第130話

 そして翌日。

 今日は梨蘭はうちに来ず、実家の方で浴衣の着付けをしているらしい。


 梨蘭の浴衣か……どんな色なんだろうか。


 赤? 黒? 金色? それともピンクとか?

 ……どれも似合うな。意表をついて青系の色でも、なんなく着こなしそう。

 楽しみだなぁ……。



「お兄、顔キモイ」

「ドストレートはディスはやめてくんない?」



 自覚はしてるから。

 琴乃も準備は終わってるみたいで、既に水色を基調にしたレトロモダンなアジサイ柄の浴衣に、深い青の帯を巻いていた。

 髪は青いガラスで作られた紙風船の玉かんざしで結わえられている。

 足元はブーツで行くみたいで、靴下を履いていた。


 身内びいきかつ控えめに言って、めちゃめちゃ似合っている。



「どーよ! パパにおねだりしちゃった!」

「マジか。通りで去年とは違うと思った」

「え、なんで去年の私の浴衣覚えてんの……?」

「そりゃあ、可愛いから覚えてるに決まってるだろ」

「……ばか」



 またも唐突なディス。

 俺、変なこと言った? お兄ちゃん、ちょっと悲しいんだけど。


 琴乃の化粧で大人メイクをした頬が、若干赤らんでいる。

 マジでわかんない。どうしたのいったい。



「そ、それより! お兄は浴衣着ないの?」

「いや、俺は私服でいいかなって」

「……すぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~~……はああああぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~……」



 めっちゃ長いため息!

 あとそんなドン引きしてる顔するんじゃありません。見た目の大人っぽさと大人メイクのせいで、威圧感半端じゃないから。



「ダメお兄、ああダメお兄、ダメお兄」

「五七五でディスらないで」

「それくらいダメダメってことだよ! いいお兄。今回お兄は私と乃亜がいるとは言え、梨蘭たんと初の夏祭りデートだよ。女の子にとっては一大イベント! 思い出オブ思い出! そんなところにジーパンティーシャツで来たら、せっかくの思い出も残念なものになるの! おわかり!?」

「お……おす」

「じゃあ今すぐ着替えてきて! 待ち合わせまで時間ないよ!」

「りょ、了解っす」



 リビングから追い出される形で納戸に向かい、保管していた浴衣を引っ張り出す。

 よかった、カビは生えてないし、匂いもない。

 多分、母さんがたまに手入れをしていてくれたんだろう。ありがたや。


 脱衣所で浴衣を羽織り、簡単に帯を締める。

 今どき浴衣の着方はネットで調べられるからな。


 ダークグレーを基調とした生地に縦縞の模様が入り、白い帯にはうっすらとチェック柄になっている。

 手には白黒の巾着。中には財布と扇子を入れてっと。



「準備できたぞー」

「ういー。おー! いいね、やっぱ浴衣似合うよ、お兄は!」

「そ、そうか?」



 褒められると悪い気はしないな。

 ……どうせなら、今日は下駄で行こうかな。せっかく浴衣着たし。


 玄関に向かい、シューズクローゼットから下駄を取り出す。

 履きなれてないから若干の違和感はあるけど、気にならない程度だ。



「そんじゃ、行こうか」

「おっす! 18時に神社前だったよね。はやくいこー!」



 ブーツを履いた琴乃が、嬉しそうにスキップをしながら先を歩く。

 そんな琴乃を見ながら、俺も若干心躍っていることに気付いた。


 この夏祭りは、近所でも相当有名なものだ。

 テレビや雑誌の記者も取材に来るし、文字通りお祭り騒ぎだ。

 小学生の頃からは琴乃のお守で来ていたし、中学に上がってからは琴乃に加えて乃亜も一緒に回っている。


 龍也と寧夏とは一緒に行ったことないが……ま、あいつらはあいつらで一緒に楽しんでるだろう。婚約者同士なわけだし。


 夕日が沈みかけ、気温が下がってきて過ごしやすくなってきた時間帯。

 からん、ころんと下駄を鳴らして住宅街を歩く。

 風情があって、たまにはこういうのもいいな。


 そのまま歩くことしばし。

 人が徐々に増えていき、中には浴衣姿の人もいる。

 友人グループ、カップル、夫婦、親子。様々だ。


 目的はみんな同じ、神社の夏祭りだろう。

 近付くにつれて祭囃子が聞こえ、何かを焼いている香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、屋台のおっちゃんの元気な声が聞こえてくる。


 これこれ。祭りはこうでなくちゃ。

 一年振りの感覚にちょっとばかりの感動を覚えていると、琴乃が「あ!」と声を上げた。



「お兄、乃亜と梨蘭たんがもう来てるよ!」

「知ってる」



 赤い糸が伸びてる方向で、もう来てるのは知ってるし。



「って、あれ? 誰あれ?」

「あれ?」



 琴乃が指さした先を見る。

 と、梨蘭と乃亜が見知らぬ輩に絡まれていた。

 ……ナンパか?


 そう認識した瞬間、俺の中の血が一気に沸騰した。



「おい。俺のツレになんの用だ」

「あ、暁斗……!」

「暁斗センパイ!」



 2人が俺を認識すると、慌てたように俺の影に隠れた。

 輩2人はそんな俺を見て、つまらなそうに舌打ちする。



「んだよ、本当に男ツレかよ」

「まあ待て。男は1人。運命の相手も1人。それなら2人は余るだろ」

「ちげーねー。おい、2人置いて消えろ、優男が」



 うーん。俺優男だと思われてんのか。

 鍛えてるんだけど、ちょっとショック。



「3人とも、離れてろ」



 下駄を脱いで素足になり、袖をまくり上げて腕を露出する。

 もちろん、俺から手出しはしない。殴られて正当防衛が成立したら、やり返すけど。


 が、大切な人を守るためなら、鬼にも悪魔にもなる。俺は本気だ。


 直後、俺の腕を見た輩2人の顔色が、薄暗い中でもわかるほど血の気が失せた。



「え、ちょ……あれ、マジ……?」

「なんだよあの腕……!」

「こちとら殴り合いに関しては素人じゃないんでね。かかって来いよ」



 髪をかき上げ、ファイティングポーズを取る。

 俺達の様子がおかしいことに気付いたのか、周囲には人だかりができた。



「は、はは……や、やだな。ちょっと声掛けただけっすよ……」

「す、すみませんした。へへへ……」



 そんな捨て台詞を吐き、輩達は我先にと人だかりから逃げて行った。



「ふん。喧嘩もできない奴が、俺の大切な人に絡むな」

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