第81話
その日の夜。
リビングで梅雨明け間近のニュースを見ながら、ソファーで怠惰を楽しんでいた。
琴乃は珍しくリビングで勉強中。1人で勉強するより、生活音が近くにあった方が勉強が捗るからとかなんとか。
寂しいならそう言えばいいのに。
……寂しい、か。
今日、梨蘭と満足に話せてないな。昼休みも別だったし。
そう思うと、ちょっと寂しくなってきた。
……ちょっとでいいから、声聞きたい。
なんて考えていると、突然ローテーブルに置いていたスマホが鳴動した。
「お兄、メッセ来てるよー」
「わかっとるわい」
誰だ、こんな時間に。
相手は……梨蘭? どうしたんだ?
梨蘭:暁斗、今時間ある?
暁斗:ああ。あるけど、どうしたんだ?
梨蘭:いえ、別に用ってほどの用でもないんだけどね
……? なんか、変な言い回しだな。
暇だからメッセージを送って来ただけか?
まあ俺も暇だったし、丁度梨蘭と話したいと思ってたから全然問題ない。むしろ嬉しい。超嬉しい。
と、テーブルで勉強していた琴乃が、急にこっちに駆けよって来た。
「あー、梨蘭たん? 梨蘭たんとお話? 私もお話するー!」
「今年受験生なんだから、勉強しなさい」
「えー、ちょっとくらいいいじゃーん」
「だーめーです」
「ケチー」
ケチで結構。
むくれる琴乃の頬を指で潰す。
「ぷしゅー……にゃにしゅんにょしゃー!」
「いや、何となく」
相変わらず、琴乃の頬はもちもちで気持ちいい。もみもみ。
うーっ、と恥ずかしそうに唸る琴乃。
最後にデコを指で弾き、勉強の邪魔にならないよう自室に向かった。
さてと。メッセージアプリの通話ボタンをタップ。
ワン、ツー、スリーコール。ガチャ。
あ、出た。
「もしもし、梨蘭?」
『なっ! なななな何でいきなり電話してくんのよっ、ばか!』
早々の罵倒を頂きました。ありがとうございます。
……罵倒でも、耳元で梨蘭の声が聞こえるってだけで浮かれた気分になるのは、我ながらちょろいと思うけど。
「あー……いや、何か話があるのかなと思って」
『は、話は、特にない……けど……』
「けど?」
『……声は聞きたい、って思ってたゎ……』
ぼそっと呟く梨蘭。恥ずかしいのか、声は尻すぼみだった。
最近の梨蘭、随分と素直すぎないか? いや、俺としてはそっちの方がいいと言うか、可愛いと思うけど。
「そ、そうか……それなら、少し話すか」
『……いいの?』
「ああ」
それに、俺も丁度梨蘭と話したいと思ってたし。
なんて恥ずかしすぎて言えないけど。
『暁斗は、何かしてたの?』
「怠惰を楽しんでた」
『それ、何もしてないのと同じじゃない。はぁ……あんたは中学の頃から変わらないわね』
「人間、そう簡単に変わるもんでもないだろ」
『あんたはちょっとくらい変わりなさいよ。全く……』
わかってないな、梨蘭も。俺だって変化してるんだぜ?
口では非難している。だけど、それが本気じゃないこともわかる。
こんなちょっとしたやり取りも、今では幸せを感じられる。
それくらい、ちょっとずつだけど、俺も変わってるんだよ。
「そういや、竜宮院はどうだ? 今日見てた感じでは、変わった様子はなかったけど」
『ええ。何も変わってないわね。前から自分の内面を隠すのが上手い子だとは思ってたけど、今日もそんな感じよ』
そうか……まあ、自分が同性しか愛せないということも、運命の人が同性だってことも、ずっと隠してきたんだもんな。
昨日のことくらいじゃ、心は乱さないってわけか。
「……実は今日、ある奴に相談してな。俺がどうするべきかって」
『……璃音のこと、話したの? もしそうだったら、例え暁斗でも許さないわよ』
梨蘭の言葉にトゲが混じった。
「大丈夫だ。名前も性別も伏せたから」
『……それなら、いいけど……それで?』
「ああ。相談されたら親身になって考える。でも、そうでもない限り俺がやれることはないって言われたよ」
『……誰に相談したかわからないけど、その通りだと思うわ。今回のことは、大人しく見守っていましょう。それで、もし相談されたら全力で助ける。ね?』
「ああ」
竜宮院は見た目とは違い、強い奴だ。
だから俺らが無理に手助けすることもないだろう。
その後、他愛もない話や最近SNSで見た可愛い犬の話をしていると、あっという間に24時を回った。
『あ、もういい時間ね。明日もあるし、そろそろ寝ようかしら?』
「そうだなぁ。ふあぁ~……」
『ふふ。大きなあくびね。かわぃ……あ』
「むにゃ……ん? ごめん、あくびしてて聞き取れなかった」
『~~~~っ! な、何でもないっ』
え、何怒ってんの? そんな大事なこと聞き逃したの、俺?
電話越しでもわかるほど、ぷりぷり怒っている梨蘭。うーん……わからん。
『それじゃあ、そろそろ寝ましょうか。明日遅刻すんじゃないわよ』
「そこはかとなく多少なりともほんの少し気持ちを上向けて前向きに検討します」
『それほとんど検討してないじゃない!』
ばれたか。
「じゃ、ホントに遅刻しないために寝るわ。おやすみ」
『ええ、おやすみなさい』
通話停止ボタンをタップ。
急に静かになり、世界から俺しかいなくなったのではないかと錯覚する。
でも、さっきのような寂しさは感じない。
心の中にある梨蘭への気持ちを確かめながら、睡魔に身を任せて意識を手放した。
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