第34話

 ……雨だ。

 寄りにもよって、今日は週明けの月曜日。

 自転車にも乗れないし、行く気なくすわ……。


 内から溢れ出る不満をため息と一緒に吐き出す。


 ……とりあえず、制服に着替えるか。

 壁にかけてある制服を手に取るが……ぐ、重い。

 重だるい気持ちが肉体に及ぼす作用と言うのは凄まじく、普段は軽い制服でも重く感じる。

 そろそろ梅雨入りか……毎年のことだけど、梅雨って嫌いなんだよな。


 ふと、赤い糸に視線が行った。

 結局あの後、週末まで久遠寺は学校を休んだ。

 メッセージではやり取りしているが、今日はどうだろうか。


 無意識のうちにスマホに手が伸び、メッセージアプリを起動させる。


 ……あんまり今日来るかどうか聞くと、俺があいつに会いたいみたいじゃないか。

 それにあいつのことだ。急かしすぎると、また無理に来ようとするに決まってる。


 今は放置。うん、そうしよう。


 気が進まないけど、とにかく着替えて──。


 ドタドタドタ! ドパァッン!



「お兄っ! おっはー!」



 おま、うるせぇ……。



「ノックをしろ俺のプライベートを考えろ声のボリュームを下げろ」

「雨! 雨降ってるよ、お兄!」



 まずはお前が人の話を聞こうか。



「……ああ、降ってるな」

「そうっ、梅雨入りしたんだって! さっきテレビでやってた!」

「何でそんなにテンション高いんだ、お前は……」

「だって中学生最後の梅雨だよ! この制服を着て過ごすのは、今年で最後なの! テンション上がらずにいられないよ!」



 …………。



「んにゅ? 何で頭撫でるの?」

「何となく。お前は人生楽しそうでいいな」

「うんっ、楽しい!」



 何この天使。世の中のこと全肯定しそうじゃん。是非ともこのまま大きくなってくれ。

 ……悪い奴に引っ掛からないように、ちょっとは成長して欲しいが。



「でも、これから暫くは送れないからな。雨の中自転車は無理だ」

「はっ。た、確かに!? ぐぬぬ、雨め……!」



 さっきまで楽しそうだったのに、一転恨めしそうな顔。

 琴乃の顔見てるだけで本当に飽きない。



「ところで、お兄ちゃんそろそろ着替えたいんだけど」

「? 着替えればいいじゃん」

「出てけ」



 首根っこを掴んで廊下に放り投げた。

 兄妹だが、親しき仲にも礼儀ありだ。



「お兄ー」

「ん?」

「元気出たー?」

「……ああ。出た」

「にししー。じゃ、私はリビング行くからねっ」



 琴乃が階段を降りる音が聞こえる。

 まさか、俺が梅雨が嫌いなことを覚えてて元気づけに来たのか? ……できた妹だな、本当。


 さっきより軽く感じる制服に袖を通し、下に降りる。

 リビングにいるのは琴乃だけ。

 そういや、母さんは今日は早出だったな。



「お兄、コーヒー飲む?」

「ああ、もらう」

「ほいさー」



 ドリップマシンでコーヒーを入れると、食パンとウインナー、サラダと一緒に持って来てくれた。



「琴乃が作ったのか?」

「まーねー。焼くだけだから、ちょちょいのちょいですよ」



 あの琴乃が料理を……うっ、感動で涙が。

 とりあえず写真撮ってっと。



「ちょっ、何で写真撮るのさ!」

「だって琴乃の初めての手料理だぞ。撮るだろ」

「は、恥ずかしいからやめてよ、もうっ」



 本気で恥ずかしがってるのか、眉を寄せてスムージーを飲む琴乃。

 照れなくてもいいのに。



「あ、そう言えば梨蘭たん、風邪どうだって?」

「あー、今朝は連絡とってないからわからん」

「ダメだよっ、朝イチでちゃんと声掛けてあげないと!」



 とは言ってもな。

 …………。



「ちょっと待て。何で久遠寺が風邪引いてること知ってんの?」

「メッセで聞いたー。お、噂をすれば梨蘭たんからメッセが。ほら」



 梨蘭:アイツからメッセ来ない(´;ω;`)



「泣いちゃってるじゃん。ほら、早く連絡してあげなきゃ」

「あいつ、琴乃の前だとそんな感じなの?」



 何そのギャップ。顔文字使ってんの可愛すぎか。



「……飯食ったら連絡する」

「そうしてあげて。……あれ?」

「どした?」

「今のメッセをお兄に見せたって送ったら、こんな返事が」



 梨蘭:見せたの!?

 梨蘭:なんで!?

 梨蘭:違うから!違うから!

 梨蘭:アンタからの連絡を待ってたなんてこと、絶対ないんだからぁ!



 待ってたのか。

 調子狂うなぁ、本当……。



「お兄、顔にやけてるよ」

「うっせ」

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