第66話

   ◆



「お兄、さっきからボーっとしすぎ。どしたの?」

「……え? ……おぉ……」



 家に帰ってきて自室に篭っていると、ベッドでゴロゴロしていた琴乃が話しかけて来た。

 琴乃ちゃん、スカートでゴロゴロしないの。みっともないわよ。



「って、何でお前が俺の部屋にいるんだよ」

「いやいや、今更すぎるよ。お兄が帰って来た時にはもういたじゃん」

「あ、そうか。……いやいやそうじゃない。いつからいたかは重要じゃなくて、何でいるのかが重要なんだ」

「お兄って、たまにポンコツだよね」



 ほっとけ。



「それより、さっきからため息うるさいよ。ホント、どしたの?」

「……そんなにため息してる?」

「帰ってきてから10回はやってる」



 マジかよ。俺、どんだけため息ついてんだ。

 まあ理由としては梨蘭なんだけど。


 雨の中、誰もいない公園で告白されて、俺も告白して、そのままキスして……。



「ふん!」

「ちょ、お兄! 机に頭突きしないで! 机が可哀想でしょ!」



 少しはお兄ちゃんの頭の心配しようか、マイリトルシスター。

 でも察して欲しい、俺の気持ち。

 だってあんな……うぐぅ……!



「まあお兄のことだから、どうせ梨蘭たんのことでしょ」

「……ソンナコトナイヨ?」

「お兄って、梨蘭たんのことになると凄くわかりやすいよね」



 やかましい。

 ……そんなにわかりやすいかな、俺?



「で? また喧嘩したの? 全く、お兄はダメダメなんだから。梨蘭たんは繊細でいい子なんだから、お兄がちゃんとしないと。わかった?」

「いや、喧嘩したわけじゃなく……」



 公園でのことを一気に思い出し、体が熱くなる。

 まさか、あの久遠寺梨蘭と両想い……しかも向こうは、ずっと俺のことを好きだったらしい。


 そんな子と、さっき公園で……。



「ッ……」

「え、何その恋してる顔。……え、マジ? お兄、ついに梨蘭たんと?」

「…………(コクリ)」

「にょおおおおおおおおおおお!? おおおおおおっ、おにっ、お兄が童貞卒業したあああああああああ!」

「おいコラそこまで行っとらんわ!!」



 てか女子中学生が童貞とか大声で言うな!



「むーん? じゃあどこまで行ったの?」

「……言わなきゃダメ、か?」

「もち。私はずっと2人のこと見守って来たんだよ。ちょっとくらい知る権利があります」



 別に見守ってと頼んではないんだが。

 だけど……そうか。琴乃って、梨蘭の気持ちにいち早く気付いてたんだな。


 別に教える義理はないが……ここまで目をキラッキラさせられると、教えるまでうるさそうだ。



「……ぁ、っ……その……」

「うんうん。ほれほれ、私に言ってみなよぅ」



 うざ。



「……キス、まで……」

「お兄、顔が恋する乙女だよ。男なのに乙女だよ」

「うるさい」



 琴乃から顔を逸らして机に突っ伏す。今こんな顔、見られたくない。


 くそ……思えば思うほど、梨蘭に会いたくなってくる。



「あ、あのお兄が……恋愛なんてクソほども興味なかった、枯れたミジンコみたいなお兄が……!」

「失礼だな」

「うぅ、成長したんだね。嬉しいような寂しいうな……」

「何様だお前は」

「妹様?(きゅるん☆)」



 殴りたい、この笑顔。


 琴乃の笑顔にイラッとしてると、急にスマホが振動した。相手は……え、梨蘭?



「なになに? 梨蘭たんから?」

「寄るな。あといい加減部屋から出てけ」

「んえぇ〜。いいじゃん、私も将来のお姉ちゃんとお話する〜」

「今度な」



 琴乃の首根っこを掴んで外に放り出す。

 全く、野次馬根性だけは一人前なんだから、あいつは。



「……もしもし」

『も、もしもし。こんばんは……!』

「お、おう」



 電話越しに伝わってくる緊張した声。

 微妙に、俺も緊張してしまった。



『ごめん、今ちょっといい?』

「ああ、大丈夫だ。どうかしたか?」

『……』

「……梨蘭?」



 電話の向こうで、深呼吸しているのが聞こえる。

 何か盗み聞きしてるみたいで、悪いことしてる気分になるな。



『……じ、実は、その……ごめんなさいっ』



 急に謝罪された。何だ、何のことだ?



「落ち着け梨蘭。どうしたんだよ」

『じ、実は、迦楼羅お姉ちゃんに私達のこと話したら、何やかんやあってうちの両親にもバレちゃって』

「……え」

『それで盛り上がっちゃって……次の土曜日、うちで食事しないかって言われてるんだけど』

「…………マジ?」

『マジ』



 oh……。


 え、梨蘭と付き合い始めたのって今日だよね。

 それで、次の土曜日にはご両親に挨拶? 何そのハードモード。意味がわかんない。



『へ、変に構えなくてもいいから! ただご飯食べに来て欲しいってだけで……ダメ、かしら……?』

「……ダメなわけないだろ。わかった、次の土曜日な」

『あ、ありがと……!』



 まあ梨蘭の口振りからして、ご両親も歓迎してくれてるみたいだし……。


 ……大丈夫、だよな?

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