第71話

「という訳デ、私は近々運命の人に会いに行こうと思っていル。実は場所もある程度わかってるんダ」

「マジすか」

「ああ。この街にいル。赤い糸を辿っテ、家まで特定済みダ」



 それはストーカーって言うんじゃ……あ、いえ何でもありません。だからそんな目で睨まないで。


 それにしても行動が早いと言うか、まさか会いに行くなんて……いや、前のことがあったから、会いに行くのかもな。


 前の人は、一目会うことすらできずに亡くなってしまった。

 いつか会いに行ける。

 いつか行動すればいい。

 いつか、いつか、いつか……。


 そのいつかは、来ない。


 もう二度と、後悔したくないんだろうな。



「リーザさんの運命の人って、どんな人何ですか? あ、別に無理に答えなくても大丈夫ですけど……」

「いヤ、問題なイ。年齢は恐らく16歳。私が21歳だから、ギリギリの年齢だナ。特徴は、そうだナ……黒髪で長髪ダ」



 16歳、黒髪で長髪。俺と同い歳……イメージでは、陰キャっぽい奴か。

 リーザさんと対極のイメージだ。



「背は170には満たないだろウ。更に華奢デ、力もなさそうダ」



 身長が170ない? それに華奢って……本当にリーザさんと対極じゃないか。



「顔は私好みの超美形。なんなら顔だけで白飯3杯はいけル」

「あれ? リーザさんって美形好きですっけ?」

「あア。アイドルとか大好きダ。因みに今の推しはミヤコエンジェルスのマキリだ」



 知らなすぎるアイドルだ。

 マイナーなアイドルまで網羅してるなんて、余程美形好きなんだなぁ。



「実は、明日会いに行きたいんだガ……少年、付いてきてくれないカ?」

「えっ、俺がッスか?」

「ひ、1人じゃ寂しいというカ、緊張するというカ……だ、だめカ……?」



 うぐっ……そんなしょんぼりした顔をされると、断りづらいんですけど。

 いやまあ、断るつもりはないんだが……。



「……はぁ。わかりました。明日の放課後でいいなら、お付き合いしますよ」

「ホントカ!? ふフ、持つべきものは優秀な弟子だナ!」

「むごっ!?」



 ちょっ、抱き着くなっ。おぼれるっ、しぬっ……!

 しかもこの人、俺より背が高くて力強いから、引き剥がせないしッ。



「むごむごむごっ!」

「おヨ? あっ、すまン」



 ぶはっ! し、死ぬかと思った……!

 暴力的デカさだ、J……!



「よシ。私だけ貰ってばかりは悪いからナ。少年の悩みも私が解決してやろウ」

「え、いや悪いッスよ」

「まあまア、気にするナ」



 リーザさんは棚からミットを取り出し、腕にハメた。

 しかも、獲物を見つけたハイエナのような顔で。



「不安を払拭するには運動ダ。とにかく動いテ、動いテ、動きまくル。それしかなイ」

「ち、因みに、今日のメニューは……」

「サンドバック30分。バトルロープ30分。ミット打ち3分、インターバル1分を10セット。残り時間はフリーウェイト」



 そうか。朝から何かソワソワすると思ったんだが……今日が俺の命日だったんだな。死を予感してたわけだ。


 ごめん、梨蘭、琴乃。俺死ぬかもしれん。



「さア、雑念の向こう側へ行こうではないカ」

「ひぇ」



   ◆



「今日はここまデ! 気を付けて帰れヨ!」

「あ……あざ、した……」



 生き延びた……俺は、生き延びたぞ……!

 疲労感でぶっ倒れそうになる体に鞭を打ち、のそりのそりと帰路に着く。


 今すぐ寝たいという睡眠欲。

 そして腹が何か食わせろと喚く食欲。

 死を感じた際に発生する種の保存本能(性欲)。


 今俺は、人間の三大欲求の全てを実感している。


 と、とにかく……何か腹に入れないと死ぬ。死んでしまう……。


 自転車を押して路地から大通りに出る。

 と……む。なんだ、この食欲がそそられる匂いは。



「……あ、ラーメン屋?」



 新しく開店したのか、開店祝いの花が店先を彩っている。

 そこから流れてくる匂いは華々しいものではなく、ガッツリとした家系の香り。


 ……ごくり……。




 無意識です。

 そう、無意識だったのです。


 気が付くと俺の目の前には、チャーシュー麺にチャーシューと煮卵をトッピングした、えげつない量のラーメンが鎮座していた。


 俺はいつキング・〇リムゾンを食らったのだろう。


 ……いや、考えるのはよそう。今はこのラーメンを食らうのみ!


 レンゲでスープを掬い、油膜の貼ったこってりスープをすすると……。



「「んんん〜〜〜〜ッ!!」」



 し、しみるぅ……!

 ……ん? 何か声がダブったような。


 声のした方。正確には右隣を見る。



「あれ? 真田君」

「……あ、竜宮院」



 なんと。我が校の大和撫子。清楚オブ清楚な竜宮院璃音がいた。

 髪をポニテにし、伊達なのか眼鏡をかけ、野暮ったいグレーのパーカーを着ている。


 ……え、本当に竜宮院か?


 普段の竜宮院から想像もできない竜宮院に驚愕してると、「あはは……見つかっちゃった」と言うような顔をした。



「……取り敢えず、食おうぜ。麺が伸びちまう」

「ええ。そうね」



 そこからは無言。

 互いに何も喋らず、食い切るまでラーメンをすすったのだった。

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