第76話
「おおっ。すげぇ……!」
門を潜ると、まず目に飛び込んできたのは池と川、それにしっかりと組まれた木製の橋だった。
広々とした芝生や枯山水に、石灯籠もある。
更に小高い崖からはとめどなく水が流れ、滝を作っていた。
立派な庭……いや、こいつは日本庭園って奴じゃないか?
こんな立派な日本庭園のある自宅、初めて見た。それも近所にあるなんて。
「何という広さダ……」
「さすがに驚きましたね……」
「ここなら少年を無限に走らせられるナ」
「何でだよ。日本庭園で走らせるなよ」
「ぶっ倒れるまでうさぎ跳びでもいいゾ」
「何時代の根性論ッスか」
さすがの俺も、そんなことされたらマジでジムやめるからな。
そんな思いで睨み付けると、外国人のように肩をすくめた。半分ロシア人だし、美人だから無駄に似合う。何か腹立つな。
竜宮院の後に続き、日本庭園を突っ切る。
途中の橋の上から見たが、池には鯉も泳いでるみたいだ。しかも錦鯉。確か海外で高値で取引されてたな……などと無粋なことを考えていると、屋敷の玄関に到着した。
まさに歴史ある日本の家屋。いや屋敷。こんなのアニメでしか見たことない。
とにかくデカく、とにかく広いな。
玄関まで来ると、不意に竜宮院が振り返った。
「リーザさん、真田君。この先なんだけど、とりあえず私の友人ということで話を通してくれないかしら」
「え? ああ、俺はいいけど……」
「私も大丈夫ダ。さすがニ、ご家族と会っていきなり『私が運命の人でス』とは言えないからナ。緊張で吐ク」
くそ雑魚メンタルすぎませんか、うちの師匠。
「……ありがとう」
「……」
……? 何だ? 竜宮院も梨蘭も、なんか複雑そうな顔をしてるけど……。
4人が横になっても余りある広さの玄関に入る。
俺でも知ってる高名な書家が書いた掛け軸に、高そうな花瓶にさされた花。華やかな彩りの大皿が飾られている。
ザ・日本家屋。ここにいるだけで気後れしそう。どうしよう、今すぐ帰りたい。
「ただいま帰りました」
「お邪魔します」
「お、お邪魔します」
「おおおおお邪魔しまス……!」
家の中の独特な張り詰めた空気なんだろうか。何故か自然と背筋が伸びる。
靴を脱いで上がり込む。すると、奥から1人の女性が近付いて来た。
薄紫色の着物を着た、若く美しい女性。
おっとりとした目が特徴的で、竜宮院と同じく目元に泣きぼくろがある。
艶のある髪をサイドでまとめ、薄っすらと化粧をしているのか上品さを際立たせていた。
「お母様、ただいま帰りました」
「おかえりなさい、璃音さん。梨蘭さんも、お久しぶりですね」
「はい。ご無沙汰しております」
……オカアサマ……お母様!?
どう見ても姉妹にしか見えないんだけど……遺伝子すげぇ……。
竜宮院のお母さんが、俺とリーザさんに気付いたようで首を傾げた。
「あら。初めましての方がいらっしゃいますね。いつも娘がお世話になっております、璃音の母でございます」
淑やかに腰を折るお母さん。
と、リーザさんが慌てたように頭を下げた。
「は、初めましテ。璃音さんの友人のエリザヴェータ・ジッソウジでス。リーザとお呼びくださイ」
「リーザさんですね。よろしくお願いします。……それと……」
今度は俺に目が向けられた。
まるで値踏みされるような、価値を見定められているような、そんな目。
思わず生唾を飲み込み、目を逸らすように頭を下げた。
「初めまして。真田暁斗と申します。璃音さんとは──」
「もしや、璃音さんの運命の人かしら?」
……へ? 運命の人? 何言ってるんだ?
顔を上げる。すると、朗らかな笑顔で俺の手を取ってきた。
「前々から言っていたのですよ。璃音さんは竜宮院家の長女。世継ぎとなる子を産む使命があるのだから、早く運命の人を教えなさいと。それが、まさかこんな立派な方だとは思わなかったわ」
「え、えーっと……?」
そっと竜宮院を見る。
気まずそうに手を合わせてきた。
と、とにかく誤解を解かないと……!
「す、すみませんっ。俺、竜宮院……あー、璃音さんとは友人で、今日はちょっとお呼ばれしただけでして……!」
「まっ……ご、ごめんなさい。早とちりしてしまって……ご無礼をお許しください」
ほ……よかった。誤解のまま終わらず済んだ。
竜宮院のお母さんはおっとりと、しかし力強い目で竜宮院……璃音を見つめた。
「璃音さん。いつになったら教えてくれるの?」
「申し訳ありません。もう少々お待ちください」
「もう少々、もう少々って、そればかりではないですか」
「……申し訳ありません」
「……まあ今日はいいです。それでは皆様、ご緩りと」
竜宮院のお母さんは楚々と頭を下げ、廊下の奥へと去っていった。
こいつは……何だか面倒な予感。
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