第35話

   ◆



 天気予報通り、シトシトと降る雨の中。

 琴乃とは別方向のため、家の前で別れて1人で通学路を歩く。


 琴乃のおかげで大分気分も上向いた。

 流石にテンション高くとはいかないが、それでも憂鬱な気持ちは吹っ飛んだ。

 まあそれでも、湿気でワイシャツが肌に張り付く感覚は不快だが。

 早く衣替えの季節になって欲しいもんだ。


 傘を肩に担ぎ、曇天を睨む。雨め。


 住宅街から河川敷に抜け、長い橋を渡る。

 ……こうして歩くと、たまにはこういうのも悪くないなとは思う。


 暑くもなく、寒くもない気温。

 傘を叩く雨の音。

 足早に走る人。ゆっくり歩く人。

 時間の流れがいつもより緩やかに感じる。


 それでも雨はウザい。


 1日……いや朝の登校時間なら許せる。

 だが1週間、2週間と続くのは許せん。


 はぁ……早く梅雨明けないかな。



「ちょっと。なに辛気臭い顔してんのよ」

「ん? ……え、久遠寺?」



 橋の丁度真ん中辺りで、久遠寺がピンクの傘を差して立っていた。

 ……何でここに? 体調は大丈夫なのか? こんな所にいるとまた風邪ひくぞ? そもそもお前ん家反対方向だろ?


 と、色々と言いたいことが頭の中を過ぎるが。



「……よう」



 そんな言葉しか出てこなかった。



「ん。おはよ」



 久遠寺も素っ気ない返事をした。

 何となく流れで、久遠寺と肩を並べて学校に向かって歩く。

 しばし、無言の時間が続く。

 ……このまま黙ってるのもアレか。



「……風邪、大丈夫か?」

「ええ。もうすっかり元気よ。……今朝の琴乃ちゃんのメッセ、あれ忘れなさいよね」

「ああ。あんなことでからかうほど、ガキでもないさ」



 正直言えばめっちゃからかいたい。

 でもやりすぎると拗ねるだろうし、ここはスルーで。



「てか何でここにいんの? そのまま学校行った方が早かったろ」

「……わからないの?」



 え、なに、その『察しないとキレるわよ』とでも言いたげな目。怖い。

 実際、わからないもんはわからないし。ここは素直に。



「すまん、わからん」

「……ふふ。冗談よ、冗談。そんな怖がらなくても怒ってないから」



 いや、あの目はガチだった。

 1回鏡で見てみろ。かなり引くぞ。

 久遠寺はムスッとしたような、照れてるような。判断が付かない顔で俺を見上げると、傘で顔を隠した。



「……いいじゃない。たまにはこうやって一緒に登校するのも。アンタ、いつも自転車だし」

「ああ、そういう……」



 確かに、こうして一緒に歩くなんてそうそうない。

 ……こういうのも、新鮮でいいな。



「……何よ。何か言いたげな感じね」

「いや……何だか最近のお前、素直だなと思って」

「誰のせいだと思ってんのよ、ばか」



 ぺしぺし。おい、鞄ぶつけてくんな。


 そもそも誰のせいって……誰のせいだ?

 俺? ……んなわけないよな。だって俺、こいつが素直にならなきゃいけないことなんて、1つもしてないし。


 乙女心、複雑。


 見ると、顔色も良くて足取りも軽やか。確かに風邪は完治したみたいだ。

 それにどことなく嬉しそう。

 そんな顔されると、気恥しいんだけど。


 俺の少し前を歩いていた久遠寺が、不意に振り返った。



「なんだか不思議ね。私達がこうして一緒に登校するの」

「……ま、中学からの俺らの関係を考えるとな」



 今でこそ『運命の赤い糸』のせいなのか、互いに丸くなっているけど。

 俺達が出会った頃なんて、本当にバチバチにいがみ合っていた。

 理由は主に、こいつが噛み付いて来たからなんだが。


 もし中学の頃の俺達を知ってる奴がこんな所を見たら、目を疑うだろう。



「……今だから聞くが、何でお前俺にあんなに噛み付いて来たんだよ」

「言わない」

「……え」

「言わないわよ。べー」



 何だそりゃ。



「気が向いたら、教えてあげなくもないわ」

「それって一生聞けないってことじゃん」

「気が向いたらって言ったでしょ? それは明日かもしれないし、1年後かもしれない。もしかしたら10年後かもね」

「気の長い話だ」

「だから、気長に待ってなさい」



 ふわりと微笑む久遠寺。

 その拍子に、雨の匂いに混じって久遠寺の香りが鼻をくすぐった。


 雨は嫌いだ。

 むしむしするし、濡れるし、歩かなきゃいけないし。

 …………。


 でもまあ。ちょっとだけ……本当にちょっとだけど。


 こんな雨の日も悪くない。

 そう思えた。

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