第39話 結果

「きゃっ!」


 俺は女の子らしい悲鳴をあげながら、草原をこれでもかという勢いで転がっていく。体には傷が多く、所々が爪でひっかかれたような切り傷もついていた。

 血が出ているほど傷が深いところもある。

 そんな俺に追い打ちをかけるようにオオカミたちが向かってきている。


「ちょ、ちょっと待って! 群れはダメだって! ね? こっちは1人なんだよ! もうちょっと手加減を」


 止まるわけのない魔物に向かって命乞いをする俺。

 まったくもってだらしがない。

 転生者リュウカ、初戦でこっぴどくやられていた。

 その場からなんとか立ち上がると、俺は当たり前のように俺のことを殺そうとして来るオオカミたちから逃げるように走り出した。

 オオカミの一撃で飛ばされて、ちょうどオオカミの包囲網から抜けることだ出来たのは幸いだが、相手は完全に目が血走り怒り狂っている。

 獰猛に口を開きながら、俺を狙って突き進んでくるオオカミたち。

 振り出しに逆戻りだ。

 だがしかし! 手にはちゃんと白薔薇が握られている。

 どんなことをされようとも、これだけは死守した! 褒めて!


「くっそ! 死なないってだけで普通に痛覚は生きてんだよなぁ!!」


 俺はそう叫びながらも必死で傷だらけの体にむち打って、草原を逃げ回る。

 俺がオオカミたちから逃げ出した理由はそこにあったのだ。

 単純に考えれば当たり前のことだが、この世界の恩恵は『寿命以外で死なない』ってだけで『痛覚が無くなる』わけじゃない。

 つまり、オオカミたちの攻撃を受ければ普通に痛い。というか、魔物の攻撃なのでちょっとペットに引っ掻かれた程度のわけがなく、攻撃自体が重く、激痛が伴うのだ。

 そして、戦闘初心者の俺は避けることもできずに、ほぼすべての攻撃を四方八方から受けたというわけである。

 これだけ走れているのが奇跡というぐらいに全身が痛い。下手に死なない体なのがかえって、俺の苦痛時間を延長させていた。


「おいおいおい! マジじゃん! マジで殺しに来てるじゃんか! 勘弁してくれ! 謝るからさ!!」

『ガウガウガウ!!!!』


 俺の声なんて聞こえていない。もう、止めることが出来ないところまで来てしまっている。

 こんなんになるんだったら、挑発なんてするんじゃないかった!

 死なないっていうワードを過信し過ぎてたわ! ほんとごめんなさい!

 耐えればいいやとか思ってた少し前の自分を殴ってやりたい!

 もう、バカバカバカ!


「ほんと、誰か助けてくださーい!!」


 俺は涙目になりながら助けを請う。

 これも2回目。なに? 俺って魔物に追いかけられる運命なのかな!?

 それとも運命をつかさどる神様に嫌われてる?

 ……それはありそうだから笑えない。

 とにかく俺は、後ろにオオカミたちの群れをひきつれながら、誰かいないかひたすら草原を走り回る。

 ギルドメンバーは大量にいるんだ。こんな広い草原、どこかしらには1人ぐらいいるだろう。そいつには悪いが、道連れにさせてもらおう。もしもの時は恩恵を信じてそいつの武器をかっさらって、俺自身がオオカミたちに反撃といこう。

 もう前みたいにストレージを落とす心配はない。落ちないようにしっかりと体に収納した。どうやら、ストレージ収納は服を透過するようで、ポケットの中にあるストレージを意識して『入れ』と念じたら、勝手に体に入っていった。ポケットの中にストレージの感覚がないのがその証拠。おかげで左太ももというよく分からない場所にストレージがあるのだが、そんなことどうでもいい。

 今はとにかく逃げる。

 もうこうなったら、誰か見つけるか、オオカミたちが俺を追うのを諦めるまで追いかけっこを続けるつもりだ。

 こっちは疲れにくい体。もうストレージを落とす心配もない。

 俺がへましたり、敵が思わぬ動きをして進行方向を妨害しない限りは、この勝負勝てる!

 俺は確信にも似た気持ちのもと、進み続けた。

 もう痛みとかそんなん気にならないぐらいに全速力だ。


「ガウ!!!!」


 後ろのオオカミがなにか吠えたが、どうせ追いつけないと思って焦っているだけだろう。

 まさに負け犬の遠吠えってやつ―――――。


「ちょ、うそだろ!?」


 そんな時、俺の体をなにかが飛び越えた。

 俺の体に影が差し、頭上を悠々と飛び越えて、俺の目前に飛び出てきたのはオオカミたち。

 それも1匹じゃない。5,6匹のオオカミたちが高い跳躍力を利用して俺の進行方向に立ちふさがっていたのだ。


「ちょっと本気すぎるでしょ」


 たかが白い薔薇だよ。食料とかならまだしも、ただの花にどこまでやる気なの。魔物に使い道があるとも思えないのに、必死になり過ぎだってば!

 前にもオオカミ。後ろにもオオカミ。しかも、知能が高いからか、横から逃げられないように広がりながらじりじりと俺を囲み始めている。

 もう勘弁してくれよ! こっちは死なないんだから、いくら君らが攻撃してもどうしようもないよ! 激痛がはしるだけなんだよ! ほんとにそれだけなんだってば!マジで!

 まぁ、白薔薇を離せばいいだけのような気もするが、苦労して集めた手前そうやすやすと諦めるつもりなんてない。

 オオカミたちは完全に俺を取り囲んだ。

 その目からは絶対に逃がさないという強い意思が見てとれる。

 万事休す。


「ガッガウウウ!!」

 

 そんな中、1匹のオオカミがこちらに牙をむいて突撃してきた。

 や、やばい。これ激痛だけじゃすまされない。

 しかもこいつ、的確に白薔薇を持っている手を狙おうとしている。

 普通殺すつもりなら首元に襲い掛かってきてもおかしくないところを、オオカミは一直線に白薔薇を掴む手首に向かって口を開いている。

 あれで噛まれたらひとたまりもない。

 ど、どうする。どうしようもないぞ。武器さえあればこんなやつ楽に倒せるはずなのに。

 やっぱ、大人しくアーシャさんとミルフィさんを探して武器屋に行っとけばよかったよ! こいつらなんか思った以上に強すぎるもん!


「も、もう終わりだ……!」


 せっかく集めたのにこんな魔物に渡すことになるなんて。初めての依頼だったのに! くそっ!

 俺は来るだろう苦痛に身構えるように、いろいろと覚悟を決めた。

 目を瞑り、その時を待つ。

 逃げ場のない俺にはそうすることしか出来なかった。


「―――……の子から離れろ!!!!」


 そんな時だった。

 遠くの方から誰かの声がする。

 そう感じた瞬間。


 ドゴンッ!!!


 地面がえぐれるような凄まじい音と衝撃が俺の体を揺らす。

 あまりのことに尻餅をついた俺はそのまま目を開けた。

 そこには1人の女性が立っていた。

 騎士の鎧のような服装をして、俺の前に毅然きぜんとした姿で立っている女性。その後ろ姿はある人物を思わせる。

 オオカミたちも突然現れた女性に警戒しているようで、攻撃の手を一旦止めた。

 その隙をつくように、もう1人がこの場に現れる。


「大丈夫!?」


 俺を心配するように膝をついて俺の顔を見てくる女性。

 母性を感じさせる優しそうな顔。ふわふわな髪が印象的な癒し系のお姉さん。そしてよく育ったお胸。

 互いが目を合わせて驚いたように固まる。

 見覚えがあるってほどじゃない。知っている人物だった。


「ミルフィさん……!」

「リュウカちゃん!」


 俺とミルフィさんはまったく同じタイミングで、お互いの名前を呼び合った。

 てことは、騎士のような鎧をつけているこの女性は……。


「大丈夫か? リュウカ」


 そう言って横顔を見せたのはミルフィさんと仲のいいアーシャさんその人だった。


「アーシャさん!」


 俺はたまらず声を上げる。

 なんなんだこの人は。登場の仕方といい、駆けつけるタイミングといい、かっこよすぎる! さすがっす姉御! 助かりました!

 そんなわけで、俺はまたもやピンチをアーシャさんとミルフィさんに助けられたのだった。

 これも2回目である。

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