ドキドキの連続だ。

 まだまだ異世界生活は始まったばっかり。

 魔法だって分からないことばかりだし、武器だって手に入れていない。恩恵とやらを体験することもできていない以上、まだやることはたくさん残っている。

 それに、百合ハーレムの夢に向かって一歩も踏み出していない。始まったばかりで不安がっても仕方がないじゃないか。

 俺は気合を入れるように1回思いっきり息を吐きだすと、ギュッと目をつむった。


(寝よう。明日の事は明日考えればいいじゃないか。まずは、ここまで来れたことに安心して一休みだ……)


 そのまま俺はベットに体を預け、無心でひたすら眠るのを待った。

 こうして、俺の異世界生活1日目が終わる。

 おやすみなさい。

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