第76話 ウォーターという魔物

 ステラさんの事情を聞き、気持ちを切り替えた俺とシャルロットは、ステラさんが用意してくれた部屋で一眠りしていた。

 ステラさん曰くウォーターは夜にしか現れないとか。

 なので、夜に備えて今のうちに寝ておこうという話になった。

 ステラさんも自室で眠るようで、俺たちを部屋に案内してから違う部屋に入っていった。シャルロットが心配で、ステラさんが別の部屋の中に入るのを確認していたので間違いない。

 布団はすでに2つ用意されていた。

 車いすでどうやって布団を用意したのかまでは分からないが、たぶんこれを用意したのはステラさんではないような気がする。

 1人暮らしと言えど車いすでは生活するのもままならない。なのに、この家や花畑が綺麗なままなのはおかしい。誰か来ていることは明白だった。

 布団はぴったり2つくっつけられており、シャルロットと俺はそのまま隣り合うように寝転がった。

 普通、こんな美少女と添い寝するほどの近さで寝ていては興奮で鼻息も荒くなるのだが、いかんせんシャルロットの様子がどこか暗い。

 さっきからため息ばかりついている。


「はぁー……」


 今もまた何度目になるかも分からないため息が隣から聞こえて来る。


「そんなにため息してたら、幸せが逃げちゃうよ」


 俺は適当な言葉でその背中に声をかける。

 部屋に入ってもフードを被ったのままなので、耳の動きはよく分からないが、たぶんこちらに向いている気がする。

 まぁ、耳の役割はしてないって言ってたけど、聞こえる音は拾おうとしてしまうようだ。少なくとも俺の声はシャルロットに聞こえている。


「いいんですよ。どうせ元々幸運には好かれませんから。今更逃げられようとどうでもいいです」


 よく分からない返答をしたあと、シャルロットが俺の方に体の向きを変えてくる。

 久しぶりにその顔を正面から見た気がする。

 今は眉が下がりなんだか困り顔だ。

 かわいい。


「はぁー……リュウカさん。私は最低です」

「どうしたの急に」


 なんかこの感じ誰かに似てる。

 そう思いながらもシャルロットと寝ころびながら話す。


「ステラさんを悲しませてしまいました。あんな分かり切ったこと、なんで聞いたんだろ」


 たぶん、シャルロットの言っていることは亡くなったステラさんの旦那さんのことだろう。

 後悔の念がこっちまで伝わってくる。


「リュウカさんは分かってたんですよね。それでも、ステラさんのことを想って聞かなかった。そうですよね?」

「まぁね」


 依頼を受けた理由は不純だったが、これでも依頼の文は全部読んでいた。

 だから、この家を見たとき別に驚きもしなかった。

 旦那さんと2人暮らしなら普通の大きさだったから。でも、どれだけ待ってもステラさん以外の人が出てこない。

 依頼まで出しておいておかしいなとも思ったが、それでもまだステラさんがこのことを旦那さんに隠しておきたい可能性もあったので、別に大して気にもしてなかった。

 だが、それからすぐにステラさんは1人暮らしだと言ったのだ。そこで分かってしまったというわけである。

 ステラさんの依頼に込めた想いが。

 だから俺は、あえて確認のときに夫という部分を飛ばした。

 まぁ、ステラさんには気づかれていたように思うけど。そこを飛ばした時にこっちを見ていたから。

 でも、シャルロットは聞いてしまった。

 それを後悔しているのだ。


「最低です。自分が嫌になります」

「でも、仕方ないんじゃないかな。シャルロットはあのとき初めて依頼の内容を読んだみたいだし。気になったとしても別に悪くは」

「悪いですよ。依頼を見るタイミングは何度もあった。なのに見なかったのは私の責任です。しかもあまつさえ本人に聞くだなんて……」


 卑屈スイッチが入ったかのように自分を卑下しまくるシャルロットに、アーシャさんの姿が重なったような気がする。

 シャルロットはまたしても俺に背中を向けてしまった。


「……しかも、私あんなこと言っちゃったし……」


 小さな小さな呟きは、俺の耳にもしっかりと聞こえてきた。


        **********


「リュウカさん。シャルロットさん」


 部屋の扉がノックされる音と共にステラさんの声が響く。

 それに目を覚ました俺がドアを開けて答える。


「どうかしましたか?」

「来ました。ウォーターですわ」

「本当ですか!? 分かりました!」


 そう言って振り向いたとき、すでにシャルロットは立ち上がりこちらに視線を送っていた。

 お互いに頷き合うと部屋を出ていく。


「ステラさんはここにいてください。なにかあったときに危険ですから」


 シャルロットがステラさんにそう言う。

 真剣なその表情にステラさんは微笑むと

「分かったわ」

 といって部屋の中に戻っていった。

 俺たちはそれを確認し、なるべく音を立てないように家の出入り口まで近づいていく。

 扉を開けて外を確認した。

 するとそこには、いかにも水の雫の形をした小さな透明な魔物が数体いた。


「あれが……」

「はい。ウォーターです」

「なるほど。まるでス○イムだな」


 俺は正直な感想を言う。

 花畑の枯れている部分に集まっているウォーターは目や口もあり、飛び跳ねるように移動している。

 それはどこか見覚えのあるフォルム。

 ザ・モンスターといったところか。

 悪さしているようには見えない。ただ仲間内で集まっているだけという感じだ。

 確かにこれだと襲われる感じはしない。

 だが、体が水というだけあって通った地面が濡れており、集まっている場所には大きな水たまりが出来ていた。

 あれが花が枯れる原因だろう。

 

「どうする? 飛び出してもいいけど」

「ダメです。このままここで戦闘しては危険ですよ」

「強いの?」

「いえ、ウォーター自身の攻撃は痛くもかゆくもありません。ただ服が濡れる程度」

「じゃあなにも問題は」

「なに言ってるんですか。忘れたんですか? 足元の花畑はステラさんの亡くなった旦那さんのもの。ここで戦っては建物や私たちは大丈夫でも、花畑には被害があります。それでは依頼の達成とは言えません」

「確かにな」


 ウォーターを倒しても花畑がぐちゃぐちゃになってしまったのなら意味がない。まぁ、依頼の目標はあくまで討伐なのでそれでも達成となるのだが、それはさすがに俺でも出来ない。良心が痛む。

 ましてや、ステラさんに深い後悔の念を感じているシャルロットには考えもつかないものだろう。


「じゃあどうするの? ウォーター動く気配ないけど」

「それなら大丈夫です。ウォーターの習性を使いますから」


 そう言って、シャルロットの手から長い杖が出てきた。

 これがシャルロットの武器。意外にもシャルロットは魔法使いタイプのようだ。

 似合っているというか、暗闇の中で被っているフードと相まって本当の魔女みたいだ。


「どうかしましたか?」

「ああいや。魔法使いなんだなと思っただけで」

「……? よく分かりませんが、いきますよ」


 シャルロットの持つ杖の上部、丸い部分が静かに光ると、小さな水の玉を空中に生成した。そしてそのままウォーターの頭上にぴたりと止める。

 ウォーターたちの視線が水の玉に集中する。

 すると突然ウォーターたちが小躍りするようにピョンピョン跳ねだした。


「ねぇ、大丈夫なのあれ? 気づかれたんじゃ……」

「安心してください。ウォーターは水を見ると自分の仲間だと認識して嬉しく跳び回るんです。ですので、魔法だとはこれっぽっちも思ってません」

「まじか。じゃあ今は」

「はい。新たな仲間の登場にうきうきといった感じですね」


 シャルロットが教えてくれる。

 なにこれ。不覚にもかわいいと思ってしまった。くそ、じゃああれか、雨の日とかウォーターたちにとってみれば楽園みたいなもんか。もう嬉しくて仕方ないんじゃないか。仲間が大量だー!って感じで。見てみたいな。

 そしてシャルロットが操る水の玉がウォーターたちを先導するように柵の外に出ていく。ウォーターたちもつられてそのまま家の柵の外まで出ていってしまった。

 パンッ!

 甲高い音と共に水の玉が破裂する。

 すると、ウォーターたちの動きが止まった。あんなに飛び跳ねていたのに今はぶるぶると震えている。

 泣いているみたいにも見える。

 もしかしてと思いシャルロットの方を見る。


「ねぇ、あれってもしかして……」

「はい。仲間が消えて悲しくて泣いてます」

「やっぱり」


 なんか魔物と思えないぐらいかわいいな。

 愛玩動物に見えてきて仕方がない。

 今から倒すのかと思うとなんだか申し訳なくなってくる。


「かわいいのは分かりますが躊躇してはダメですよ。たとえ危害を加えていなくても、ステラさんが困っていることに変わりありませんから」


 シャルロットにしては容赦のない発言に俺は、よほど昼ごろにステラさんに対して取った態度を気にしているのだなと思わされた。

 俺はストレージを取り出すと、そのまま中にあるエターナルブレードを取り出す。

 地面に落とさないように注意しながら両手に持つと、ストレージをなんとかして体の中にしまった。

 恩恵により身体能力が上がった感覚が来る。

 エターナルブレードも問題なく持てるようになった。

 準備万端。


「行くよシャルロット」

「はい」


 互いに視線を交わすと、2人して静かに飛び出した。

 


 

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