第72話

「んーっ、大満足の味だったわね」

「ああ。疲労感が吹き飛んだ気分だ」



 食後、何となく一緒に店を出た。

 特に話すことはないが、何となく。



「それにしても意外だった。竜宮院って、ああいうものも食うんだな」

「むしろ好きよ。学校の誰にも言ってないけれど」



 確かに、学校での竜宮院と言ったら清楚代表として名高い。

 学校全体を見ても、トップレベルの美少女だ。


 そんな彼女が、こってこての家系ラーメン……しかも大盛りをぺろりと平らげる。

 意外すぎるギャップだ。



「ほら、私って清楚キャラじゃない?」

「自分で言うか」

「自覚してるもの」



 まあ、自覚してないとオンとオフの切り替えもできないか。

 こいつは自覚してるからこそ、同級生の目がない夜はこんな感じなんだろうな。



「でも、やっぱり疲れるのよね」

「疲れる?」

「清楚なんて、周りが私に押し付けた印象でしかない。それに合わせてはいるんだけど、中々肩こるのよ」

「じゃあ合わせなきゃいいじゃないか。誰に頼まれてるわけでもないだろ?」

「それがそういう訳にも行かなくてね」



 ……? 何か、含みのある言い方だな。

 まるで、誰かに期待されてるみたいな……?


 肩をぐりぐり回し、首の関節を鳴らす。

 学校での竜宮院を考えたら、信じられない光景だ。


 俺の少し前を歩く竜宮院が、手を後ろで組んで振り返った。



「ねえ真田君。もし私が、売りしてるって言ったらどう思う?」

「……驚く。そんで……」

「幻滅するでしょ」

「まあ、ありたいていに言えば」



 そんなことはないと思いつつ、もしそうだった場合……多分俺は、竜宮院を色眼鏡で見るだろう。



「そのイメージを崩さないよう、私は、“私”を演じているの。今日はその息抜きって所よ」



 自分を演じる、か。

 疲れそうな生き方だ。俺には到底、真似できない。


 …………。



「なあ、聞いてもいいか?」

「ん?」

「このこと、梨蘭は知ってるのか?」

「……いいえ、話していないわ。あの子には、幻滅されたくないもの」



 梨蘭はそんな奴じゃないとは思うが。

 普段、仲のいい2人を想像する。

 あの梨蘭が、竜宮院のちょっとしたギャップで幻滅する……ダメだ、想像できない。



「あいつになら、言っても問題ないと思うけど」

「あら。夫としての余裕?」

「そんなんじゃないさ。わかるだろ?」

「……そうね。あの子はこんなことで私を見放すような子じゃないわ」



 竜宮院は、少し憂いのある笑みを見せる。

 昔、何かあったんだろうな……。


 でもそのことに言及するつもりはない。

 人にはひとつやふたつ、言えないことがある。

 俺と竜宮院はそこまで仲がいいという訳ではないからな。



「……ん? じゃあ何で俺には言ったんだよ」

「バレちゃったし、あーもーいいかなーってね。それに梨蘭ちゃんがあそこまでベタ惚れなんだもの。真田君は口外するようなことはしないでしょ?」

「ああ」

「そうやって断言するところ、好きよ」

「言ってろ」



 もちろん、こんな言葉を本気にする訳はない。

 俺には梨蘭がいて、竜宮院にも運命の人がいる。

 ただの軽い冗談だ。



「でもよ、そんな竜宮院を受け入れてくれる人ならいるだろ」

「梨蘭ちゃん?」

「違う。運命の人だ」

「──。……そうね……そうかも」



 自分の左手の薬指を撫でる。

 愛おしそうに。思いを馳せるように。


 と、ここで気になったことがある。



「なあ、竜宮院の運命の人ってどんな人なんだ?」

「乙女の秘密を知ろうだなんて、無粋よ?」

「すまん」

「ふふ。冗談よ。そういえば話してなかったわね。んー……多分ハーフか、外国人だと思うわ」



 へぇ、竜宮院の運命の人もハーフなのか。


 梨蘭もハーフだけど、やっぱり『運命の赤い糸』が現れてから、ハーフやクオーターの人口が増えたって言うのは本当らしいな。



「銀髪でカッコイイ人ね。背も高くて、鍛えてるのか体も引き締まってるわ」

「……ん?」

「どうかした?」

「あ、いや。何でもない」



 はて。どこかで聞いたような、見たことあるような。

 ……まあいいや。



「頭の中に顔は浮かぶけど、まだ笑顔は見たことないわ。でも多分、笑ったら凄く快活な笑顔を見せると思うの」



 ふむふむ。……ふむ?



「口を挟んで悪い。でも1つ聞かせてくれ。あ、答えたくなかったら答えなくていいから」

「なに?」

「竜宮院の運命の人って……男、だよな?」






「いえ、女性よ。私、女性しか好きになれないの」






 …………。


 マジか。

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