第3話 お稲荷さん
俺が年末、雨の降りしきる中、わざわざ歩いて10分はかかるこの神社に来ているのにはわけがある。
それは雫とのやり取りでも言っていたが、要約すると、彼女をつくりたいがために、この通称『お稲荷さん』といわれる神社にきて、神頼みをしているのだ。
本当の名前はよく分かっていない。
ただ、
なぜ、この神社なのかというと、このお稲荷さん、実は恋愛成就に関して、相当有名なのだ。
この神社にお願い事をしたら、すぐに恋人が出来たと数多くの喜びの声が、神社に押し寄せてきたという。
さらに、それを見た人が数名この神社に参拝したところ、ほとんどの人の願いが叶い、SNSや口コミによって徐々にそのことが広まっていったのだ。
今では日本の中でも恋愛といったらここと言われる程の知名度と成功率を誇っている。前にはテレビで特集が組まれていたぐらい今では日本国民に知らない人はいないほどにまでなっていた。
そして、そんな中、このお稲荷さんで最も願いが叶うともっぱら言われているのが、この年末年始。
特に願い事を言ってから、1時間以内に新しい年を迎えれば、高い確率で願いは叶うといわれていた。
俺はそのお稲荷さんの近くに住んでいるのをいいことに、毎年、物心がついたときから、ずっと欠かさずお稲荷さんに参拝している。
彼女をつくる。さらにはその先、男の欲望にまみれた願いを叶えるために。
しかし、毎年、ちゃんと言い伝え通り、年を越す1時間以内の間に、願い事を終わらせているのに一向に俺に彼女が出来る様子が見られない。
まじでどうなってるんだよ……。
毎年のことで、雫からはすでに呆れられている。
雫曰く『拓馬がお稲荷さんに行く→1年間彼女が出来ない→落ちこむ→懲りずまたお稲荷さんに行く』までがセットなのだという。
なので、来年こそは、そんな雫を見返してやるために、珍しく豪雨の中、暖かい家を飛び出してここまできたのだ。
時刻は23時30分
例年通りなら約30分程度並べば参拝することができる。さらに、今日は豪雨のため、参拝客は毎年に比べて少ない。いつもよりも遅い出発で、少しだけ焦っていた俺だが、この分では大丈夫そうだ。
安堵のため息とともに、他の参拝客にならって、自分の順番まで大人しく待つ。
カップルや夫婦も時折目につくが、多くは俺と同じように、1人で来ている人達ばかりだ。皆、真剣な面持ちで境内の先、神様が祀られている
俺は、待ち時間の暇つぶしのため、携帯を手にする。
雫からの返信が来ていた。
『そうだった』『でもさー、毎年のように言ってたら、そのうち神様に怒られるんじゃない?』
雫は俺の返信を軽く流した後、怒ったキツネスタンプと共にそんな言葉が送られてきた。
神様が怒る? そんなことあるわけないじゃないか。
『神様は人間とは違って素晴らしい存在なんだ。絶対、誠実にお願いしている人を見捨てたりはしない』
俺はごくごく真面目な顔でそう返信した。これが、感動的な場面だったなら、壮大なBGMが流れていたことだろう。
しかし、雫はそんなことつゆ知らず、俺の名言に端的な言葉で返してくる。
『でも、叶ってないじゃん』
『それは、まだ俺の誠実さが足りてないだけだ』
『ほんとにそうかなー』
『……なにが言いたい?』
『拓馬の願いってなんだっけ?』
質問を質問で返された。
いったいこいつの教育はどうなっているんだ。お父さんとお母さんの顔が見てみたい……。まぁ、嫌というほど見てるけど。
もう1人の親と言われても、頷くまである。
『彼女をつくること』
俺はわかりやすく言いきった。
『それは知ってる。その続き』
だが、雫が求めていた答えはそれではなかったらしい。
俺は雫の返信にどう返そうか少し悩んだ末、包み隠さず言うことにした。今更隠したって意味がない。実際、雫は知っているのだから。
俺は意気込んで返信ボタンをタップして自分の欲望を書こうとし、しかし、はっきりとした文字に出すのが急に恥ずかしくなった俺は、少しオブラートに包んだ表現方法で、雫に返した。
『ピンク色の世界を体験すること』
『サイテー』
自分から聞いてきたはずなのに、雫は俺をけなしてくる。まぁ、いつものことなので別に傷つくこともない。
それに、こういったときは必ずと言っていいほど、雫はすぐに違う返答をよこすのだ。ちゃんとした返しを。
思った通り、携帯の画面が動いた。
『そんな欲望丸出しの願い事だから叶わないんだよ』
『そう言っても、これが俺の心の底から願っていることだからなぁ』
『ほんとサイテーだね』
『思春期の男子はみんなそうだ』
『あっそ。まぁ、正直なのはいいけどさ、あんま自分の欲望丸出しにしない方がいいよ。神様怒らせたらどうなるか分かんないんだから』
だからそんなことあるわけないじゃないか。
俺はそう返信しようとして、ふと前を見た。
気づいたら、もうすでに俺の番まで来ていたようだ。俺は雫への返信をやめ、携帯をしまうと、傘を閉じ、賽銭箱の前に陣取る。
そうして、俺は雫の注意も聞かず、賽銭に5円玉を放り投げ、鈴を鳴らし、欲望丸出しに神様に手を合わせながら、二礼二拍手一礼を済ませたわけである。
**********
神社の端、安堵のため息とともに時刻を確認した俺の耳に、誰かの舌打ちが聞こえてくる。
ポケットにしまった携帯は、59分と表示していた。
秒数は分からないが、すぐにも年越しのカウントダウンが始まるのだろう。イライラしたまま年を越すなんてかわいそうに。
俺は誰かもわからない舌打ちに対して、そう思って流しながらカウントダウンが始まるのを待っていた。
神社の鐘が鳴る。
あと10秒もすれば日付が変わることを示していた。
この場に居る人が、徐々に浮足立っていくのが分かる。
「はち~なな~」
すると誰かが、秒数を声に出し始めた。
すぐにそれはこの場に居るほとんどの人に伝染して、毎年恒例の大合唱が繰り広げられる。
これには、参拝の列に並んでいる人達も、一旦は手を止め、口を開いて数を数えていく。
お稲荷さんに参拝するにあたって、カウントダウンが始まれば、参拝はしてはいけないというマナーが約束されているのだ。でなくては、年越しに急いで願い事を済ませようとする人で混乱してしまう。昔、その混乱により怪我人が出たことによって、年末に限り、そうして欲しいと神社側から発表されたのだった。
守る奴なんているのかと思うかもしれない。実際守らない奴は毎年いる。だが、その人は誰一人、欠けることなく何故か新年に、1年間も不幸な目にあっているのだ。
そのおかげもあり、今では誰もがマナーを守ってカウントダウンに参加している。
『さん~にい~』
いよいよ新しい年を迎える。
年の始まりが豪雨とは残念だ。
俺はそう思いながら、カウントダウンに参加した。
「いーち」
雨はいっそう強さを増し、雷までなってきた。
ついには、ピカッと神社を照らし出す。
『ぜー―――』
しかし、俺の記憶はそこで終わっている。
この後すぐ、俺の意識はブラックアウトしてしまったのだ。
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