第141話

 十数分後。梨蘭と女性の言葉、それに状況からして、俺への疑いは晴れた。

 はあ、梨蘭を呼んでおいてよかった……下手したら、俺まで女性を襲った奴の仲間だって思われてただろうし。



「そ、それじゃあ、俺達はこれで」

「あ、待ってください。事情聴取がありますので、署までご同行願えますか?」



 ……マジか。


 ということで。結局、色々と聞かれた上に、解放されたのは早朝3時。

 梨蘭は先に帰したけど、さすがにきついものがあるなぁ。


 警察の人にパトカーで送ってもらい、家に着いたのは結局3時半を超えていた。

 聞けば、女性も警察のパトカーで送ってもらったらしい。

 あんなに震えていたし、トラウマにならないといいんだけど。


 玄関をそっと開けて、家に入る。

 あぁ、やっと帰って来れた……。



「ただいまーっと」

「ただいま、じゃないわよ」



 え? げっ。



「か、母さん……!? それに父さんも……!」



 怒髪天を衝くとまではいかないが、かなり怒ってるっぽい2人。

 階段の上からは、琴乃が心配そうにこっちを見ていた。



「あ、あー……その……」

「全く……アンタ、中学の頃に無茶したの覚えてないの? また心配かけて……!」

「ご、ごめん、なさい……」



 中学の頃。乃亜のあの件のことだ。

 確かに、あの時は今ほど体は出来上がってなかったし、力も弱かった。

 だから乃亜を助けた時もだいぶ無茶をしたんだが……その時も、かなりキレられたのを覚えている。

 怖さで言えば、マジギレしたリーザさんをもしのぐ怖さだ。

 うん、怖い。超怖い。


 隙がなく、できるバリバリのキャリアウーマン。そんな印象の母さんは、腕を組んで俺を見下ろしてきた。



「まあまあ、母さん。落ち着いて」

「パパ……」



 そんな母さんをなだめた父さんは、怒ってはいるみたいだが覇気は感じられない。

 童顔で若々しい見た目で、一緒に歩くと親子というより兄弟って言われたな。

 よく、俺は母さん似。琴乃は父さん似って言われてた気がする。



「暁斗、父さんと話をしよう。リビングにおいで」

「……わかった」



 靴を脱ぎ、リビングに行こうとすると。

 母さんが俺の頭を撫で、優しく抱き締めた。



「あんま、心配かけるんじゃないわよ……」

「……ごめん」



 その言葉しか出てこなかった。

 後先考えず、反射的に行動してしまったとは言え、本当に申し訳ないことをしたと思う。


 父さんと一緒にリビングに入ると、温かいミルクココアを入れてくれた。



「はい、熱いよ」

「ありがとう」



 俺と自分の前にカップを置き、対面に座る。

 もうさっきみたいに、怒っている雰囲気はない。むしろ清々しいほど穏やかだ。



「ふう……さて暁斗。父さんが言いたいこと、わかるね?」

「……ああ、わかってる。母さんが言ってたようなこと、だろ?」

「その通り。父さん達は暁斗が大きく、強く成長してくれて嬉しい。それでも親としては、どうしても心配してしまうんだ。だから母さんも怒った」



 優しく説くように、ゆっくりと言葉を口にする。


 父さんの言葉には不思議な力がある。

 じんわりと心の奥底に沁みるような、そんな感じがするのだ。



「もちろん、父さんも怒っている。でも父さんは、暁斗のやったことを否定しない。もしあの場面で暁斗が見て見ぬ振りをしたり逃げ出したりしたら、女性は傷つき、下手をしたら一生立ち直れなかったかもしれない。だから暁斗のしたことは、間違っていない」

「……ありがとう、父さん」



 父さんはいつもそうだ。

 頭ごなしに否定するわけでも、怒るわけでもない。

 相手の毒気を抜く話術というか、そういうのに秀でてるんだよな。



「それでも、次無茶をして母さんや琴乃ちゃんを心配させたら、それこそ鉄拳制裁が待っているから、そのつもりで。いくら暁斗が鍛えてるとは言え、まだまだ素手喧嘩ステゴロでは負けないよ」

「さすがの父さんも歳だろ」

「さあね。やってみればわかるさ」



 好戦的な笑みを浮かべて、ずいっとテーブルを乗り出してきた。



「あー……またの機会で」

「ふふ。そうだね。ここでやり合ったら、母さんと琴乃ちゃんが悲しむだろうし」



 と、いつものおっとりとした父さんに戻った。

 昔何をしてたのか知らないけど、たまーにこういうところあるんだよな、父さんって。



「さて、この話はこれで終わりだ。ここからは、男同士の話をしようじゃないか」

「男同士?」

「暁斗の運命の人のことだよ」



 うげ。その話、ここで持ってくる?



「琴乃ちゃんから聞いたよ。暁斗、もう運命の人とお付き合いをしているんだってね」

「ま、まあ、ね」

「それも、かなりウチにも来てるみたいだし……どうせなら、一回挨拶しておきたいんだけど。暁斗も琴乃ちゃんもお世話になってるからね」



 父さんはにこにこと笑い、そっと前のめりになった。



「会わせて、くれるよね?」

「う……うす」



 こうして数日後、うちの親と梨蘭が初めて会うことになったのだった。

 何事もなければいいんだけどな……。

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