第65話

   ◆梨蘭◆



 暁斗に家まで送ってもらい、夢見心地のまま帰宅。

 胸の中にある莫大な多幸感と、ちょっとの喪失感が心地いい。


 そんな気持ちで、玄関に座ってボーッとしていると、カルお姉ちゃんがリビングから出てきた。



「おわっ!? り、リラ。どしたの、そんなところで……!」

「……カルお姉ちゃん。ただいま」

「あ、おかえり。……ってそうじゃなくて! そんなところでボーッとしてたら、また風邪引いちゃうよ」



 風邪……そう言えば、風邪引いた時に暁斗がお見舞いに来てくれたんだっけ。

 と言うことは、また風邪を引けば暁斗が家に来てくれる?



「……それもありね」

「なしだよ!? 風邪引いたら辛いんだから、なしだよ!」

「じょ、冗談よ、冗談」



 まあ3割は。


 なんとか正気に戻り、玄関から上がる。

 とりあえずお風呂入って体を温めよう。今日の夕飯は何かしら。



「……? リラ、何だかご機嫌?」

「そう見える?」

「うん。ちょー見える」



 そっか〜、見えちゃうか〜。参ったなぁ〜。


 玄関の姿見に、表情筋が緩んでる私が映る。

 なるほど、これはわかりやすい。


 むぅ。これもみんな、暁斗のせいだ。

 暁斗のせいで顔が緩む。全く……えへへ。



「り、リラが……リラが雌の顔をしてる!」

「どんな顔よ」

「アキト君のこと考えてる時の顔」



 迦楼羅お姉ちゃん、察しよすぎじゃない?



「ん? ……んん?」

「な、何よ」

「……リラ。私の顔を真っ直ぐ見て」

「う、うん……」



 何だか怖いよ、お姉ちゃん。

 迦楼羅お姉ちゃんは、じっと私の目を見つめてくる。

 私と同じような顔で、でも子供のような幼さと、大人のような色気のある顔。姉妹だけど、ちょっとドキドキ。



「リラ、よく聞いてね」

「な、何よ」






「アキト君とちゅーした?」






 刹那、脳裏によぎる暁斗とのキスシーン。


 今までに感じたことのない唇への違和感と、電気のような痺れ。

 脳をとろけさせ、判断力をなくし、本能的に暁斗を求めてしまった……初めてのキス。


 体の力が抜け、玄関にうずくまった。


 体温が一瞬で沸騰する。

 脈拍が狂い、自分でもコントロールができない。

 心臓が痛いほど締め付けられる。


 それでも、この痛みは……離したくない。



「よかったね、リラ」

「……ん。ありがと」



 うずくまる私の頭を優しく撫でる迦楼羅お姉ちゃん。

 お姉ちゃん、察しよすぎ。

 でも、そんなお姉ちゃんだから信用できる。



「カルお姉ちゃん。私……暁斗と、付き合うことになった」

「うんうん」

「でね、その……ぷ、ぷ、ぷろっ……ぷろぽーず……的なこと、言われたッ……!」



 うぐぅ、恥ずかしすぎる……!

 自分で言うのもなんだけど、あれは間違いなくプロポーズだ。


 だって、だって……! あんな作戦、私とずっと一緒にいないと成り立たないし……!


 私と! ずっと! 一緒!


 これはもうけっ、けっ、けけけけけけけっ! 結婚と言っても! 差し支えないんじゃないでしょうか!?



「リラ、乙女の顔してる。かわい〜」

「か、からかわないでよっ」

「からかってないよ。でもお祝いはしなきゃね!」



 ……お祝い?



「パパ、ママー! リラが例のアキト君と結婚するってー!」

「ちょーーーー!?」



 なっ、何いきなり言ってんの!? 何言ってんの!?



「何だと!? 例のアキト君か!」

「と言うことは、遂に付き合い始めたんだね! これはお祝いよ!」

「梨蘭もついに結婚……うぅっ。嬉しいやら悲しいやら……!」

「お父さん、泣いてないの! ほらほら、準備するわよー!」

「どうせならアキト君も呼ぶか!? そうだ、そうしよう!」

「いいわね、それ! どうせなら泊まって行ってもらったらどうかしら?」

「ナイスアイディア、母さん!」



 愕然としてる間に、色んなことが決まっていく。

 さ、流石に暴走し過ぎじゃないかしら!?



「ちょ、みんなっ! さ、流石にいきなり過ぎると言うか、暁斗も驚いちゃうというか……!」

「む、確かにな。では来週だ!」

「そうね。梨蘭、アキト君に伝えておいてちょうだい」

「え、ええ……」



 いきなりとんでもないことになっちゃった……ごめん、暁斗。

 あれもこれも、お姉ちゃんのせいだ。お姉ちゃんめ……!



「ん? ふふ。なぁに、お姉ちゃんのこと見つめちゃって。あ、お礼は大丈夫だよ☆」



 殴りたい、この笑顔。

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