第96話

   ◆



 ん……ふあぁ。あー、よく寝た。

 時間は……げっ、もう7時か。さすがに寝すぎたな。



「……あれ、梨蘭?」



 もう起きたのか、部屋に梨蘭の姿はない。

 でも……まだ体には、梨蘭と寝ていた感覚が残ってる。

 柔らかくて、いい匂いで、温かくて……あんなに梨蘭を感じたの、今までになかった。


 だから生理現象には目を逸らしていただければと思います。


 コンコンコンガチャッ!



「アキト君、おっはー」

「キャーーーーーッ!!」



 本能的に悲鳴を上げて布団にくるまってしまった。

 あれ、昨日も同じことがあったような?



「アハハッ! キャーだって! かーわーいーいー♪」

「か、迦楼羅さん、返事する前に入らないでくださいよっ」

「ごめんごめん。ふむ……ふむふむ?」

「な、なんですか」

「いやー、事後ではないなーと思って」

「当たり前ですよ!」



 恋人の家に泊めさせてもらった上に、やる事やったら色々アウトだよ!


 迦楼羅さんは「ちぇー」と舌打ちすると、手に持っていた服をテーブルに置いた。



「ほい、服は洗濯して乾燥させといたよー」

「あ、ありがとうございます」



 触ると、完全に乾いてふわふわの状態だった。

 何から何まで、本当に申し訳ないな……。

 とりあえず着替えて、リビングに向かおう。



「……あの」

「なぁに?」

「着替えたいんですが」

「着替えればいいじゃん」

「出てってください」



 迦楼羅さんの襟首を摘んで外に放り投げた。

 見た目通り軽いな、この人。



「ぶーぶー、けちー。リラには見せたんでしょー。私にも見せてよー」

「見せてませんし、見せませんから!」

「ちぇー」



 迦楼羅さんの足音が遠ざかる。諦めてくれたか。全く……琴乃といい、迦楼羅さんといい、どうして人の着替えを見たがるんだ。理解できん。


 乾燥したての服に着替え、寝間着を畳んでからリビングに向かう。



「おはようございます。昨日はありがとうござい……ま……うぉっ!?」



 リビングで梨蘭がぶっ倒れてる!?

 え、何!? 何事!?



「お。アキト君。おはよう」

「アキト君、昨夜はよく眠れた? コーヒーでいい?」

「え……あ、はい、お願いします」



 お父さんとお母さんはいつも通り。

 昨日あれだけ酒を飲んだのに、全然辛そうじゃない。アルコール分解酵素が強いんだなぁ……じゃなくて!



「あの、梨蘭大丈夫なんですか?」

「ああ。今朝ちょっと弄りすぎちゃってね。いじけてるだけだから気にしないで」



 気にしますが。

 リビングの隅にうずくまってる梨蘭の傍にしゃがみこむ。

 ちら。ぷいっ。

 ふむ、起きてはいるらしい。



「おーい? 大丈夫かー?」

「……だいじょばない」



 こりゃ重症だ。



「一体何があったんですか?」



 聞くと、お母さんがコーヒーを入れながら答えてくれた。



「昨夜、この子アキト君の寝てる部屋に行ったでしょ? 一緒に寝てる所の映像を見せたら、こうなっちゃって」

「てへぺろ☆」

「父さん、うざい」

「しょぼん」



 ははー、なるほど。俺と一緒に寝てる所の映像を見て……え?



「え、映像?」

「うん。これだよ」



 お父さんがテレビのリモコンを操作し、そこに映し出されたのは──俺と梨蘭が仲睦まじく寝ているところだった。



「…………………………ふぁっ!?」

「うーむ。何度見ても可愛いなぁ、この2人」

「そうよねぇ。恋人というか、小さい兄妹というか。とってもお似合いね」



 ほくほくしてるんじゃないよ! これ立派な盗撮だろ!?

 うわっ、何これ超恥ずかしい! 梨蘭がこうなるのわかるわ!



「あ、この映像いる?」

「欲しいです」

「暁斗!?」



 あ、梨蘭起きた。



「いや、どうせなら欲しいだろ。こんなの滅多にないし」

「そ、そうだけど……うぅ! 私も欲しい!」



 欲しいんじゃないか。素直じゃないやつめ。


 お母さんから梨蘭、そして梨蘭から俺経由で、映像が送られてきた。

 これは後で見返すとして。


 コーヒーと用意してもらった朝食を食べ終え、靴を履いて玄関先に出た。


 空は昨日の雨が嘘のように快晴。雲ひとつない、晴れやかな天気だ。



「それでは、お世話になりました」

「アキト君、まったねー!」

「またいつでも遊びに来てね。待ってるわ」

「アキト君はもううちの家族だからな! 遠慮することはないぞ! がははははは!」

「はい。失礼します」



 ご両親と迦楼羅さんが、大手を振って送り出してくれた。

 梨蘭は途中まで送ってくれるようで、一緒に並んで歩いている。



「暁斗、疲れてない?」

「んー……いや、思ったより疲れてないかな。楽しかったし」

「そう……よかった。うちの両親がウザくて、愛想尽かしちゃったかと思った」

「はは。それはないから安心しろよ」



 確かにパワフルな人達だったけど、この程度で愛想を尽かすなんてことはない。


 他愛のないことを話しながら、ゆっくりと住宅街を歩く。



「それにしても、なんだか暑いな」

「あ。そう言えばニュースで、梅雨明けしたって言ってたわよ」

「マジ? やったぜ」

「ふふ。暁斗、梅雨嫌いだったものね」

「ああ。むしむしするし、ジメジメするし。服も靴も濡れるからな」



 でも梅雨が明けたら、残された行事はテストくらい。

 テスト勉強もしなきゃいけないけど、その先は……そう!



「夏休み!」

「夏休みー!」



 いつになくテンションの高い梨蘭とハイタッチ。

 そう、夏。夏だ。


 俺達の夏が──始まる。

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