第77話

 …………。

 あー……どうするよ、この空気。

 あんなに静かな圧を感じる人、初めて見た。

 しかも、さすが竜宮院のお母さん。顔面偏差値が普通じゃない。美人過ぎる。


 このいたたまれない空気をどうしようか考えていると、パンッと乾いた音が響いた。

 音の出所である竜宮院は、手を叩いた格好でにこやかに微笑んでいた。



「さ、皆さん。ここで立っていても疲れるでしょう。私の部屋に行きましょう。こっちよ」



 ……まあ、いつまでもここに突っ立ってる訳にもいかないか。

 竜宮院に連れられ、2階の自室に通された。


 中は意外や意外。洋室だった。


 20畳に及ぶ広さ。

 セミダブルサイズのベッドと天蓋。

 参考書や文庫小説、漫画が並ぶ書架。

 勉強机以外にソファーとローテーブル。

 更に可愛らしいぬいぐるみや小物が置かれた棚。

 おしゃれな間接照明、大型テレビ、パソコン。

 そして爽やかに香るラベンダーの香り。


 窓の外から見える日本庭園や、この屋敷の外観からは想像できない。完全な洋室だ。



「り、りりりりり璃音さんの部屋ッ、香リ……! すーはーすーハー」



 もうこの人警察に突き出した方がいいんじゃないかな。


 梨蘭は慣れたようにソファーに座り、俺とリーザさんも同じようにソファーに座る。

 う、お……! これ、とんでもなくフカフカだ。全力で人をダメにするために作られたみたい。超幸せ。


 竜宮院はリーザさんの隣に座り、申し訳なさそうに頭を下げた。



「真田君、ごめんなさい。うちの母が……」

「あ、いや。大丈夫だ」



 それより気になったのは、お母さんの言葉。


『璃音さんは竜宮院家の長女。世継ぎとなる子を産む使命がある』


 この言葉が意味するのは一つ。


 お母さんは、竜宮院が女性しか愛せないということを知らない。

 そして、『運命の赤い糸』で繋がっているのが女性だということも。


 リーザさんも察しているのか、さっきから黙ったままだ。

 さて、どう切り出せば……。


 重い空気が場に漂う。

 そんな中、竜宮院が背筋を正して口を開いた。



「……実は、母は私の恋愛対象も、赤い糸が伸びている相手が女性だということも知らないの。いつかは、話さなきゃって思ってるんだけど……」



 そりゃあ、言いにくいよな……。

 さっきのやり取りを聞いてると、お母さんはかなり凝り固まった思想をしているみたいだ。


 長女だから世継ぎとなる子を産まなければいけない。

 それはつまり、恋愛対象は男である。運命の人も、男である。それ以外は認めない。


 そんな印象を覚えた。



「ごめんなさい、リーザさん。本当はお会いする前に、説得はしようと思ってたんですけど……」

「い、いヤ。むしろ私の方こソ、変なタイミングで訪ねてしまったようで申し訳なイ」



 そーだそーだ! 無理やり押しかけたあんたがわる……あ、嘘ですごめんなさい。だからそんな睨まないで。


 と、不意に俺の裾がくいくいと引っ張られた。

 引っ張ってきたのは、俺の隣に座る梨蘭だ。



「ねえ、どうにかならないかしら……?」

「え、うーん……」



 ……これは俺らが介入しても意味ない気がする。

 と言うより、俺と梨蘭では何もすることができない。

 これは、そんなレベルを超えている。



「梨蘭ちゃん、気にしないで。これは私達が乗り越えなきゃいけないことだから」

「でも……でも、このままじゃ2人は……」



 俺の服を摘まみつつ、シュンとする梨蘭。

 梨蘭が心配するのもわかる。

 恐らくこのままだと、2人は結ばれることはないから。


 竜宮院家の方針か、お母さんの圧力か。

 竜宮院はお母さんの用意する男と結婚させられ、世継ぎを産ませられるだろう。

 リーザさんも、竜宮院との接触は禁止されるかもしれない。


 はっきり言って、最強の色である俺と梨蘭の赤い糸でも、できないことはある。

 今回みたいなことは、俺達ができることを大きく超越している気がする。


 そう考えていると、俺の前に座るリーザさんが「こほん」と咳払いをした。



「リラン君。気を利かせてくれてありがとウ。しかしここからハ、私達の問題なんダ。私達ガ、乗り越えていかなきゃいけないんだヨ」

「リーザさん……ぁぅ」



 更に落ち込んでしまった。

 本当、律儀でいい奴だな、梨蘭は。



「でも、何か考えはあるんですか?」

「うーム……愛の逃避行とカ?」

「あんたそんな乙女な年齢じゃねーだろ。現実見ろ」

「弟子が容赦なイ……」



 いい大人がしょぼくれるな。



「……わかったわ。今は何もしない。……でも、何かあったら絶対頼ってよ。私、璃音の親友なんだから」

「……ええ。ありがとう、梨蘭ちゃん」



 2人が手を取り合って笑い合う。2人って本当に仲がいいんだな。



「少年。私も何かあったラ、少年を頼るからナ。頼んだゾ」

「え? 普通に嫌ですけど」

「月謝3倍プラストレーニングも3倍にしていいならそれでもいいガ」



 鬼! 悪魔! 鬼畜! 雌ゴリラ!



「はぁ……わかりましたよ」

「うム。それでこそ私の弟子」



 パワハラ上司の下で働く部下って、こんな気持ちなのかな。


 そんな諦めの心を吐き出すべく、俺は嘆息することしかできなかった。

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