第6話
久遠寺の後に続いて廊下に出る。
だが久遠寺は止まらず、廊下をつかつかと歩いて行った。
「……おい」
「黙って着いてきなさい」
「……はぁ」
ため息もつきたくなる。
中学の頃からの付き合いにはなるが、未だにこいつのことがよくわからない。
わかりたくもないが。
…………。
まあ……最近はちょっとだけ。本当にちょっとだけ、知りたいと思わないこともない。
今久遠寺が何を考えていて。
何を思っていて。
何を感じているのか。
全部じゃなくていい。
少しだけ……少しだけ、彼女のことを知りたくなっている。
左手に繋がる糸を見る。
濃緋色の糸。今まで数例しか出たことのない、奇跡中の奇跡の色。
肉体的相性も経済的相性も最高、か……。
俺と、久遠寺の相性が最高……。
……ダメだ、流石に想像できない。
まあ確かに、久遠寺は可愛いとは思う。
一般的に……そう、一般的によ? 一般的に、久遠寺は絶世の美女だ。
ハーフ特有の完成された美貌に、高校生を超越した肉体美。
性格はあれだが、正直そそられる体付きだ。
……あぁ、ダメだな……この糸が現れてから、久遠寺の悪いところだけじゃなく、いいところばかり頭に浮かぶ。
これは……まずい傾向だ。
「おい久遠寺。どこまで行くんだ?」
「…………」
「……おい無視すんな」
「…………」
イラッ。やっぱ腹立つ。
「おい」
先を進む久遠寺を止めようと、肩に手を伸ばす。
が。
「っ!」
触れられまいとしたのか、俺の手を避けるようにしゃがみ、前方へ向けて緊急回避した。
まるで熟練の
いや
俺から距離を取った久遠寺。
そんなに俺に触れられるのが嫌だったのか……と意気消沈するのも束の間。
顔を上げた久遠寺は、真っ赤にして何とも言えない表情になった。
……まあ糸で繋がってるとは言え、流石にいきなり触りに行くのはダメだったか。いやセクハラ的な意味ではない。
でもここまで避けられるのは予想外だった。俺もこいつのことはまだ天敵だと思っているが、久遠寺もその認識らしい。
「ぁー……悪い。軽率だった」
「ち、違っ……え、ぅ……」
……? 何が違うんだ……?
「い、今、触れられると……」
「触れられると……?」
「手が出ちゃうから」
「やめろバイオレンス女」
バイオレンスすぎて流石の俺もドン引きだわ。
久遠寺も自分のやばさに気付いたのか、慌てて取り繕うように言葉を発した。
「ちちちち違うっ! て、手が出ちゃうって言うのは、その……頭で考えるより先に体が動いちゃうって言うか、想いが止められなくなるって言うか……!」
「あ……うん……」
「と、とにかくっ、ついてきなさい」
久遠寺がすたすたと歩いていき、俺もその後に続く。
それにしても……頭で考えるより先に体が動くほど、俺を嫌ってるのか。
『運命の赤い糸』で繋がったからと言って、そんな簡単に好きになることはないってことなのかもな。
それはそれで久遠寺らしいと言うか。
階段を登り、屋上に続く扉の手前までやって来た。
流石に扉は南京錠と鎖でガチガチに固定されていて、外に出ることはできない。
でも下からは見られないし、密会するにはもってこいの場所だ。
「真田、左手を挙げなさい」
「ん、こうか?」
いつもなら「何でだ」と言う場面だが、何故か素直に聞いてしまった。何だこれ、もう呪いみたいなもんじゃないか。
久遠寺も同じように左手を挙げる。
そこには、もう何度も見た濃緋色の糸が繋がっていた。
「……やっぱり繋がってるわよね……」
「まあな。その確認のために連れてきたのか?」
「そんなわけないじゃない。……ねえ真田。このこと、誰かに言った……?」
指をもじもじとさせ、上目遣いで聞いてくる久遠寺。
普段見せない可愛さにくらっと来たが、これでもキックボクシング経験者。気力で持ち直した。
「ま、まだ言ってない。龍也とか寧夏とか、妹の琴乃には詮索されてるけど」
「私も、璃音からすごく聞かれるわ。まだ答えてはないけど」
ああ、久遠寺と竜宮院、めちゃめちゃ仲良いもんな。そりゃあ気になるか。
「そ、それで相談なんだけど……このことって、誰かに話した方がいいと思う?」
「……俺は、話さない方がいいと思う」
「何でか聞いても?」
「俺達の糸の色は、世界でも数例しか確認されていない濃緋色だ。しかも、同じ学校、同じ教室にいる。そのことがバレてみろ。このことを聞きつけたメディアや研究者がこぞって押し寄せて、今まで通りの生活はできなくなるぞ」
俺の言葉に久遠寺は僅かに頬を染めた。
「そ……それは、今の生活が楽しいって……思ってる、から……?」
「まあな」
少なくとも、メディアや研究者、野次馬に追われる日々よりは、今の方が楽しい。
その言葉に久遠寺は目を見開くと、俺に背を向けた。
「……そう……たしと一緒の方が……」
「ぶつぶつ何言ってんだ?」
「な、なんでもないわよ」
……変なやつ。あ、いつもか。
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