第145話
9月1日。
高校生最初の夏休みが明けてしまった。
けど全く悲観していない。元気も有り余ってる。
それもそうだ。何せ今年の俺は──夏休みの宿題を、余裕をもって終わらせたからだ!
体が軽い。
まるで背中から翼が生えたみたいに。
予定を立てて毎日コツコツ進めると、こんなにも焦らなくていいのか。
いつもは最後の2日間は死ぬ気で宿題をしていた。
だなら夏休み明けはほとんど死んでたんだが……これも全部、梨蘭のおかげだ。
「へいへいへーい。暁斗、顔ニヤついてるぞ。ついにお嫁ちゃんと一線越えたか?」
「ナチュラルにセクハラしてくんのやめろ、龍也」
男同士でもセクハラは成立するんだぞ。
ったく、せっかく人が悦に浸ってたってのに。
後ろを振り向くと、龍也が人の悪い笑みを浮かべていた。
ふん、そうしていられるのも今のうちだ。
「聞いて驚け。俺は今年、夏休みの宿題を余裕を持って終わらせた。今の俺は無敵。最強状態だ」
「……自慢げに語ってるところ悪いが、それ普通だぞ。頭大丈夫か?」
「正論パンチやめて」
俺としては革命的出来事なんだよ! レボリューションなんだよ!
この素晴らしさがわからないとは。もう知らん。ふんっ。
「おん、怒ったか? 悪かったって。おーい、暁斗〜?」
つつくな。喧しい。
──ん? 視線?
誰かこっちを見てるような……誰だ?
周りを見渡す。けど、誰もこっちを見てる様子はない。
高校生の夏休みデビューをした奴が数人。あとは特に変わりはない。
んー?
「暁斗、何キョロキョロしてんのよ」
「! ……おはよう、梨蘭」
夏服で登校して来た梨蘭。
梨蘭の制服姿、久々だ。この夏はずっと私服姿だったからな……制服姿でも、相変わらず可愛い。
梨蘭は少し恥ずかしそうに前髪をいじると、「おはよ……」と小さく呟き、前の席に着いた。
「それで、どうしたの?」
「いや、ちょっと視線を感じてな」
「視線? 暁斗に?」
おい、その「自意識過剰?」みたいな目を向けるな。
でもまあ……そうだよなぁ。俺を見てくる奴なんていないか。
「サナた〜ん……」
「うお!?」
「キャッ!?」
び、びっくりした……ひより、どっから湧いて出たんだよ。
暑さのせいか、ぐでーっと溶けているひより。だ、大丈夫か、こいつ?
「おはよー、サナたん、リラたん。1ヶ月ぶり〜」
「そ、そうだな。おはよう」
「お、おはよう。……溶けてるけど、大丈夫?」
「暑すぎて死ぬるー」
まあ確かに、今日は茹だるような暑さだもんな。冷房もいまいち効きが悪い。
「それより聞いておくれー。夏休みの間に運命の人に会ってきたんだー」
「え、ホント? どんな人だったの?」
「それがね、結構大きな会社の御曹司ってやつだったんだよ。なんだかんだ話してると趣味も合ったし、楽しかったし」
ひよりはその人のことを思い出したのか、ちょっとぽわぽわした雰囲気で語る。
「でもね、その人も最近失恋したんだってー」
「失恋?」
「と言うより、なんか政略結婚されそうだったけど、それが破談になったんだってさー」
……政略結婚? それに破談って……まさか。
「悪いひより。その人の写真ある?」
「うん、あるよー」
スマホを見せてもらう。
そこには、ひよりとツーショットで写っている、恥ずかしそうな顔の好青年がいた。
「すまんひより、これ借りるぞ」
「え? いいけど……」
そのスマホを持ち、寧夏の所に向かった。
「寧夏、この人見覚えあるか?」
「え? ……え」
寧夏は写真を見て、目を白黒させた。
やっぱりか……この人、ジュウモンジグループの協力会社の御曹司だったんだ。
そして十中八九、この協力会社ってのは……。
「この人、プロデュース会社の息子じゃないか?」
「そ、そうだけど……え、何? ひよりんの運命の人?」
「みたいだ」
「……世の中狭すぎない?」
言えてる。
それに、ジュウモンジグループのプロデュース会社ってことは、だ。
俺と梨蘭のウェディング体験で、絶叫ランドとコラボしていた会社ってことになる。
そして俺と梨蘭は、そのウェディング体験で撮った写真を広告のモデルとして使うことを承諾した。
……なんだか、近いうちにこの人にも会いそうだなぁ。
スマホをひよりに返し、そっと嘆息。また面倒事に巻き込まれなきゃいいけど……。
「あ、あのっ……!」
「んぇ?」
突然、誰かに話し掛けられた。
声がした方を振り向くと、そこにいたのは。
「あ、諏訪部さん。おはよう」
ダークブラウンの髪を緩い三つ編みにし、後ろから前に垂らしている髪型が特徴的。
おっとりというか、ゆったりというか。
そんな印象を抱く彼女は、我らが1年5組のクラス委員長、
そんな諏訪部さんが、俺を見て僅かに頬を染めた。
「え、えっと……真田くん、久遠寺さん。ちょっといい、かな……?」
……え、俺ら?
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