第40話 再会の3人

 はてさて、ピンチのところをアーシャさんとミルフィさんの主人公のような登場の仕方で俺が助けられてから、それからがすごかった。

 アーシャさんは手に持っている槍を構えると、後ろを振り向きもせずにこちらに声をかけてくる。


「ミルフィ。リュウカのこと頼んだぞ」

「うん、分かったわ」

「え? まさか、このオオカミたちみんなアーシャさんが相手するんですか?」

「オオカミ? ああこいつらか。そうだが、問題あるか?」

「結構強いですけど……それに数も多いし」


 俺は自分の周りを見渡す。

 群れで襲ってきただけあって、取り囲むオオカミの量は相当数いる。これを、アーシャさんは1人で捌こうとしているということだ。

 てっきり、ミルフィさんも加わるのかと思っただけに、つい助けられたくせの俺が心配そうな声を上げてしまう。


「なに、心配するな。これでも私は強いんだぞ」

「ふふ。大丈夫よリュウカちゃん」


 アーシャさんとミルフィさんに焦りの表情はない。むしろ、当たり前のような雰囲気だ。

 そのまま、アーシャさんは構えた槍をなんの躊躇ためらいもなく、オオカミたちの群れに対して横に払った。

 槍が、その長さを活かしてオオカミたちの群れを一網打尽にしていく。

 あっけなくオオカミたちの半分が、アーシャさんの攻撃によって吹っ飛ぶ。そして、そのままこの空間からもやとなって消えてしまった。

 ……倒したってことでいいんだよね?

 靄になって消えるとかゲームみたいな演出だが、実際オオカミたちの半分はいなくなったわけだし、まぁあまり気にしないでおこう。

 グロテスクなものを見なかっただけよかっただろう。正直、魔物とはいえ真っ二つにされたりするのを見たら吐く自信がある。


「ガガウ!!」


 仲間がやられたことに、俺の後ろにいたオオカミたちが怒り狂って、尻餅をついている俺に向かい牙をむいて襲い掛かろうとする。


「ちょ、こっちきてますよミルフィさん!」

「ふふ。大丈夫。大丈夫」


 いやいやいや! 大丈夫ってあなた! 殺意の塊の様にこっちに来てるんですけど!? そんな穏やかに笑う場面じゃないですってば!

 俺が内心でめちゃくちゃ焦っていた時。


雷鳴槍らいめいそう!!!」


 アーシャさんの鋭い声で、オオカミたちの前に槍が突き刺さった。槍はその名の通りに武器全体に雷を纏っており、それが地面を伝ってオオカミたちにだけ直撃した。

 オオカミたちが感電したように体を震えさせている。

 数秒後、オオカミたちは1匹残らず靄となって消え去った。

 つ、強えー……。

 俺が情けなく逃げ回ることしか出来なかったオオカミたちを、アーシャさんは1分もかからないほどの早業で倒してしまった。

 俺が呆気にとられている間、アーシャさんが地面に突き刺さった自分の槍を引っこ抜き、ほっと一息している。

 ミルフィさんは俺に回復魔法のようなものをかけてくれており、気づけば体にあった無数の傷が見る影もなくなっていた。

 アーシャさんが俺達の方に近づいてくる。


「大丈夫だったか?」

「は、はい。おかげさまで。助かりました」

「まったく。こんな立て続けに魔物に追われるリュウカを助けることになるとはな」

「あはははは……ほんとですね」

「なんなんだ? リュウカは魔物に追われる運命でもあるか?」

「さぁ、なんででしょうね」


 それは俺が知りたい。


「でも、びっくりしちゃったわよアーシャちゃん。突然飛び出すんだもん」


 ミルフィさんの声が俺の頭の上で聞こえる。

 というのも、現在俺はミルフィさんに後ろから抱きしめられているのだ。

 なんでか分からないが、まぁ、頭に感じる気持ちい感触があるので何も言うまい。後頭部が幸せです!

 大きなぬいぐるみになった気分だ。


「悪いな」

「もう。馬車から飛び降りた時はなにごとかと思って焦っちゃったんだから。そしたらそこにリュウカちゃんがいるし、なにがなんだか」

「ミルフィはリュウカだと知らなかったのか?」

「知らなかったわよ。アーシャちゃんを追うのに必死だったんだから。馬車の人にも説明しないといけなかったし」

「あぁ……悪い」

「でもまぁ、こうしてまたリュウカちゃんに会えたんだからいいんだけどね」


 そして俺をぎゅっと抱きしめるミルフィさん。

 あぁ! お胸に、お胸に頭が埋まってとても気持ちいいです……!


「それにしてもリュウカ。なんでこんなところにいたんだ? 武器も持ってないようだし危ないじゃないか」


 アーシャさんが心配したように膝を曲げて、俺の顔を覗き込んでくる。


「それはですね。これを採っていたんですよ」


 俺はアーシャさんに見えるように手に持った白薔薇を掲げた。

 それを見てなにやら納得したような表情になる。


「白薔薇か」

「はい。依頼で5本集めるようにってなってたので」

「それで、こんな街の外に」

「はいそういうわけです」

「はぁ……だから魔物に襲われてたんだな」


 アーシャさんが呆れたようにため息をついた。

 ん? なにかまずいのだろうか。

 俺が訳が分からずに首をかしげていたら、ミルフィさんが説明してくれる。


「えっとね。白薔薇って独特な香りがするでしょ」

「はい。結構好きだったのでこうして持ち歩いてるんですけど」

「実はね、その白薔薇の香りって人以外にも魔物も虜にしちゃうところがあってね。長時間持ち歩いていると、香りが魔物を呼び寄せちゃうのよ。たぶんだけど、ウルフたちもそれに引き寄せられてリュウカちゃんを襲ってたんじゃないのかな」

「あー……やっぱりですか……」


 まぁ、明らかにあのオオカミたちの狙いがこの白薔薇なことは分かってたけど、ついつい美少女×花の構図が絵になり過ぎて、手に持ってしまっていた。

 通りで逃がしてくれないわけですよねー。


「しかも、リュウカは4本も持ってるからな。相当香りが強かったんだろう。普通、ウルフたちがあそこまで群れを成して追ってくるなんてことない」

「そうなんですか」

「ああ。ウルフは警戒心が強くて深追いはしない魔物なんだよ。だから、上手くすれば逃げ切れるはずなんだがな」


 俺が白薔薇を4本も持っているために、そんなの関係なしに奪いにきたと、そういうわけである。

 自業自得。なんだか申し訳なくなってくる。


「まぁいい。ひとまずウルフたちは倒した。しばらくは襲われないだろう」

「あの、それでこれはどうすれば?」


 俺は白薔薇を見つめる。

 香りが魔物を引きつけてしまうのであれば、ここからは魔物と戦いながらアイリスタに戻らなけらばならないのだろうか。

 そう思うと、武器を持ってない俺は戦力にならないからアーシャさんとミルフィさんに迷惑をかけてしまうことになる。

 それはさすがに……。


「リュウカちゃん。ストレージって持ってる?」

「ああはい。ここに」


 ポケットを叩くがストレージの感触がない。

 そうか。そういえば体に入れていたんだった。

 俺は意識的に体からストレージを出す。ポケットに感じ慣れた重さが来る。

 俺は真っ黒な板をポケットから取り出した。


「じゃあ、そこに白薔薇を入れて。そうすればもう香りが外にもれることはないから」

「はい。分かりました」


 俺は握りしめていた白薔薇4本をストレージに近づける。

 すぐにストレージの中に白薔薇が吸い込まれていく。

 たちまちに匂っていた白薔薇の香りがなくなった。これで大丈夫なようだ。魔物を引きつける心配はない。


「なにからなにまでありがとうございます。助かりました」

「ううん。別に気にしなくていいよ。私たちもリュウカちゃんのことずっと気になってたから」

「悪かったなリュウカ。どうも私たちはギルド会館に近づくと騒ぎになってしまうみたいでな。すぐには近づけなかったんだ」

「本当だったらすぐにでも会いに行こうと思ってたんだけど、毎日の拠点の見張りもあったから行けなかったのよ」


 2人して俺に謝ってくる。

 なんか、助けられたうえに謝られるとか罪悪感がハンパじゃない。

 俺はすくっとミルフィさんの腕の中から立ち上がり、2人に元気な姿を見せる。


「大丈夫ですよ。2人とも気にしすぎです。こうして私はお2人に助けられた。それだけでもう十分ですから」

「リュウカ……」

「リュウカちゃん……」


 感嘆とした声をあげて、2人は俺を見る。

 きっと、姉御や姫と呼んでいる人たちにとって2人にここまでの心配を向けられるのは羨ましいことなんだろうが、どうもきれいな女性が落ち込んでいる姿は苦手だ。

 そんなことよりも笑っていてほしいと思ってしまう。


「さぁさぁ、立ってください」


 俺がわざと元気な声を出して2人を立たせる。

 まぁ、助けられた側が何様だって感じるだろうが今は気にしない。


「お2人は馬車に乗ってたってことですが、アイリスタに戻る途中だったんですよね?」

「ああ。リュウカのことが気になったからな」

「拠点の見張りを他の人に任せて、私たちは一足早く切り上げたのよ」

「あー…なんかもうすいません」

「いいのよ」

「リュウカが謝ることじゃない。私たちがそうしたくてしたことだ」

「……分かりました。では、一緒にアイリスタに戻りましょう」


 依頼の白薔薇はもう5本集まっている。

 達成報告のため俺自身もアイリスタへ帰る必要があったし、ちょうどいいだろう。


「いいのか? まだ白薔薇は4本だろ? あと1本だったら私たちも探索を手伝うが……」

「大丈夫ですよ。実は、残りの1本は1番初めに見つけててストレージに入れてありましたから。さっきの4本と合わせて依頼達成です」

「そうなのね。じゃあ、帰りましょうか。どうせアーシャちゃんが飛び出したせいで、もうさっきの馬車には乗れないし」

「……すまん、体が勝手にな」

「ふふっ。誰も責めてないわよ。むしろアーシャちゃんのそういったところ、私は好きよ」

「ミルフィ……お前」


 ミルフィさんの優しい言葉でアーシャさんが涙目になっている。

 相当嬉しそうだ。なんかいいな、こういうの。


「さぁ、アイリスタまでお散歩しましょ。アーシャちゃんもリュウカちゃんも、ね」


 ミルフィさんの先導で3人でアイリスタに向かう。

 お散歩である。

 アーシャさんとミルフィさんに挟まれるようにして、真ん中を歩く俺は、2人のお姉さんとの散歩でうきうきしていた。そんなとき不意に頭の中にある不安がよぎる。

 白薔薇の依頼主。確か、旦那さんを喜ばすために庭に植えるって言ってたよね。白薔薇の香りが人以外にも魔物も引きつけること、知ってるんだろうか。

 楽しい新婚生活のためにも、なんかこの依頼、達成しない方がいいんじゃ……。

 まぁ別に、見ず知らずの他人であるからいいんだけどさ。俺はただ依頼を受けただけだしね。でもさ、この白薔薇のせいで魔物に襲われましたーなんてオチ、目覚めが悪いにも程があるんだけど。

 そこらへん、奥さんの方は考えているのだろうか。

 考えていると願おう。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る