第75話 花畑の所有者

 おばあちゃんは器用に自分で車いすを動かしながら俺たちを家の中に案内してくれる。

 通されたのはリビングだった。

 4人用の机に二脚の椅子が並べられている。

 おばあちゃんは「どうぞ」と言って俺たちに椅子の方を勧めてくれた。

 俺たちが座ったところでおばあちゃんがキッチンからコップを2つ取り出すと水を出してくれる。

 なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、俺たちはどうすることもできない。ただ、シャルロットはジッとしているのが我慢できなかったのか、椅子から立ち上がると、水の入ったコップをおばあちゃんから受け取りこちらに持ってきていた。


「ありがとう」


 おばあちゃんが嬉しそうに笑みを浮かべている。


「これぐらいなんてことないです」


 短い会話をして、シャルロットが俺と自分の前にコップを置く。

 それを見ていたおばあちゃんが俺たちの対面、椅子もなにもない場所に来るとにこやかな表情を向けてきた。


「まさか、こんなにも早く依頼が受理されるとは思わなかったわ」


 頬に手を当てうふふっと笑うおばあちゃんは本当に嬉しそうだ。

 ただの欲望のままに受けたとは到底言えまい。

 黙っておこう。


「意外、でしたか?」

  

 シャルロットが首をかしげる。


「ええ。依頼を出したとき、ギルド職員の方に言われたのよ。この報酬では受けてくれる人は少ないですよって」

「まぁ、確かにそうですね」


 つい俺は頷いてしまった。

 魔物の討伐でマフラー1つは興味をひかれない。むしろ嫌がる人もいるだろう。

 それに、依頼の人数指定もあるので、目に入ったところでこんな依頼受けるギルドメンバーは少ない。

 それこそ、俺のようなお金にも武器にも、なにも困ってない変わり者ぐらいしかいないだろう。

 

「報酬を増やそうとは思われなかったのですか?」


 俺は聞いてみた。

 ギルド職員に前もって言われていたのならどうにでもできたはずだ。少なくともマフラーを2つにするとか。そういった対策が。

 しかし、おばあちゃんは変わらずそのままで依頼を出した。

 受けられなくてもよかったのだろうか。


「こんな老いぼれの1人暮らし。出せるルペもありません。出来るとすれば昔から得意な編み物だけ」

「じゃあ、マフラーは」

「手編みですわ」


 これはまた、予想外な展開になってきたな。

 報酬がマフラーってだけでも驚きなのに手編み。そんな文化こっちの世界でもあるんだな。


「それなのに依頼を出したということはよっぽど困ってらしたんですね……無事でよかった……」


 シャルロットがおばあちゃんの胸中を察して悲しそうな表情を浮かべる。


「ああいえ、それほど困ってはなかったんです」


 悲痛はシャルロットとは裏腹に、おばあちゃんは意外にもあっけらかんとした声を上げた。

 これには俺も驚き目を見開いてしまった。

 あ、そうなんすか……。

 あまりのことにシャルロットもポカンとした表情に変わる。

 俺が思ったことと全く同じことを聞く。


「へ? そうなんですか?」

「ごめんなさいね。変な気分にさせちゃったわね」

「あ、いえ、別に……私が勝手に解釈しただけで」


 シャルロットは恥ずかしそうに下を向いている。

 きっとフードの下は真っ赤だろうな。

 かわいいだろうし見てみたいのだが、今はこの気持ちは封印しておこう。

 下を向くシャルロットの代わりに俺がおばあちゃんと向き合う。


「じゃあなんで依頼を?」

「困っていないと言っても被害があるのは事実なのよ。ある日から家の周りの花の一部分が枯れるようになってね。なんでかなって思って夜見てみると、多くのウォーターがその部分にだけ集まっていたのよ。だから枯れちゃったんだってわかったのだけれど、私にはどうすることも出来なくて。とりあえず依頼を出したのよ。こんな体じゃ魔物の相手なんて無理ですしね」


 その発言を受け、ついつい視線が車いすに向かってしまう。

 俺はすぐに目線をあげて、おばあちゃんの顔を見る。


「おばあちゃん自身は襲われてはいないと」

「ええ。なにもしてこないの。だから、そっちのお嬢さんが想像したことよりも困ってはないのよ。無事でよかったって言ってくれたってことは、もっとひどいこと想像しちゃったのね」

「あ、はい。襲われてるのかと思っちゃって。こんな草原に家あるし、おばあちゃん車いすで、それで……」

「ほんのちょっとの会話でそこまで心配してくれるなんて。優しい子ね。きっと、家族に愛されて育ったのね」


 おばあちゃんはまるで孫を見るように穏やかな微笑みをシャルロットに向けている。

 するとシャルロットは、フードを力強く握りしめ、さらに深くかぶってしまった。


「いえ、そんなことありません。私は家族にとって荷物同然。いない方がいい存在なんです」

「あら、そんなこと言ってはダメよ。どんな子だって家族にとっていらない子なんていない。だから、顔を」

「私のことはいいです。それよりも依頼を達成しましょう。早くおばあちゃんを安心させてあげたいですから」

「あなた……」


 まるで話題から逃げるようにシャルロットは無理やり話題を変え俺を見てくる。

 仕方ないか。

 俺は心の中でため息をつくと、上着のポケットの中からストレージを取り出した。

 そしてその中から依頼書を取りだし、シャルロットを気にしているおばあちゃんに見えるように机の上に置いた。


「一応確認させてください。ここにかかれている依頼主『ステラ』とはあなたのことで間違いないですか?」


 おばあちゃんは俺の指さす項目を見つめると、すぐに頷いた。


「ええ。間違いないわ」

「よかったです。すみません、受ける側としても確認が必要みたいなんでさせてもらいました」

「構いませんよ。あなた達の名前は?」


 ステラさんが問いかけてくる。

 それには初めに俺が答える。


「私はリュウカって言います。こっちは」

「シャルロットです」

「そう。リュウカさんにシャルロットさんね。2人ともかわいい名前よ」

「ありがとうございます」


 俺がお辞儀をすると、そのまま指を動かしさらに細かく確認していく。

 依頼書に違うところがないか。問題がないか。

 こういう家にまで訪ねる依頼というのは今回が初めてで、受付で受理してもらったときにあの受付のお姉さんからなにかと教えてもらった。

 依頼主と直接会う場合、まず互いの認識を合わせる必要があるという。どうも、トラブルと少なくするためとかで。依頼書を出し、お互い内容を見て判断する。

 依頼者は自分の依頼の再確認。そして、ギルドメンバーも依頼主が信頼できる人物かをここで探る。

 ちょっとでも違うと言えばその段階でギルドメンバーが断ることも可能というわけだ。命を張るのでこちらに優先権があるらしい。

 ここはちょっと日本と違う。

 俺とステラさんが確認し合っている間、シャルロットは静かに黙ったまま話を聞いていた。


「これで全部ですね。何も問題ありません。私たちはこれからステラさんの依頼である、ウォーターの討伐をします」

「はい分かりました。よろしくお願いしますわ」


 そう言ってステラさんは俺に対して手を差し出す。

 俺も答えるようにその手を握った。

 そしてシャルロットの前にもステラさんは手を出してきた。


「…………」


 しかし、シャルロットがそれに答えようとしない。


「シャルロット?」


 俺が顔を覗き込むと、シャルロットの視線が依頼書に集中していることが分かる。依頼書と家の中を交互に見た後、差し出された手に気づいたのか慌ててその手を握る。


「あ、ご、ごめんなさい。ついぼーっとしちゃってて」

「いいんですよ」

「なにか気になることでもあった?」


 俺がそう聞くと、シャルロットはまたしても家の中を見渡してから、迷うような間をおいて口を開いた。


「あの……こんなこと聞いていいか分からないんですけど」

「なにかしら?」

「ここにある文字」


 そう言ってシャルロットは依頼書の1節を指さした。


「夫の大切な花畑って」

「ああこれね」


 ステラさんもその文を見つめる。


「結婚されていたんですね」

「ええ。もう何十年も前だけれどね。それがなにか?」

「いえその……」


 気づかわし気な視線を送ったあと、シャルロットは躊躇しながらも口を開いた。


「さっきは1人暮らしだって言ってたのでその……」


 続く言葉は出てこない。

 シャルロットの言いたいことは分かる。

 俺もあえて聞かなかったことだ。

 依頼書の中にははっきりと『夫』という文字が入っている。しかし、ここには俺たちを迎えてくれたステラさんしかいない。さらには老いぼれの1人暮らしとステラさんははっきりと言っている。

 現に、誰かが奥にいる気配もない。

 花畑は確かに家の周りにある。

 車いすのおばあちゃんが1人で住むにはこの家は広すぎる。不便だ。

 それに、机にある2脚の椅子も不思議だった。

 車いす生活のステラさんに椅子は必要ない。

 まるで誰かと一緒に暮らしていたであろう、そんな雰囲気がこの家にはところかしこにあったのだ。


「ちょうど2年前に夫には先立たれてしまいました」


 ステラさんは懐かしむように窓から見える花畑を見ながらそう言った。


「……そう、ですか。ごめんなさい。辛いことを思い出させるようなこと聞いて」

「いいのよ。2年前のこと。もう慣れたわ」


 そう言いながらもステラさんの視線は外に向かったままだ。

 その目は潤んでいるようにも見えた。


「だからね、居なくなった夫のためにもどうしても枯らしたままでいたくなかったのよ。夫が好きだった花ばかりなの、この家の花畑は」


 シャルロットが俺の服の袖を力強く握る。

 絶対成功させようといった意思が伝わってくるようだ。

 俺もシャルロットに対し、深く頷いた。

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