第74話

   ◆



「帰ってこないナ」



 雨の降る中、竜宮院の家に張り込むこと1時間。

 流石にリーザさんも暑さを感じたのか、変装道具一式を取っていた。


 俺よりでかくて、モデル顔負けの美貌を持つ女性が、7分丈のベージュのチノパンに白の半袖パーカー姿で待ちぼうけ。

 薄黄色の傘をさし、憂いを帯びた表情で空を見上げている。


 それだけで、ここを通る人は老若男女問わずみんなリーザさんに釘付けだ。

 モデルか女優が雑誌から飛び出してきたのかと錯覚するレベルの美女が、そこにいた。


 正直、俺も相手が師匠リーザさんだと知らなかったら、目を奪われてただろう。

 嘘、ごめん。ちょっとだけ目を奪われました。今もすこし緊張してるし、俺。


 この人の正体を知らず、黙って立っている姿を見れば、絶世の美女だもんなぁ。



「ムッ、糸が動いているゾ。もしかしたらこっちに向かってきているのかモ! ど、どうしよう少年!」

「知らね」



 ただまあ、やってることはストーカーと同じなんですがね?

 この人、もう1時間も他人の家の前に張り込んでるんですよ。

 そろそろ警察に通報しようかな。



「知らねとは何ダ。師匠が困ってるんだゾ。助けろ弟子」

「助けてほしい人の頼み方じゃないんだよなぁ」



 はぁ……帰りたい。

 赤い糸が移動してるのか、ソワソワと糸が伸びてる方を見て一喜一憂しているリーザさん。

 何この人、恋する乙女かよ。



「相手は女子高生ッスよ。放課後は遊びに行ってるんでしょう」

「ふム、確かニ……」

「もしかしたら夜まで遊んでるのかもしれないし、ここは一旦帰って……」

「よよよよヨッ、夜まで遊ブ……!? そ、それはだめ! だめダ! な、なんと破廉恥ナ……!」



 顔めっちゃ真っ赤ですやん。この人、実は意外とウブだな。初めて知った。

 あと、夜遊びは別に破廉恥じゃありません。そんな思考をするあなたが破廉恥です。



「とにかく今日は帰りましょう。いくら梅雨時だからって、外に長時間いたら風邪ひきますよ」

「いヤ、待ツ」

「どんだけ待ちたいんすか」

「チャンスは待っていたら逃ス。もう私はチャンスを逃がさなイ……逃したくなイ」



 淡い、悲しみと後悔を滲ませた目で、どこか遠くに想いを馳せるリーザさん。


 ……それもそうか。この人はそれで、以前の運命の人と一回も会わないでお別れになってしまったんだ。

 そう考えると、ここで数時間待つくらい、なんでもないんだろうな……。



「……なら、俺も待ちますよ」

「当たり前ダ。……と言いたいガ、いいのカ? 私のわがままに付き合わせてしまっているようデ、少し負い目を感じているんだガ」



 感じてるんなら、俺が帰ろうとしたときに帰らせてくださいよコラ。



「まあ俺も暇なんで。それに、リーザさんと竜宮院が会ったらどうなるのか、ちょっと見たいですし」

「……待テ。何で少年が彼女のことを知っていル?」

「同級生なんで。同じクラスッスよ」

「!?」



 あれ、そういえば言ってなかったっけ?



「え、ちょ、同じクラス!? 本当ニ!?」

「ええ、まあ」

「ド、どんな人ダッ? やはりイメージ通り、清楚で無垢で純真で純朴で初々しくて凛々しくて涼やかで颯爽としていて清らかであどけなく気品があり可憐でつつましくて清純で可愛くて美しくて愛らしくて精霊で妖精で天使で女神のような超絶美少女なのではないカ!?」



 …………。



「ウンソウデスヨ」

「やはりカ! やはりカ!」



 嬉しそうな、快活な笑顔を見せるリーザさん。


 まあ、間違ってはない。

 でも本性は、こってり家系ラーメン大好きで、1人でこっそり家を抜け出して夜の街をふらつく奴だなんて、言えないよなぁ。



「──ム? むムッ。お、おい少年! 糸ガッ、糸がこっちに向かってるゾ!」

「あー、じゃあもうすぐ来るんじゃないですか?」

「……やっぱり帰ル」

「はぁ!?」



 いや、え、何言ってんだこの人!?

 マジで帰ろうとするリーザさんの手を掴んで引っ張る。ちょ、やっぱ力強っ!



「んーっ! はーなーせー!」

「離すか! いいからここで待ってましょうって!」

「んーんー!」



 子供かこの人!


 マジで逃げようとするリーザさんを引っ張ってるが、僅かに俺が引かれている。

 意味がわからん。俺より年上とは言え、まさか俺がパワー負けするなんて……!


 ぐうぅぅ……! こ、このままじゃ……!






「あら、真田君?」

「あ、暁斗!? アンタ、こんなところで何してんの!?」






 ぴたっ。


 俺とリーザさんの動きが、完全に止まった。

 後ろから聞こえる声。しかも2つ。


 リーザさんと一緒に、まるで錆びたロボットのようにゆっくりと振り返る。


 振り返った先にいたのは、驚いたように目を見開いてる竜宮院。

 それに、俺とリーザさんを見て愕然として顔を真っ赤にしている梨蘭。


 その目が向けられてるのは、俺の手。

 見ようによっては、か弱い(?)女性のリーザさんの手首を、無理やり掴んでる暴漢。そう見えなくもない。



「あ、アンタぁ……!」



 …………。



「待て。話せばわかる」

「もんどーむよー!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る