第73話

「それって……その……」



 これ、言ってもいいんだろうか。

 あまり触れにくい話題なんだけど……。

 いや、でも、うーん。


 言い淀む俺。

 それを見た竜宮院は、覚悟を決めた顔で伊達メガネを外し、ポニーテールを解く。


 もさい印象から、一気に大和撫子の竜宮院に早変わりだ。


 白色の蛍光灯が照らす夜道。

 その中に佇む竜宮院は、鋭い眼光で俺を睨みつけた。



「百合、レズ、同性愛者。なんと言ってもいいわ。でもこれが私よ。──誰にも私を否定させないわ」

「あ、ごめん。別に偏見を持ってる訳じゃない」



 むしろこの時代、同性同士の結婚は珍しくもなんともない。

『運命の赤い糸』が現れてから、多様性は尊重される風潮になっている。


 男性同士、女性同士。

 そんなのは些細なことだ。


 キリッとしたキメ顔をしていた竜宮院が、徐々に頬を染めていく。

 せっかく決めてたのに……。



「なんか、ごめん」

「謝らないで……」

「いや、『(`・ω・´)キリッ』ってしてたのに、話の腰を折ってすまなかった。許してくれ、この通りだ」

「だから謝らないでって言ってるでしょ!」



 あの竜宮院が、羞恥で顔を赤くしてる。

 珍しいけど、可愛いな。


 これ以上イジるのも可哀想だし、本題に戻って。



「俺が聞きたかったのは、梨蘭のことだ」

「──あぁ、そのことね。全く、自分や梨蘭ちゃんの感情には疎いくせに、こういう時だけ察しがいいんだから……」



 呆れられた顔をされた。

 俺だって成長してるんだ。これくらい、少し考えればわかる。


 竜宮院が先を歩き、俺もそのすぐ後ろを歩く。



「その通り。私は梨蘭ちゃんのことが好きだったわ。……いえ、多分今でも好き。その気持ちは、しっかりと私の中にある」

「やっぱりか」



 あの時の暗い感情の篭ったセリフ。


『梨蘭ちゃんを泣かせたら……私が本気で泣かせちゃうから』


 これを意味するのは、梨蘭のことを真の意味で好きだったから、か。



「でも、赤い糸が現れてから……運命の人のことしか考えられなくなってる。こんなに梨蘭ちゃんが好きだったのに……」



 辛そうに左手を摩る。

 その姿を見て……俺は、何も言えなかった。


 竜宮院の好きな奴と結ばれてるのは、俺だ。

 そんな俺が何を言っても、嫌味にしか聞こえないだろう。



「でも……もし私が、梨蘭ちゃんと結ばれていても、私じゃあの子を幸せにできなかったでしょうね……」

「そんなことないだろ。赤い糸で結ばれていたら、必ず幸せに……」

「そうじゃない。そうじゃ……ないのよ……」



 ……何だ、何が言いたいんだ……?

 赤い糸があっても、幸せにできない……何を言ってるんだ……?


 黙ってその姿を見ていると、くるっと振り返ってぽすっと胸を殴ってきた。


 余りにも弱々しい。

 それでも、何故か俺の心に響くようなパンチだ。



「あの子にとって、私は親友。なら私はこれからも、親友としてあの子の傍にいる」

「……ああ」

「そしてあなたは、あの子を絶対に幸せにしてあげて。恋人として……生涯の伴侶として」

「……ああ。任せろ」

「……ん……じゃあ、帰るわ。また明日、学校でね」



 話は終わり。そう言うように、竜宮院は走るようにして去っていった。


 最後に見せたあいつの顔は、嫉妬と諦めが入り交じり……でも、どこか安心したような。そんな顔だった。



   ◆



 翌日。学校での竜宮院は、昨日のことがなかったかのように普通だった。


 いつも通りみんなに愛され、慕われ、みんなに笑顔を振りまく大和撫子。


 梨蘭も、竜宮院になんの違和感も持っていない。


 そうして何事もなく時はすぎ、放課後。


 俺は、サングラスにマスク、帽子を被った、不審者オブ不審者のリーザさんと共に、住宅街に来ていた。



「あの、本当に俺も行かなくちゃいけないッスか?」

「勿論ダ。緊張しちゃうだロ」

「ならせめて、その格好をどうにかできませんか?」

「無理ダ。緊張しちゃうだロ」



 なんだろう、腹立つなこの師匠。

 どんだけウブなんだ。俺のこと言えないじゃないか。


 はぁ。普段のリーザさんは、凛々しくてカッコイイのにな。



「おイ、それじゃあ今の私が凛々しくないみたいではないカ」

「人の心を読まないでください」

「いや口に出てたゾ」



 いっけね。てへ。


 住宅街の細道から、リーザさんの後に続いて街を歩く。

 前から歩いてくる親子連れが、ギョッとした顔で俺達を見た。いや、ホントすんません。ごめんなさい。



「リーザさん、どこ向かってるんですか?」

「運命の人の家ダ。まだ帰って来てはいないらしいガ、探しに行くとすれ違う可能性があるからナ」



 てことは竜宮院の家か。

 いやまあ、本当に竜宮院とリーザさんが繋がってるのはわからないけど……でも十中八九だよなぁ。


 竜宮院の家……どんな家なんだろう。


 リーザさんについて行くことしばし。

 住宅街から少し外れた場所まで歩き、歩き。

 突然リーザさんの歩みが止まった。



「ここダ」

「……でっか」



 え、これ……え? 日本家屋……いや、屋敷? とにかくでっかい。

 塀も門も木製で、表札には【竜宮院】の文字が。


 えぇ……ここかよ。



「ふム。糸の感じからしテ、やはりまだ帰って来ていないようダ」

「なら俺はもういらないッスね。じゃ、お疲れッス」



 さーて、帰ってアイスでも食うか。


 と、ガシッ。思い切り肩を掴まれた。



「あの、離してください」

「まあ待テ。ここまで来て帰るのはないだろウ。待つゾ」

「……は? 俺も?」

「他に誰がいル」



 周りを見渡す。

 うん、俺しかいないっすね。

 待つのかぁ、やだなぁ。



「いつ帰ってくるのかわからないッスよ」

「帰ってくるまで待ツ」

「だったらせめてその格好を……」

「無理、恥ずかしイ」



 おまわりさんこの人です。

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