第75話

   ◆



「ごめんなさい!」

「い、いや、気にすんな……」



 くっ、膝に来てやがる。いいビンタだったぜ。


 梨蘭は罪悪感を感じているのか、俺の頬を撫でてくる。

 こそばゆいからやめてほしい。ちょ、ホントに恥ずかしいんだけど。つついてくんな。



「……肌綺麗ね。キレそう」



 何でだよ。お前の方が綺麗だろ。

 って、今は俺の方じゃなくて……!


 慌ててリーザさんの方を見る。

 と……リーザさんと竜宮院が、目を見開いてお互いを見つめあっていた。

 顔を真っ赤にして、一歩も動かない。


 まるで侍の果し合い。もしくはガンマンの決闘。

 うん、何言ってるんだろうね、俺。



「ね、ねえ暁斗。あの2人、怖いんですけど。睨み合っちゃってるんですけど……!」

「あー、うん。睨み合ってると言うか、見つめあってると言うか」

「……どういうこと?」



 ここに梨蘭がいるのは予想外だったが……遅かれ早かれ、知ることになるか。



「あの2人、赤い糸で繋がってるんだよ」

「……本当?」

「ああ。因みにあの銀髪ハーフ、リーザさんは俺のキックボクシングの師匠だ」

「な、なるほど……つまり暁斗は、璃音とリーザさんを橋渡しする為に、ここにいるってことね」

「あー……ウン、ソウダヨ」

「何でカタコト?」

「……気にすんな」



 本当は全力で帰りたかったんだけど、リーザさんのせいで帰らなかっただけです。



「……そう、璃音と……」

「……梨蘭?」



 何か微妙な表情を浮かべる梨蘭。いや、それよりも複雑そうな感じか。



「な、何でもないわ。……それにしても、世の中狭いわね。これが『運命の赤い糸』の力なのかしら」



 本当、それな。

 梨蘭は相当驚いたみたいで、固唾を飲んで2人の行方を見守る。


 さっきので思ったが、リーザさんって意外とウブなんだよな。意気地がない、とも言える。目の前で言ったらぶっ飛ばされそうだけど。


 はてさて、どうなるか……。


 竜宮院を見つめているリーザさんの顔が、徐々に赤くなってくる。

 対して竜宮院も、ほんのりと頬を桜色に変えていく。

 ……見てるこっちが気恥ずかしいんだけど。


 待つこと数秒か、数十秒か。

 先に口を開いたのは、竜宮院だった。



「……あ、えっと……あ、あのっ」

「は、はひっ……!」

「は、はじめまして。竜宮院璃音です」

「えっ、エリザヴェータ・ジッソウジ、でシュ……! りっ、りりりリーザと呼んでくださイ……!」



 おい、あの人誰だ? 本当に俺の師匠か?


 お嬢様らしく、優雅にお辞儀をする竜宮院と、がちがちの直角に何度もお辞儀をするリーザさん。緊張しすぎだろ、あの人。



「……あの、ここでは何ですし、我が家に来ませんか? 真田君も。ちょうど梨蘭ちゃんと遊ぼうと思ってたところで」

「……リラン?」



 リーザさんの目が梨蘭に向けられる。

 一瞬唖然としたリーザさんだったが、その姿を見て目を輝かせた。



「ア、まさかカルラの妹!? 少年の運命の人カ!」

「は、はい。はじめまして……って、迦楼羅? カルお姉ちゃん……姉のこと、ご存じなのですか?」

「うム。カルラは大学の私の後輩ダ」

「……本当、世の中狭すぎないかしら……」



 激しく同意。

 えっと、つまり俺と梨蘭が赤い糸で結ばれてて、リーザさんと竜宮院が結ばれている。

 で、俺とリーザさんが師弟関係で、梨蘭と竜宮院が親友。

 リーザさんと迦楼羅さんが大学の先輩後輩で、梨蘭は迦楼羅さんの妹で……って、何だか複雑になってきたぞ。


 ……まあ、そこはおいおい整理するとして。



「竜宮院。俺達も家にお邪魔していいのか? 梨蘭と遊ぶ約束だったんだろ?」

「あ。梨蘭ちゃん、どうかしら?」

「私は別にいいけど……むしろ、私と暁斗がいていいの?」

「ええ、勿論よ」

「ん~……」



 渋る様子の梨蘭。その気持ちわかるぞ。


 俺の役目は、リーザさんと竜宮院が会うまで見守ることだ。

 やはりここから先は、2人きりにさせた方がいいんじゃないだろうか。


 そんなことを考えてると、リーザさんと目が合った。



(側にいろ少年!)

(いやいや、2人きりの方がいいでしょう)

(緊張しちゃうだロ! リアルで見るとマジ天使! スーパー大和撫子! 2人きりとか無理無理無理!)

(乙女か)

(生娘だ、文句あるカ!?)

(いや聞いてないッス)

(断るなら次のトレーニングは昨日の3倍ナ!)

(鬼かあんたは!)

(ならいロ!)



 付き合いが長いからこそのアイコンタクト。この間1秒未満。

 ちきしょう。この人、いつか絶対泣かす。



「梨蘭。ここはお言葉に甘えよう」

「……ま、そうね。元々遊ぶ約束もしてたんだし」



 ほっ、と息を吐くリーザさん。

 と、その背後で竜宮院も安心したように胸をなでおろした。

 何だかんだ、竜宮院も緊張してたみたいだ。似た者同士だな、この2人。



「それでは移動しましょうか。行きましょう、リーザさん」

「は、はははは、はイッ。お邪魔しまス……!」



 竜宮院に促され、リーザさんがその後に付いていく。

 俺も続こうとすると……くいっと服を引っ張られた。



「ん? ……梨蘭、どうした?」

「……なんか、リーザさんと見つめ合ってなかった?」



 目敏いな、こいつ。

 怒っているってわけでもなく、ジト目でめっちゃ見てくる。

 何となく、気まずい。



「べ、別にやましいことではないぞ。単に付き合いが長いから、目で何を訴えてるのかわかるだけだ」

「むぅ……いいな……」

「……え?」

「っ! な、何でもない! ほら、行くわよ!」



 顔を真っ赤にし、急いで2人の後に続く梨蘭。


 いいなって……嫉妬、だよな。



「……ずるいだろ、くそ」



 ビンタではない頬の熱さを自覚し、俺もみんなの後を追って竜宮院家の門を潜った。

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