第183話 エターナルブレードに込められた秘話

 エターナルブレードを持ったマキさんは自身の周りを飛ぶルクスと笑いながら、時には横薙ぎを繰り出したり、縦振りを繰り返したりと、重たいはずのエターナルブレードをまるで自分の手足のように扱っている。

 それはまさしく攻撃というよりも、踊っているかのように、背丈以上のある刀身をタクトのように振るい、見るものを魅了していく。

 俺とはまるで違う。

 武骨な印象の強いエターナルブレードが、今はどこか妖精の所有物かのように煌びやかに映る。

 両隣に立つ雫とシャルロットの顔を見ても、俺と同じように舞うマキさんとルクスに見入ってしまっているのか口を開けたまま言葉が出てこない。

 唯一、知っているかのようにエンシェンだけが満足げな声を上げた。


「どうやら腕は落ちていないようですね」


 優し気なエンシェンの声に雫が聞く。


「あれがマキさんの戦い方なの……?」

「はい」

「まるで踊っているようね」

「あのような戦い方が出来るのはマキだけですね」

「そうなの?」

「ええ。マキはその目で全てが視えてしまう。魔物がどこに攻撃しようとしているのか、事前に察知できるマキだからこそ、あんな風に動いていても問題ないのです」


 事前に全てが分かっていれば、どうやって避ければいいのか、自分がどこに立っていれば安全なのか、視えるものから判断して動けばいい。

 そうすればどのような戦場であれど安全に立ち回ることが可能になる。

 マキさんが言っていた戦いの役に立つことというのはこのことだったようだ。

 雫とエンシェンの会話に俺とシャルロットも加わる。


「とはいっても、あんな大きな武器じゃなくてもいいような気もするけどね」

「はい。あれだけの動きが出来るのならむしろ軽い武器の方が動きやすい気がします。もちろんエターナルブレードでも素敵ですけど、大きい武器はそれだけ扱う人の動きも制限されてしまいますから」


 俺は素直な感想を述べた。

 シャルロットもシャルロットで俺と同じことを思ったのか、俺の発言に同意するようにして自分の思ったことを口にする。

 見入っていたといってもそこら辺はシャルロットもこの世界の住人。俺や雫よりも武器に対しての見解は鋭い。

 マキさんの動きから目を離さないシャルロットにエンシェンが答える。


「もちろんシャルロットさんの言う通りです。マキのような戦い方であれば小さい武器の方がいい。千里眼で全てを視えてしまえば関係ありませんから」

「ならどうして……」

「まぁ、マキの性格もありますが、エターナルブレードのような大剣を選んだのウィルの提案みたいですよ」

「ウィルさんの?」


 俺の素っ頓狂な声にエンシェンが「はい」と頷く。

 まさかここでウィルさんの名前が出てくるとは思わなかった。

 雫もシャルロットも同じようで俺たちの視線がエンシェンに向かう。


「ウィルはマキを守るために必要以上にマキを人から離した。それでも全てが守れると言えば無理な話です。マキは歩くだけで通行人の思考を視てしまう。その中にはマキに下劣な感情を持つ者も少なからずいたはず。マキの容姿は人を引きつけてしまう。その大きな胸もまた人の目を集めてしまうのです」


 エンシェンの言葉に俺は得も言われぬ気持ちになった。

 正直、男の俺にはどうすることも出来ない。大きな胸を見てなにかしら思ってしまうのは男の性みたいなものだ。それを口に出すことは理性で防げるが心の中までは難しい。まさか心まで見透かされているなんて思わない以上、どんなことでも思ってしまう。

 男側の気持ちが分かる俺はこの件に口をはさめなくなった。言ってしまえば初めてマキさんを見たときも俺はそんなようなことを思った。それ含めてなんにも言えない。

 同じ女性の雫とシャルロットの表情が険しくなる。

 そして雫がなにかを察したかのように長い息を吐いた。


「あぁ……なんとなく分かったかも」

「ふふっ。さすが雫、無駄に元の世界でモテていたわけではないのですね」

「ちょっとやめてよエンシェン。今はそういう感じじゃないでしょ」

「それもそうですね。ごめんなさい」

「別に私に謝らなくても」

「雫は容姿は素晴らしいですが胸にはコンプレックスを抱えていたのでしたね。忘れていました」


 軽く言ったエンシェンの言葉に雫の瞳から光が消えた。

 そっと伸ばされた手をエンシェンがひょいっと避ける。


「あら怖い」

「エンシェン。あなたねぇ……」

「大丈夫ですよ。女は胸だけじゃありませんから」

「だからそう言うことじゃ……!」

「いいんですよ。マキ自身、今ではそれを笑い話に出来るぐらいにはなっています。重々理解していますよ。それにここで無駄に真剣になってしまえばリュウカの立場が無くなってしまいます。見なさい。彼の顔を」


 エンシェンに言われ俺と雫の目が合う。

 バツの悪い俺はつい雫の視線から顔を逸らしてしまった。

 それを見て雫がずいっと俺の顔に近づいてくる。


「…………」

「……な、なんだよ」

「そういえばあんた最初に……」

「……そんなこと俺が一番分かってるよ」

「そう……ならいい」


 ばか……といって雫は元の位置に戻った。

 さすがに今回はどうしようもない。

 黙り込んでしまった俺と雫に代わって、シャルロットが場の雰囲気を気遣ってか、自分からエンシェンに話しかける。


「つまりウィルさんはそういった男性の視線から守るためにあえてエターナルブレードのような大きな武器を?」

「はい。正確には男性だけでなく、変な輩からマキを守るためにあえて大きな武器を持たせたのです」

「でもそれだけだったら……」

「もちろん、ストレージには入れていません。街にいる時も常にエターナルブレードを身に着けていました。でなれば意味がありませんから」

 

 確かに、変な輩から守るためにならそれがうってつけだ。

 大きな武器はそれだけ周りに与える威圧感は半端じゃない。特にそれが女性だとなるとより一層その威圧感は増すことだろう。そう簡単に下世話な輩は近づいては来ない。

 しかし、それはつまりエターナルブレードを常に持つということ。あの重さを感じながら日常生活を送るなど戦うことよりもしんどそうだ。


「もちろん初めはウィルの補助魔法で筋力をあげる前提で、ですけどね。マキはそれを受け入れた。結果としてはうまくいったと聞いています。マキに下劣な視線を送る輩は減り、接触してくる人もマキの背中を見て変なことは思わなくなったとか」

「マキさんはウィルさんを信頼していたんですね」

「ええ。あの2人は相思相愛だった。ウィルの言うことは必ず自分に幸せをもたらすと、マキは本能で分かっていたんでしょう。実際エターナルブレードを背負うようになって、視線を防ぐ以外にも収穫があったと言っていました」

「収穫?」

「はい。あれだけの重さの武器を毎日持っていれば、自然とマキ自身の筋力も上がる。私が会ったときにはすでにマキはウィルの補助魔法なしでエターナルブレードを背負っていました」


 エンシェンの言葉に雫がなるほどと頷く。


「だから、片手でも持ち上げられたんだ……」

「はい」

「……正直信じられませんが、そうだったらあの動きも分かる気がします」


 シャルロットも雫に同意するように、舞うマキさんを見つめて感嘆とした声を上げた。 

 毎日背負っていたのなら、エターナルブレードはマキさんのまさしく体の一部みたいなものだ。手足のように扱うと表現したがまさしくそれは的を射ていたというわけである。

 エンシェンはさらに続ける。


「加えて、あれだけの大きな武器を使っていれば細かいことを気に出来なくなる。繊細で人間不信になりやすいマキに、いい意味で大胆さを与えてくれた」


 エンシェンはそうして話を締めくくった。

 シャルロットが呟く。


「マキさんにとってエターナルブレードは大切な宝物なんですね」

「ええ。ウィルからの贈り物ですから」

「そんな大切なもの、依頼の報酬としてもらってよかったのかな……」


 俺は自分の手を見つめた。

 なんども握ってきたエターナルブレード。幾度となく窮地を救ってくれたあの剣にそんな秘話が込められていたと思うと、恩恵でガンガン使っていたのが少しだけ申し訳なくなってくる。

 震える手にそっと誰かの手が添えられる。

 見れば雫が俺の手を握りながらマキさんを見つめて何食わぬ顔で言った。


「いいんじゃない? 報酬として出したのはマキさんの意思なんだから。あんたが変に思いこむことじゃない」

「でもさ……」


 すると、エンシェンが俺の前まで来る。


「雫の言う通りですよ。エターナルブレードは確かにマキにとっては大切な宝物。ですが、それを手放したということは、もうそれに縋らなくても大丈夫なところまで来たということ。大切なものを手放すということは辛く苦しいことかもしれませんが、それを出来るということはそれだけその人が強くなったという証でもあります」

「強くなった証……」

「はい」

 

 エンシェンの言葉に噛みしめるように呟く俺に、さらには隣のシャルロットも声音をあげて言う。


「大丈夫ですよ」


 どこか楽し気な声に俺はシャルロットの顔を見た。

 シャルロットは俺でもマキさんでもなく、その周りで飛ぶ小さな火竜を見つめている。


「今はルクス君がいますから。彼ならきっとマキさんを守ってくれる。そんな感じがするんです」


 ……なんとなくですけど、そう言ってあはははっと笑うシャルロットに、俺の強張った顔が少しだけ柔らかくなる。

 最後に自信が無くなる辺りシャルロットらしいというかなんというか……。

 雫の手が俺の手を強く握る。

 自然と俺は雫の方を向いた。


「そういうこと。あんたは気にし過ぎよ。エターナルブレードのことも……胸のこともね」

「……ごめん」

「別に謝んなくていいわよ。あんたがそういうとこ変に真面目なの知っているんだから」

「はは……敵わないなぁ」

「当たり前じゃない。私を誰だと思ってるの。生まれたときから一緒の幼馴染でしょ。あんたのことなんて誰よりも分かってるんだから」


 そう言ってダメ押しというように雫がニコッと笑う。

 なんだろうな。この笑顔を見ていると心がスッと軽くなる。

 確かにそうだ。変に思いつめなくてもいい。マキさんが報酬にエターナルブレードを出した。その時点でマキさんにとってエターナルブレードは必要が無くなったということ。いらなくなったと言ってしまえば言葉が悪いが、それが一概に悪いことかと言われればそうじゃない。マキさんにとってエターナルブレードは大切な宝物であると同時に、自分を守るためにどうしても必要だった盾だ。

 しかし、それを手放した、いや、手放せたということは、もうマキさんは盾なしでも歩けるところまで来れたということ。それはマキさんにとっていいことなんじゃないんだろうか。

 支えが無くても立てるというのはそれだけ人間として強くなったという頃なんだから。

 俺はそう思って手を握る雫の顔を見た。

 そうして少しだけ俺も握る手に力を込めると離さないようにがっちり掴む。


「な、なに? 痛いんだけど」

「んー? いやまぁ、なんというか、ね」

「なによ」

「うーん……たぶん俺はマキさんみたいに強くはなれないかなって思って」

「は? なにそれ。意味わかんないんだけど」


 そう言ってそらした雫の顔は少しだけ赤くなっていた。

 意味が分からないといっているのに手を離そうとしないのは、本当に分かっていないのかどうか……まぁ、どうでもいい。

 そんな俺たちをシャルロットとエンシェンは互いに、なにか言うわけでもなく静かに微笑み合いながら見つめていた。茶化すことなんてしない。優しい笑みでまるで昔からの親友のように俺と雫を見る。その顔は顔は全てを分かっているかのようにも映った。

 しばらく手を繋いでいた俺たちは、どちらかともなく自然と手を離す。

 マキさんとルクスが戻ってきたのはちょうどそんなときだった。

 エターナルブレードを持ちこちらを見つめるマキさんの表情はシャルロットと同じく優しい笑みをしており、全部視えているのが容易に想像できた。

 

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