第68話 母性という感情

「きゃ……」


 突然叫んだ俺に驚いて、シャルロットさんがベットに尻餅をつく。

 ぼわんとしたはずむ音が響いた。


「どうかされたんですかリュウカさん!!」


 さらには、俺の声を聞きつけリーズさんが物凄い勢いで俺の部屋のドアを開け、中へと入ってきた。

 起きているシャルロットさんを見てから、床に四つん這いの俺を見つめて怪訝そうな表情になる。


「シャルロットさん。これはいったい」

「いえ、その、自己紹介をしたら、急にこうなって」


 シャルロットさんが俺を指さし、リーズさんが俺を起こそうとそっと手を俺の体に触れさせてきた。

 俺は目に涙を浮かべたまま、リーズさんに掴みかかる。


「リーズさん!! 私はバカです!! 無能な自分が憎いです!!」

「ええっとその、どうかされたんですか?」


 リーズさんが戸惑った声を上げる。


「こんな、こんな」


 俺はシャルロットさんを見る。

 くりくりの目をさらに大きくして、俺を見ている顔。腰のあたりまである艶やかな白い髪。そして、愛らしく動く、猫のような耳。

 どこからどう見ても美少女。まごうことなき美少女がすぐ近くにいたのだ。

 しかもずっと初めから。

 

「こんな美少女が近くにいたというのに、私は気づきもしなかったんですよ!!! これが泣かなくでどうするんですか!!」

「言っていることはよく分かりませんが、いったん落ち着いてください。まず冷静になって」

「冷静になんてなれませんよ! 未熟な自分が憎い! 怪我もしているし、分かってればずっと私が守ったというのに」

「いえ、その、私は別に大丈夫ですよ。怪我も大したことありませんし……」

 

 そう言って怪我した方の足を床にトントンっとするシャルロットさん。

 明らかに痛いのを我慢しているだろう、脂汗を額にかいている。

 いい子だ……すごくいい子だ。

 俺の目からさらにぶわっと涙があふれてくる。


「ああ!! なんということか! こんなかわいくていい子に気づかないなんて! 人間失格です。最低です。くそ野郎です」


 俺は自分を責めるのをやめられない。

 あんな近くにいて気づかないとはどういったことだ。くそ。バカ野郎。男としてこんな美少女、気配で気づけないとダメだろ。

 手紙の段階でいい人なんだろうなと思ってはいたが、こんな美少女が下に隠れていたとは。

 性格よし。見た目よし。さらに妹属性が若干入っており、俺よりも背が低く、猫耳みたいなケモミミがついている。

 こんな属性の大盤振る舞いみたいなキャラクターを見逃していたとは何たる失態。

 思春期男子として失格である。


「どうして! どうして教えてくれなかったんですかリーズさん!」


 あまつさえ、その矛先をリーズさんに向かわせていた。


「ええ!? 私ですか!?」

「そうですよ! こんな美少女、言ってくれれば1人で森になんて行かせなかったのに!」

「そんなこと言われましても……その……」


 リーズさんが気づかわし気な視線をシャルロットさんに向ける。

 シャルロットさんが頷くと、リーズさんにしなだれかかっている俺に向かって口を開いた。


「私が、言わないでくださいってお願いしてたんです!」


 大きな声でそう言うシャルロットさんに俺もリーズさんから視線を移した。

 そこにはすごくまじめな表情で俺を見ているシャルロットさんがいた。

 俺はその迫力に圧倒され黙ってしまう。


「えっと、その、私ってほら、頭に変なの生えてるので、恥ずかしくて……」


 そう言って顔を赤らめて、取れていたフードをまた被る。


「耳が、恥ずかしい……?」

「はい。普通、こんな耳生えている人間はいません。なので、こうしてフードで隠して生活しているんです。ですので、リーズさんは悪くないというか……」

「でも、リーズさんは知ってましたよね」

「それはその……」

「宿屋の店員は、客が信頼できる相手かどうか確かめるために、素顔を晒してもらう必要があるんですよ。なので、私はシャルロットさんの顔を知っていたわけです」

「でも、その、耳が生えているなんて知られたくなくって、それで……」

「言わないでってお願いしたというわけですか」

「はい……」


 しゅんとするシャルロットさんに合わせて、耳も垂れ下がる。


「ごめんなさい」

「ああいえ、大丈夫よ。どちらにしても、宿屋の店員は客の個人情報は明かさないから、聞かれても答えられなかったしね」


 謝るシャルロットさんに、リーズさんが気にしてないように笑った。


「だからその、リーズさんは悪くないというか……怪我したのも、私の実力不足が原因で……」


 涙目でこちらを見てくるシャルロットさんに俺は目が離せなくなった。

 かわいい。かわいすぎる。なんだこの天然記念物級のかわいらしさは。こんなこと言われたら許すほかなくなるじゃないか。

 というよりも、取り乱した俺が全面的に悪い。


「ああ気にしないでください。取り乱した私が悪いので」


 俺は立ち上がると、リーズさんに頭を下げた。


「ごめんなさい、あまりのことで動揺しました」

「いいですよ。驚くのも無理ないものね」

「はい。まさか、フードの下にこんなかわいい子が隠れてるなんて」

「か、かわいいだなんて……」

「ふふ。リュウカさんは包み隠さないですね」

「それはもう。気持ちに忠実にがモットーなんで」


 最近できたものだけど。

 意外と気に入っている。


「この耳もかわいいですよ」

「そ、そんな……始めて言われました……」

「そうですか? 意外ですね。あの……良ければ触らせてもらっても……?」

「え……」

「ああその! 良ければですから! 嫌だったらいいんです。断ってくれても」


 俺は慌てて自分の言ったことの弁解をし始める。

 ついつい歯止めが利かなくなってしまうというか。正直、ケモミミ美少女と出会えたら一度でいいから耳に触ってみたいと思っていたのだ。

 それが全面に出てしまった。


「嫌、ではないんです。ただ、本当にそんなこと言われるの初めてで……触りたいんですか?」

「ええっと、まぁ、正直に言えば」

「ふふっ。いいですよ。どれだけ触ってくれても。助けていただいたお礼もありますからね」


 笑顔で耳をぴくぴくさせているシャルロットさんに近づく。

 そして、その耳に触れた。


「ふぁあ……ふさふさなんですね」

「あははは。そうですね。そこだけ」

「くすぐったくないんですか?」

「はい。感覚はないんですよ。神経が通ってないというか」

「でも、動かせていますよね」

「そうなんです。よく分からなくて……」


 俺は話しながらも、ずっと耳を触り続けた。

 確かに、この耳以外に2つ、俺と同じように耳がついている。人間の普通の耳だ。

 つまりこれは動かせるものの、耳としての機能はまったくないものだという。

 アレだ。アレっぽい。ほら、無駄な最先端技術で作ったアレ。

 脳波を関知して動く猫耳カチューシャ。それの超リアルバージョンと言った感じだ。なんだろう。ますます、ドキドキしてきた。

 やめられない。


「仲良くなられたようでよかったです」

「はい。それはもうばっちりと」

「では、私は仕事に戻りますね。なにかあれば声をかけてください」

「分かりました」


 そう言って俺とシャルロットさんを見て、リーズさんはニコニコ顔で去っていった。

 俺とシャルロットさんの2人きりだ。

 俺は未だに耳を触りながら、シャルロットさんに話しかける。


「でも、こんなにかわいいの、隠さなくてもいいのに」

「それはダメです!!」


 何気なく発した言葉だったというのに、シャルロットさんの声は強く鋭いものだった。

 俺は驚いて耳から手を離す。

 耳の毛も逆立っている。


「……あ、すいません。つい」

「……ううん、こっちこそごめんね。よく分からずに聞いて」


 わざわざ毎日フードを被ってまで隠していたところを見るに、ただ恥ずかしいだけだとは思えなかった。

 知られたくないこともあるだろう。

 俺はすぐさま耳から話題を変えるように、別のことを話し始めた。


「シャルロットさんは、どうして」

「シャルロットでいいですよ」

「でもそれだと」

「いいですよ。姉御と姫と知り合いのリュウカさんに敬語使われるのは、なんだか変な感じがしますから」

「そう? 分かった」


 俺は頷くと、口調をくだけたものにして、同じ質問を繰り返した。


「シャルロットはなんであんな森に? もしかしてギルドメンバーだったり?」

「はい。その通りです。まだまだ駆け出しですけど……」


 シャルロットは照れ隠しの笑いを浮かべて頬をかく。


「じゃあ、森には依頼のために」

「いえ、違います。ただ、魔物の討伐に行っていたんです。経験のためにと思って」

「真面目なんだね」

「そうじゃないんです。私はまだまだ弱いですから。こうでもしないと置いて行かれてしまうので」

「置いて行かれる? ギルドメンバーって完全に個人事業でしょ? 競争もなにもないんじゃ……」

「いえその、私の場合は特殊で」


 シャルロットが自分の手を見つめる。


「どうしても追いつきたい人がいるんです。そのためにわざわざアイリスタまで来たっていうのに、ダメですね私……助けられちゃいました」


 そう言って俺を見上げるシャルロットの顔はどこか寂し気で、抱きしめたくなってしまった。

 実際抱きしめた。


「え……」

「ごめんね。なんだか寂しそうだったから」

「ああ、そうですか……でも、ありがとうございます」


 しばらく俺の胸にシャルロットは顔を埋めてる。

 この気持ちはなんだろう。母性とも呼べるものだろうか。

 俺を抱きしめたミルフィさんもきっとこんな気持ちだったのかもしれない。離したくないというか、そんな気持ちが心の奥に生まれている。


「……ほんとにダメ。助けに来てくれるわけないのに、呼んじゃったよ……」


 シャルロットの呟きは俺の胸に埋もれて、本人以外には聞こえていなかった。


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