第50話
◆
「はふ……疲れたぁ」
「ウチも〜」
リビングで俺も勉強していると、昼前になって2人が自室から降りて来た。
「おー、お疲れ」
「あれ、お兄ここで勉強してたの?」
「上だとお前らの話し声で集中できないからな」
「うわー、現役JCの生会話聞いて集中できないとか、お兄きもー」
「センパイきもー♪」
「拡大解釈がひどい」
実の妹と妹の親友の話し声を聞いてソワソワするとか、ただのド変態じゃねーか。
2人が降りて来たから俺も勉強を中断し、冷蔵庫の中のグレープジュースを2人に出してやった。
「お兄、ありがとー」
「センパイ、ありがとうございます!」
「おう、感謝しろ」
2人がソファーに並んで座り、美味そうにグレープジュースを飲む。
もうこんな光景を見て3年になるのか。
月日が流れるのは早いな。
「ところでセンパイ、聞いてもいいですかー?」
「なんだ、勉強か?」
「そっちはホント勘弁してください……。じゃなくて、センパイの運命の人ですよぅ。あの時ははぐらかされましたけど、今日こそは逃がさないです!」
「っ……」
またか……こいつも、龍也も、寧夏も。どうしてそんなに人の運命の人について聞きたがるんだ。
動揺を隠すようにコップに入っているグレープジュースを飲み干し、息を吐く。
「はぁ……だから、お前には関係な──」
「ありますよ」
……え?
何のことかわからず乃亜を見ると。
今まで見たことがないほど、真剣な眼差しで俺を見つめていた。
「あるんです。私にも」
「っ……ねーよ」
「あります」
「ない」
「ありますってば!」
咆哮にも似た大声。
その声に圧倒され、思わず黙ってしまった。
緊張に似た膠着が続く。
と、琴乃が気まずそうに手を挙げた。
「あの〜、乃亜。乃亜はあんまりお兄の運命の人、聞かない方がいい気が……」
「琴乃はどっちの味方なの!」
「ふぇ……」
琴乃もどうすればいいのかわからず、涙目だ。
「……乃亜。あんまり琴乃をいじめないでやってくれ」
「いじめてないです。センパイが黙ってるのが悪いんです」
「……このこと、誰にも言わないか? そして、俺の運命の人に何もしないって誓えるか?」
「言いません。それに、誓います」
乃亜の瞳が真っ直ぐ俺を見る。
……ま、こいつが悪いことをしない奴だって言うのは知ってるが。
それに人に危害を加えることもしない。それは俺が
「……久遠寺だ。久遠寺梨蘭。……お前も前に会ってるだろ」
「────」
目を見開き、直後にそっと目を伏せた。
何でこいつが、こんなに俺の運命の人について知りたいのかはわからない。
これが意味あることなのか、それとも単なる興味なのか。
乃亜の心が何を思ってるのか考えていると。
「なるほど、そういう……ふむ」
「……乃亜?」
何をブツブツ言ってるんだ?
「センパイ!」
「えっ。な、なんだ?」
突然顔を上げた乃亜。……なんで満面の笑みなんだ?
乃亜はソファーから立ち上がると、いつも通り俺の腕に抱きついてきた。
「セーンパイ♡」
「な、何だよいきなり」
「……やっぱり無反応ですね」
「おいコラどこ見て言ってやがる」
見つめるんじゃない、主に俺の下半身を。
無理やり引き剥がすと、乃亜は腕を組んで思案する。
普段から何考えてるのかわからない奴だったが、今日はいつも以上に何を考えてるのかわからない。
「なるほど、なるほど。……センパイ」
「今度はなんだ……」
「今のセンパイにとって、ウチはどんな存在ですか?」
「後輩」
「淡白ですね」
「それ以上でもそれ以下でもないからな」
厳密に言えば『大切な後輩』だけど。
「なら、好きか嫌いかで言えば? あ、無駄な問答は無しです。好きか、嫌いかで答えてください」
「……そりゃ、好き……だが」
「ということは、嫌いではないと?」
「まあ」
「ほうほう、そうですか」
いや、本当に何がしたいのこいつは。
「タイム! 琴乃、来て」
「うん」
「センパイはここで待機です! どこにも行っちゃダメですよ!」
と、琴乃の腕を掴んで2階に行ってしまった。
昔からわからないやつだったけど……今日は一段とわからん。
◆乃亜◆
「琴乃、緊急会議を始めます」
「あーい」
琴乃の部屋で、クッションを敷きカーペットに座る。
琴乃はベッドに座り、面白そうなものを見た感じでニヤニヤしていた。
「何さ」
「いやー、乃亜は相変わらずお兄のこと大好きだなーって」
うぐっ……改めて言われると照れる。
そう、ウチは暁斗センパイのことが好きだ。
ウチが中1の時に起こった、
でも今それはどうでもいい。
問題は、あの久遠寺梨蘭とセンパイが『運命の赤い糸』で繋がってる現実だ。
「琴乃、本当なの? 暁斗センパイと久遠寺先輩が運命の相手って」
「そだよー。梨蘭たんもお兄にベタ惚れだからねぇ〜」
くっ。本当だったか……!
よりによって、
あの夜、センパイの手前久遠寺先輩は暁斗センパイを嫌いで有名、と言ったけど、それは間違いだ。
久遠寺先輩が暁斗センパイを大好きだってことは、同中の生徒全員が知っている事実だ。
知らないのは本人達だけ。
まあ、暁斗センパイもちょーにぶちんですし。
じゃないと、ウチの猛アタックに気付かないはずないんです。ばーかばーか。
リューヤ先輩もネイちゃん先輩も、面白おかしく見守ってるけど……ウチにはそれが我慢ならない。
だって、ウチも暁斗センパイのこと大好きだから。
それに、見た感じあの2人はまだ付き合っていない。
ならウチにもまだチャンスはある。
暁斗センパイを、ウチの方に振り向かせるチャンスが。
1年後にはウチにも運命の人が現れるかもしれない。
でも、今ウチが好きなのは暁斗センパイだ。
たった1歳、歳が違うだけで結ばれない?
ふざけるな。
運命がなんだ。赤い糸がなんだ。
そんな呪いは断ち切る。
ウチは、ウチの手で幸せを掴む。
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