第23話 早くもばれました

 俺は言われるままお姉さんの目をじっと見つめていた。

 本当に魔法を使っているのか分からない、何も変わらないツリ目がちの目を見つめている内に、だんだんとドキドキしてきた。

 なんだろこの気持ちは。

 正体がばれるんじゃないかという恐怖だろうか……。

 受付でお姉さんは、仕事として見つめているのは分かっているのだが、眼鏡の奥の目を見ていると、胸のドキドキと相まって勘違いしてしまいそうになる。

 なるほど、これが吊り橋効果か!

 俺がそんなくだらないことを思っていると、ずっと真剣な表情を浮かべていたお姉さんが、少しだけ驚いたかのように目を見開いた……ような気がする。

 すると、すぐにお姉さんはそっと目を俺から外した。


「終わりました」


 お姉さんの言葉を聞いても、俺はお姉さんから目を離さない。


「あのリュウカ様、終わりましたけど……」


 冷静そうなお姉さんもこれには困った表情を浮かべている。

 俺は咄嗟に知らぬ間に乗り出していた体を元に戻すと、お姉さんに向き合う。


「ごめんなさい。あまりにも綺麗だったもんで」


 そして、ついそんなことを口走ってしまう。

 ……やばい。うっかり本音が出てしまった!

 これはすぐにでも訂正しなければ! どうか分からないが、もしお姉さんが俺のことを男だと気づいたのならば、俺は今だたのナンパ野郎だ。

 俺は急いで自分の言葉をごまかそうとしたが、混乱し過ぎてうまいこと言葉が出てこなかった。

 しかし、そんな俺に対して受付のお姉さんは意外にも顔を近づけて、俺にしか聞こえないような声で言う。


「ありがとうございます。まさか、転生者の方にそう言われるとは光栄です」

「……へ?」

「ふふ。少し待っていてくださいね」


 お姉さんは驚きのあまり止まっている俺を置いて、どこかに行ってしまう。

 残された俺は、どうにかしてお姉さんの言ったことを頭の中で整理していた。

 ちょっと待て。今お姉さん俺のこと『転生者』って言った?

 え? うそ? どういうこと……。

 てか、それってどうなの? やばいのか? 俺の知っているこういった物語って、あんまり転生者って言わないよね。ていうか信じてもらえないから言わないんだよな。

 俺だってそう思ってアーシャさんやミルフィさんにも適当な設定でごまかしてきたんだぞ。

 おかげでバルコンド出身のお嬢様なんてよく分からない存在になってしまったが、もし転生者がいることを知っている世界であったら、この設定自体必要なかったことになる。

 まぁ、それはいいが、しかし、消えていったお姉さんはまだ姿を見せない。

 この待ち時間が俺の心を不安にさせる。

 もしかしたら転生者はギルドメンバーになれないのかとか、下手したら物珍しい人として変に注目されてしまうかもしれないとか。転生者が実は悪い意味で使われており、俺はこのまま捕まってしまうんじゃないかとか。でも、お姉さんは喜んでいたように見えるからそんな心配ないなとか。

 そんな考えが堂々巡りをしていた。

 出来れば早くしてほしいのだが、お姉さんはまだ来る気配がない。

 カウンターは他にも4つあるから後ろに並んでしまうということはないのだが、それでもカウンターで長いこと立っているのはどうしても目立ってしまう。

 さすがに、ギルド会館にいる数名の目線は感じる。

 そんな中、俺のことを心配そうに見つめていた1人の人が、座っていた椅子から立ち上がり俺の方に向かって歩いてくるのが横目に見える。

 話しかけられる―――そう思った時だった。

 その人よりも先に俺の近くに来た人が、横から声をかけてきた。


「リュウカ様。お待たせいたしました」


 その声が受付のお姉さんのものだった。

 俺はすぐにお姉さんの方を振り向く。声をかけてくれようとした人は、安心したように自分の座っていた椅子に戻るのが見える。


「は、はい」

「それでは行きましょうか」

「えっと、どこにですか?」

「ああ心配しなくてもいいですよ。捕まえたりとかはしないので」


 お姉さんは俺の思考でも読むかのようにそう言う。

 小悪魔的笑みを浮かべていた。俺が焦っていること、知ってましたねあなた。

 俺はそんなことを思いながらも、お姉さんに言われるまま後ろをついて行く。すると、お姉さんは階段を上っていった。俺も後に続くように階段を上っていく。

 それには、ギルド会館にいた全員も驚いているようだ。ちょっとしたどよめきが、ギルド会館に巻き起こる。

 俺に話しかけてくれようとした人なんて、驚きのあまり座ろうとしていた途中の体勢のまま止まっている。何だか申し訳なくなってくるな。

 そんな、えてして会館中の注目を集めることになってしまった俺は、お姉さんに連れられ、ギルド会館の2階へとたどり着き、すぐ近くの扉の前に通された。


「あの……ここは?」

「ここはギルド会館アイリスタ支部の支部長のお部屋です」

「し、支部長!?」


 それってここ一番のお偉いさんってことですよね!?

 なんで初めて来たところで、こんなお偉いさんの前に出されるようなことになるんでしょうか。

 訳の分からないことに困惑しているうちに、お姉さんは冷静に説明してくれる。


「転生者の方には、直々に支部長のほうからお話しを受けることになっております」

「はぁ……」

「説明しても仕方がありません。百聞は一見に如かずです。開けますよ」

「は、はい!」


 俺は緊張気味の体を正し、お姉さんが扉を開けてくれるのを待つ。


「支部長。リュウカさんをお連れしました」

「……ご苦労様です」


 お姉さんが扉を開けた途端、ゆっくりとした老人のような声が聞こえて来る。

 かくして、姿を現した支部長は、声のとおり結構なお年を召した方だった。

 ちょっと安心した。

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