第144話
◆
「はあ……すっごく楽しかったわ」
夕飯を終え、時刻は22時。
楽しい時間は一瞬で過ぎるもので、俺は梨蘭を家まで送っていた。
またこの間みたいな暴漢がいないとも限らないし、時間も時間だからな。
まあ、『運命の赤い糸』が見えるこの時代に、あんな犯罪に手を染める方が珍しいんだが。
「梨蘭が楽しんでくれたならよかった。父さんと母さんも梨蘭のこと気に入ったみたいだし、いつでも来てくれよ」
「ありがとう。私も、すごく居心地がよかったわ」
にこにこ、るんるん。
今にもスキップしそうな程、テンションが高い。
と、そこで梨蘭の脚がピタッと止まった。
視線の先には、この間女性が襲われそうになっていた大きめの公園がある。
普段は子供達が遊ぶ大きな公園だが、こうして見ると少し薄気味悪い。
「どうした?」
「いえ……そういえば、この間の女性はどうなったのかと思って」
「警察の人曰く、外傷はなくて精神的ショックの方が大きかっただろうってさ。どこの誰かは知らないけど、早くよくなってほしいもんだよな」
「そう、それよ」
え、どれ? なんのこと?
梨蘭は腕を組み、うーんと首を傾げた。
「あの人、どっかで見たことあるのよねぇ……どこだったかな」
「まあ、この辺に住んでる人なら、すれ違ったりしたことはあるだろう」
「そうじゃなくて、もっと身近というか……学校、かしら? うーん、暗かったし、制服じゃないからいまいち思い出せない……」
学校……てことは、銀杏高校の生徒ってこと、か?
あんな人、うちの学校にいたかな。
……って、俺そもそもまだ高校生活始まって3ヶ月だし、クラスの奴でさえ把握しきれていない。もしクラスや学年が違ってたら、それこそ知らない人だ。
逆に、梨蘭は他クラスや他学年の人なのに見たことあるってことか。
どんだけ記憶力いいんだ、こいつ。
「ま、そんな気にしなくてもいいだろ」
「……それもそうね」
気にしたところで、俺らにどうこうできるレベルの話じゃない。
少しでも早く回復することを祈るばかりだ。
「それにしても、いろんなことがあった夏休みだったなぁ」
「ふふ、そうね。すごく濃い夏休みだった気がするわ」
いや、濃すぎるくらいだ。
梨蘭といがみ合っていたここ数年の穴を埋めるかのように、ハプニングに次ぐハプニング。イベントに次ぐイベント。
この1ヶ月足らずで、梨蘭との仲は大きく進展した。
でも、そんな夏ももうすぐ終わる。
「夏が明けたら。9月には体育祭でしょ。11月には学園祭でしょ」
「12月はクリスマスで、1月には正月」
「2月にはバレンタイン。4月には進級ね」
「さすがにそこまでのことを考えてる余裕はねーけどな」
「何言ってんのよ。時間は有限よ。そんな悠長に構えてる暇はないわ」
意識高い系女子の鏡みたいな奴だ。
でも……そうだな。高校卒業して、大学行って、働いて、年取って、死ぬ。
時間はどんな奴にも平等に流れている。
たった80年という短い人生。それをどう幸せに生きるか。
それを考えていかないとな。
「……1つだけ、言えることがある」
「何?」
「俺の人生をかけて、梨蘭を幸せにする」
「嬉しいけど、いきなり話が壮大すぎない!?」
「そして、老衰で死ぬ梨蘭を看取ってから俺が死ぬ。俺が梨蘭より先に死ぬことは、誰が許しても俺が許さん」
「夏休みが終わる話から、どうしてそんな規模の大きい話に!? わ、私だって、暁斗を看取ってから死ぬもん!」
「いや、俺だ」
「私!」
強情な。ま、いつも通りといったらいつも通りだな。
苦笑いを浮かべ、そっと梨蘭に手を差し出す。
梨蘭はおっかなびっくりに手を出し、俺の手を握った。
もう、こうして手を握るくらいじゃ、体を貫くような衝撃も、脳を痺れさせるような感覚もなくなった。
これは慣れたんじゃない。俺らの関係が、一歩ずつ進展していることの証拠と言ってもいい。
でも、心の内にあるこの幸せな気持ちは、前も今も、多分これからも変わらない。
その思いを抱き、梨蘭と共に無人の住宅街を歩いていくのだった。
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