第36話
学校が近くなり、俺と久遠寺は少しタイミングをずらして校舎に入ることに。
こんな所、あいつらに見られちゃ敵わないからな。
久遠寺が先に入り、程なくして俺が後から入った。
さっきまでのことをなかったかのように、久遠寺はこっちをチラ見しただけで話しかけてこない。
……別に寂しくないし。
ため息を我慢し、俺も靴を履き替えると。
背中を弱い力でポムッと叩かれた。
「アッキー、ちっすちっすー」
「ああ、寧夏。おはよ」
「ちすちすちすちすちすー」
ちすちす言い過ぎ。あと脇腹ぺちぺちして来んな。
「あれ、何か今日元気じゃん?」
「風邪ひいた覚えはないが」
「じゃなくて。いつも梅雨のとき、アッキーって鬱だったよーな」
よく覚えてんな、こいつ。
確かにいつも「梅雨滅びろ」とは言ってたけど。
「なんだなんだー? 朝からいいことあったかい?」
「……特にないな。たまたまだろ」
「んー? アッキーとつるんで3年目だけど、こんなアッキー初めて見たなぁ」
鋭すぎるし、俺のことよく見すぎ。
何となく腹立つ。デコピンくらえ。
「にゃっ!? いったぁ〜……! い、いきなり何すんのさ!」
「うっせ」
「横暴じゃん!?」
下駄箱前でわーぎゃー騒ぐな。他の人に迷惑でしょう。
そんな俺と寧夏のやり取りを見ていたのか、久遠寺が僅かにムッとした顔をしていた。
「およ? リラ、ちすちすー」
「あっ。お、おはよう。それじゃ」
……行っちまった。足早に。
まああそこで突っ立ってても変に思われるしな。
「リラ、おかしくない?」
訂正。普通に変に思われてるわ、あいつ。
「そうか? いつも通り不機嫌な感じだったろ」
「そうじゃなくてぇ。うーむ……ま、いっか」
寧夏って他人の変化に気づけるし、気持ちの機微に聡いけど、細かいことは気にしないから付き合ってて楽だわ。
靴を履き替えた寧夏と教室までの廊下を歩く。
その間、まるでマシンガンのように昨日のアニメがどうだとか、ゲームでなになにがカッコイイ・カワイイとか、新作のフルーツサンドが最高とか。
とにかく湧くように話題が出てくる。
相変わらず元気な子だ。
教室に突入する。
寧夏は手当り次第に挨拶して周り、最後に龍也の所まで走ってった。
「リューヤ、ちーっす」
「おーネイ。ちーーっす」
「む。ちーーーっす」
「ん? ちーーーーっす」
「「ちーーーーーっす。ヘェイ」」
「いや長いわお前ら」
ハイタッチすんな。
朝から喧しい2人の脳天にチョップ。
「んあっ? お、暁斗。ちーーーーっす」
「やらんわ」
何でこいつらいつも朝から元気なんだよ。
「んだよノリ悪いな。……ん? 暁斗、何か今日雰囲気違くね?」
「だよね、リューヤもそう思うよね」
「ああ。いつも梅雨の時期は死んでんのに」
お前ら、俺のこと観察し過ぎだっての。ここまで来ると怖いわ。
密かにため息を吐くと、龍也が「そういや」と口を開いた。
「今日の体育、男女一緒に体育館だってよ。と言うかこれから暫くそうなるらしい」
「梅雨時だもんねぃ。体育だりぃー」
「ネイほど身体能力クソ高い奴が、運動嫌いってのも珍しいな」
「何言ってんの、スポーツなら好きだよ」
へぇ……寧夏ってスポーツ好きなのか。意外だ。
「寧夏、どんなスポーツが好きなんだ?」
「イースポ」
「ゲームじゃん」
「イースポはゲームじゃない! 手汗を握り、血が滾り、魂は震え、極めた技と技をぶつけ合う至上のスポーツ! 断じて! ゲームじゃ! ない!」
「え、ごめん……?」
そんなに食いつくとは思ってなかった。
誰かにとってはゲームでも、誰かにとっては遊びじゃないんだな。軽率な発言だった。
だから背中をぺちぺちすんのやめて。
にしても、体育は男女一緒か。
てことは久遠寺も一緒……どうしよう、ソワソワしてきた。
「何ソワソワしてんの、アッキー」
「ネイ、よく考えてみろ。男女一緒の体育だぞ。嫁ちゃんもいるんだぞ」
「あー」
「おいそこ、邪推すんな。ニヤニヤすんな」
しかも当たってるし。
俺と久遠寺が『運命の赤い糸』で繋がってるって、教えてないよな。
小さく嘆息して前を向く。
久遠寺は久遠寺で、竜宮院と何か話をしていた。
「まあまあ梨蘭ちゃん。大丈夫だって」
「無理……あんな姿見られたら死ぬしかない……」
何か物騒な話になってない!?
俺の視線に気付いた竜宮院が、苦笑いを浮かべる。
ホント、何の話してんの……?
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