第115話 ギルド会館の内装

 日がおちて真っ暗なナイルーンの街を俺とシャルロットは歩いていた。

 目指すのはこの街に来て一番初めに行ったギルド会館。

 宿無しの俺たちが唯一見つけた野宿を回避する手立て。家を買うという大きな目標を胸にひたすらに歩いていく。

 その道中で気づいたことだが、ナイルーンの街はその景観からして他の街から訪れる人の多い、いわば観光名所だ。

 暗くなったというのに道行く人の数は昼に比べても大して変わらない。

 賑わいを見せる酒場。飛び交う笑い声がアイリスタとは全く違う夜の雰囲気を作り出していた。

 アイリスタよりも明るい。雰囲気もそうだが、なによりも白塗りに統一された街並みが月明かりを反射させて、どこか夢のような幻想的な雰囲気を醸し出している。

 そんな街中を歩き進み、俺たちは目的のギルド会館ナイルーン支部へと到着した。

 3段ぐらいしかない階段をのぼり、両開きのドアを開ける。

 すると、見慣れた景色が俺たちの前に広がった。

 内装は木造。ドアを開けた左手には大きな木材の掲示板があり、たくさんの依頼書が並んでいる。掲示板を抜けまっすぐ行けば壁を利用した受付があり、そこで職員の服を着たお姉さん達が、訪れるギルドメンバーの対応をしている。

 そして一番右には2階へと続く階段があり、あとはギルドメンバーの休憩のための机と椅子が置かれている。

 ギルド会館ナイルーン支部の中に入るのは本日2回目。

 しかしやはり同じ言葉が出てしまう。


「やっぱり。アイリスタと全く同じだ」


 そう。ギルド会館の中は俺が初めて行ったアイリスタ支部と全く同じ内装をしていた。使われているものすべて、寸分たがわぬぐらいに同じ造りとなっており、まるで自分が今この瞬間だけアイリスタに戻ってきた気分になる。

 足を止めた俺に、気持ち街を歩いていたときよりもフードを目深にかぶったシャルロットが隣に並ぶように立つ。


「当たり前ですよ。数時間前にも言いましたけど、ギルド会館はどこも同じ内装をしているんですから」

「でもさ、こうもきれいに一緒だと変な感じになるよね」

「まぁそれは否定しません。私も癖でお姉ちゃんがいないか見渡してしまいましたから」

 

 シャルロットが苦笑いを浮かべる。

 フードを目深にかぶっているように思ったのもどうやらそれが原因らしい。

 癖は簡単には抜けないのだろう。特に毎日のように気にしていたのなら尚更。

 シャルロットはフードの位置をさりげなく直すとそのまま、昼にも聞いた話を続けてくれた。


「ギルド会館は大陸中を渡り歩く可能性のあるギルドメンバーのために施設です。それが街によって内装が変わっては混乱してしまうかもしれない。そんなトラブルを危惧して、作るときに外観は変えてもいいが内装は統一しようということになったらしいですよ」

「確かにそうすれば使うに困ることはないよね。どこに行けばいいか入ってすぐ分かるのは便利だよ」


 簡単に言えば大型チェーン店の内装みたいなものだ。

 まぁあっちは地域ごとに違いはあるけど、結局システム自体は変わらない。知らない土地でも安心して利用できるというのはやはり気持ち的に大きいところはある。

 ギルド会館のシステムはそれのさらに典型的なもの。本当にきれいに全てを同じにしているらしい。

 便利は便利。だけど、どうしても俺には首をかしげてしまうことだ。


「でも、そこまで必要とは思えないけどなぁ。別にきれいに同じじゃなくてもそれなりに似てればそれでいいとも思うけど」

「まぁそこはきっと、ギルドメンバーへの安心感を重視しているのではないですかね。死闘を繰り広げて帰って来る方も珍しくないので。現に私たちもちょっと楽じゃないですか? 街を歩いている時に比べて肩の力が取れたというか」

「……かもね」


 シャルロットの言った通り、ギルド会館に入った瞬間安心感が身体中を駆け巡ったのは事実だ。まるでアイリスタに帰ってきたと思わせてくれる。

 いくら順応性が高くても初めてのところでは無意識に肩に力が入るというもの。さらに命の駆け引きから無事帰還したらなおさら、体に入る力も多いはずだ。

 つまり会館自体が1つの安息所という役割を担っているのだろう。

 俺はシャルロットの説明に頷くと、止めていた足を動かして受付へ向かっていく。

 空いている場所を探して職員の人に声をかける。


「すみません」

「はい。なんでしょうか」


 職員のお姉さんの平坦な声が続く。

 俺はその人に対して事務的な挨拶をすませると、街外れの崖上の家のことについて話し始めた。

 住むことが出来ないかといった旨を簡単に説明していく。


「……分かりました。では、ストレージをお見せください。買うために必要な金額があるかどうか確かめたうえで、細かいことを決めていきますので」

「はい」


 俺はそのままストレージをポケットから―――じゃない、しまってあった左手の掌から出し、お姉さんの前に置く。

 お姉さんは丁寧な手つきでストレージを触ると、表示された情報を見ていく。

 番号から名前、そして所持金へと目が動く。


「っ―――」


 息をのむような声が聞こえてきた。

 お姉さんの目は所持金の欄を見て一瞬止まった。

 やっぱり驚くよな。

 さすがにシャルロットみたいに大声をあげることはなかったが、顔をストレージからあげたお姉さんの目が俺の容姿を捉える。

 何か言いたげに見つめる目に俺は少しだけ恥ずかしくなってしまう。


「リュウカさん」

「は、はい」

「……申し訳ありませんが少し確認したいことがあります。そのまま私の目を見てください」

「いいですけど……なにするんです?」

「単なる魔法です。初めてギルドメンバーになったときに受けた魔法ですよ。心配いりません。すぐ終わりますので」


 そう言ってお姉さんの目が少しだけ怪しく光る。

 俺を捉え、奥まで見透かされているような間隔がする。

 恥ずかしいというよりも不安が募る。どうも俺は女性と目を合わせるのが苦手らしい。ドキドキが不安を増大させる。

 そんな俺のことなど気にも止めていないお姉さんは、言った通りすぐに目を俺から離すと、何やら納得したような表情を向けてきた。


「そういうことでしたか。すみませんリュウカさん。失礼なことをしました」

「いえ構いませんけど……」

「少々所持金の欄を見て怪しいと思ってしまいまして。これが不当な方法で手に入れたお金ではないかと確認させていただきました」

「それで結果は……」

「問題ありません。これは正当なお金であることは確認できました。確かにこのお金はロンダニウスで回っているものです。特別な……ですけどね」


 お姉さんは最後に特別という部分を強調して椅子から立ち上がる。


「それではリュウカさん。担当のものを連れてきますので少々お待ちください」

「はい。分かりました」


 そのままお姉さんは受付の奥に姿を消していく。

 隣でその一部始終を見ていたシャルロットから声がもれる。


「特別なお金……? いったい何の」

「さ、さぁ。私にもさっぱり」


 俺はシャルロットの呟きに冷や汗をかきながら適当にごまかした。

 

「でもとりあえずこれで野宿は避けられましたかね」

「たぶんね」


 まだそうだと決まった訳じゃないのではっきりとは言えないが、あの様子から見ればほとんど野宿はしなくてもすみそうだ。

 そう思っていると、隣のシャルロットが俺の方を向き、少しだけ申し訳なさそうに眉を垂れされていた。


「……ごめんなさいリュウカさん」

「なんで謝るの?」

「だってお金、全部出してもらうので」

「いいよいいよ。どうせたくさんあったって仕方ないし。使えるときに使わないと」

「そうは言っても申し訳が……せめて少しぐらい……」


 そう言ってシャルロットがストレージを手に持ったので俺は慌ててそれを止めた。


「大丈夫だから! お金のことは気にしないでって」

「ですけど……」

「いいのいいの。シャルロットはこうして一緒にいてくれるだけで私にはご褒美みたいなものだから。そうそういないよ。こんなかわいくていい子。そんなシャルロットと一緒に旅が出来るだけで私はもう大満足です!」


 俺はシャルロットにニコッと笑顔を向ける。

 これもまた美少女パワーなのだろうか。男だったらこんなセリフ恥ずかしすぎて言えない。しかし、今は不思議とすらすらっと出ていた。

 実際結構シャルロットと一緒にいると楽だし、幸せだ。可愛らしい容姿に性格もいい。ケモミミも生えているし、これ以上ないぐらい最高だと思う。こんな子と終始一緒に居られると考えただけでもう、興奮が……!


「―――リュウカ様。そのぐらいで抑えないと、今度は注意だけで済みませんよ」


 俺が人知れずシャルロットに鼻息を荒くしていると、受付の方から冷たい声がもたらされた。

 ぴしゃりと俺の興奮を抑えるこの声は……。

 俺はまさかと思い受付の方に目をやると、そこには先ほどいたお姉さんとは違い、どこか鋭い雰囲気を纏う見慣れた眼鏡の知的な受付嬢が座っていた。

 こちらを警戒するようにじっと見つめて。

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