第138話 気まずい2人
昼食を食べ終えた俺たちは少しの時間、店の中で食後の余韻に浸っていた。
「おいしかったぁ」
満腹になったお腹をさすって俺は素直な感想を述べる。
隣のシャルロットがそれに頷いた。
「はい。やっぱり海が近いからか、お魚がとってもおいしかったです」
「へぇそうなんだ」
俺はシャルロットの感想にまるで他人事のように答える。というのも、実際俺は魚料理をたのんでいない。
水の都と呼ばれるナイルーンの飲食店に入って、魚系を頼まないのはいかがなものかと言われるのは承知のうえで言わせてほしいが、俺は魚が苦手なのだ。
エビとか甲殻類は大丈夫なんだが、どうも魚となるといまいち箸が進まない。もちろんナイフとフォークが主流のロンダニウスに箸などないがそこは言葉の綾ってやつだ。
「リュウカさんがまさか魚が苦手だとは。知りませんでしたね」
対面のクオリアさんがすました顔でそう言う。
変化のない顔でこの人は俺の好みまですべて把握しているのではと思わされる。本当のところどうなのかは分からないからなお怖い。この人に一度、俺は全てを見られているんだ。
もしかしたら好き嫌いもあの時に知られたのではないかと変に勘ぐってしまう。
まぁ、だからといって別に困ることはないからいいんだけど。
「でもどうしましょうか」
すると隣のシャルロットが少し困った声を上げる。
「なにが?」
「いえその、市場で買った食材ってほとんど魚ですけど……」
ああそのことか。
ここは水の都。市場でも武器や防具、日用品、野菜、果物など様々な露店が並んでいたが、圧倒的に多いのは魚系の露店だ。
シャルロットとクオリアさんは食材を重点的に回っていたから、必然的に魚が多くなるのは仕方がないだろう。
「別にいいよ。食べたら吐くってほどじゃないから。食べようと思えば食べられる。それに言わなかった私も悪いしね」
ついつい忘れていた。
体が変わっても世界が変わっても、中身が変わらないのなら好みも変わらない。市場を見れば魚が多くなるのは誰にでも分かる。
言わなかった俺が悪い。
シャルロットには気にしないでと言おうとすると、クオリアさんの隣から声がする。
「そんなに気にしなくて大丈夫なんじゃないかな」
雫はそういって俺を懐かしむように見つめた。
その目に俺は逃げるように顔を逸らす。
クオリアさんがなにやら不審そうに俺の顔を見ていたがなにも言ってこない。
すぐに雫とシャルロットで会話が始まる。
「そうなんですか?」
「きっとリュウカさんが嫌いなのって味じゃないから。小骨が気になるとか……そんな感じですよね?」
「う、うん、まぁ」
「やっぱり」
ニコッと笑う表情に俺は居たたまれない気持ちになり視線を合わせられない。
なんだろうか。この見透かされているような感覚。クオリアさんと違ってすごく居心地が悪い。
しかし、そんなことはお構いなしに2人の会話は続く。
「じゃあ骨を取れば食べられますかね」
「そうだと思うよ……ってごめんなさい。馴れ馴れしく話してしまって」
「え? ああ! いいですよ別に。そのままで大丈夫です」
「そ、そう? ごめんね。シャルロットさんってなんか不思議と妹みたいでつい」
「あはははは。実際お姉ちゃんいますし、間違ってないですよ」
楽しそうに笑うシャルロットと照れながらもシャルロットの優しい態度に笑顔を浮かべる雫。
それが何というか、俺の妹千夜と話している時の雫みたいでついつい視線を送ってしまう。懐かしい。でもだからこそ、素直にこの光景を愛でれない自分がいる。
失ってしまったものを思い出させられているみたいで、心の奥がざわざわする。
いつも無意識のうちに心の深い場所にしまった思い出が、雫の影響で嫌でも湧き出てきてしまう。
だから嫌だったんだ。この顔、この笑顔を前にすると、永遠に手に入れられないものを手に入れたくなってしまってひどく辛い。
「――カさん。リュウカさん!」
シャルロットの声が耳に届く。
見るとシャルロットが心配したように俺の顔を覗き込んでいた。
「ど、どうかした」
「いえその、骨を取ればリュウカさんもお魚食べられるかと思ってって聞こうとしたんですけど……」
「大丈夫ですか?」
雫もシャルロットに続いて俺の顔を覗き込んでくる。
雫の整った顔立ちが目の前に来る。俺は咄嗟に飛びのくと、大丈夫だという意思を伝えるために声をはった。
「だ、大丈夫だから!」
しかし思いの外大きく出てしまった声で、他のお客さんの目が集まる。
俺は気まずい空気のまま席に座った。
「ご、ごめんなさい」
「いえ、いいですけど……」
俺と雫の間に気まずい沈黙が流れる。
シャルロットもなにを言っていいのか分からず俯いていると、俺の対面から咳払いが聞こえてきた。
「……今日のところはこれでお開きとしましょう。リュウカさんも朝からなにかとありまして大変だったでしょうし、シズクさんも人探しの途中ですから」
「は、はいそうですね! その方がいいと思います」
クオリアさんの気の利いた提案にシャルロットが飛びつくように乗った。
俺と雫も頷くと、そのまま席を立ちあがりレジへと向かう。
「あ、ここは私のお金で」
「本当にいいんですか?」
「いいですよ。助けてくれたお礼です」
「ありがとうございます」
黙ったままの俺に変わってシャルロットがお礼を言う。
申し訳ないと思いつつも雫とこれ以上話していてはいけないと思う俺は、なにも出来ない。
雫はストレージをポケットから出すと、そのままお店の会計用のストレージに自分のストレージをかざした。
「あ……」
小さな声が俺の口から洩れる。
雫もストレージをポケットに入れている。こんなところまで同じとは、やはり現代の日本に生まれた桐沢雫だ。
シャルロットもクオリアさんも俺と関わってきたためか、目ざとくそのことには気づいたみたいで、俺を見ながら2人ともが微笑む。
それがいたく意味深で恥ずかしくなり、早く店から出ていきたい気持ちを増長させた。
「私まですみません。あとでお返しします」
「いいんですよ。クオリアさんには色々とお世話になっていますから、そのお礼です」
「すみません」
頭を下げるクオリアさんに雫が笑顔で受け答えると、俺たちは店を後にした。
市場まで戻ると、俺とシャルロットは朝に来た道を引き返すように体の向きを変える。
雫とクオリアさんは残って人探しの続きだというのでここでお別れだ。
「じゃあ私たちはここで」
「はい。リュウカさんシャルロットさん、今日は助けていただいてありがとうございました」
「いえ、そんな。気にしないでください。私もシズクさんと知り合えてよかったです」
「……気をつけて。また絡まれたら大変だから」
「クオリアさんがいるから大丈夫です。それにもしまたあんなことがあったらリュウカさんが助けてくれるでしょ」
なにを確信しているのか、そういう雫は当然というように笑った。
その笑みはひどく優しいもので、全て見透かされているような気がしてならない。
俺はそれに返事することなく背を向けると、まっすぐに家へと続く道を歩いていく。
「絶対、助けてくれるでしょ。私は知ってるよ」
雫の呟きは海から吹く風にかき消されて俺の耳には届かない。
市場への初めての買い物は、奇跡ともいえる再会のもと終わった。
隣を歩くシャルロットの変わらない笑顔とは対照的に、俺の表情は暗く、心は来る時よりもざわついている。
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