第7話 怒るかと思いきや

「お前……よくも……よくも……」

「お? なんだ怒ったか」


 鏡で自分の姿を確認した俺が、神様に詰め寄る。

 俺の顔見て神様は得意げに笑みを浮かべるが、俺にはそんな顔見えてもいない。


「こんな体にしやがって……」

「いいじゃないか。これで夢、叶っただろ? 黒髪ロングで巨乳だったよな。おめでとう。いつでもどこでも理想の女性が目の前に現れてくれるぞ。童貞もはれて卒業。だって、モノがないんだもんな!」


 神様が面白がるように俺の全身を見て笑い転げている。

 今にも座っている椅子から転げ落ちてしまうんじゃないかと思えるほどに、神様はキツネ耳まで震わせて全身で笑いを表現していた。

 俺はそんな神様に近づくと、腕を思いっきり掴んでやる。


「どうした? やっぱり怒ったのか? だけど無意味だったな。お前はもうすでに死んでいて、俺の逆鱗に二度も触れた。その罪滅ぼしに、その姿を受け入れろ」

「……」

「……なんだ。だんまりは面白くないな。なにか言ってみたらどうだ」


 神様は挑発するように俺の顔を覗き込んでくる。

 俺はスッと片腕を上げた。


「おうおう殴るつもりか? いいだろう。お前がその気ならもう一度雷を落とすまでだ」


 神様がニヤリと笑う。

 犬歯が見え、口角が上がっている。

 俺は上に上げた手をおもむろに開くとそのまま―――自分の胸にあてた。手のひらで揉みしだきながら、血走った眼と荒い息遣いで神様に詰め寄る。


「おかげでずっと興奮が止められねぇんだよ!! どうしてくれる!!」


 俺は完全に自分の胸の感触の虜となってしまっていた。

 だって考えてもみろ! 俺の体は今、理想としていた女性そのものだぞ! 心の声は俺のものだが、聞こえて来る声は俺の声ではない。高く華やかな、女性特有の声だ。

 そんな声が胸を揉むだけで色っぽく聞こえて来るんだぞ!! 揉まない奴がどこにいる! 男なら揉んで当然! いつでもどこでもあの黒髪美少女の悶絶した色っぽい声が聞けるんだ!! もうウキウキですよ!! 止められねぇ! 止まらねぇんだよ!!


「……なんだそんなことか」


 盛り上がる俺とは対照的に冷静さを取り戻した神様は、冷たく切り捨てる。


「そんなこととはどういうことだ!!」

「言葉そのままの意味だって言ってるんだよ」

「どうにかしてくれよ! さっきから興奮しっぱなしでおかしくなりそうなんだ!」


 そう言いながらも俺の手は俺の胸を揉んでいる。油断したら会話中も魅惑の声が出てしまいそうになる。


「知らねえよそんなこと。自分でどうにかしろ」

「出来ないから言ってるんだろうが! これは神様がやったんだよな!?」

「そうだ」

「ありがとうございます!!……じゃない! この興奮を抑える方法も教え」

「知るわけないだろ。気持ち悪い」


 神様は俺の腕からするりと逃れると、俺に興味がなくなったかのように視線をそらした。

 こうなれば自分でどうにかするしかない。

 どうすれば……どうすれば……。

 高鳴る胸を抑えつけ……はっ!ダメだ、抑えつけたら揉んでしまう!

 高鳴る胸を触らないようにしながら、俺は辺りを見渡すと、先ほど自分の姿を確認した鏡が目に入る。

 全速力で鏡の前に立つ。

 もう一度姿を見れば、逆に落ち着くかもしれない。

 鏡に映し出された自分の姿、黒髪美少女の姿を見る。


「よし! かわいい! 好きだ!」


 確認した。自分の好意を。

 ……そうじゃない! くそ! どう足掻いてもこの興奮は抑えられそうにない!

 しかし、このまま興奮し続けるわけにもかない。

 かくなるうえは……。

 俺はおもむろにズボンの中に手を入れた。

 やはり、そこにあるはずのものはない。きれいさっぱり消え去った後だ。だが、俺の手は止まらない。

 なくてもあるものは存在するはず。鍵をなくしても鍵穴があるのは変わらない。つまりはそういうことだ。意味が分からないが、とにかうそういうことなんだ。

 俺はその部分に自分の手を徐々に近づけていく。


「……こうなればもう、発散するしかない」


 あと数センチも手を伸ばせば指がそこに触れる。

 荒い息を漏らしながら俺は、新しく出来た部分に手を這わせていこうとした。その瞬間―――頭に衝撃が走る。

 割と硬いものが頭に当たったようで俺はそのまま地面に倒れこんだ。

 倒れた俺の顔に、なにやら本のようなものが落ちてくる。どうやらこの背表紙が頭にクリーンヒットしたらしい。

 こんなことする奴はこの場に一人しかいない。

 神様は椅子に座りながら汚物を見るように目つきで俺を見ていた。


「道徳を知れくそが!」


 歪み切った顔で俺を見下す神様。イケメン顔が台無しである。

 しかし、おかげで少し冷静さを取り戻せた。衝撃で冷えた頭で俺は自分の顔に落ちてきた本を拾い上げる。


「異世界転生カタログ……?」


 本の表紙には、ポップな書体で大きくそんなことが書かれていた。

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